第93話 Fランクの転機
イエローからの相談なんかを受けたあくる日、俺は午前の早いうちから冒険者ギルドを尋ねてきている。
「それで朝から冒険者ギルドにやってきたと?」
見習い用の受け付けで対応してくれたココが少し呆れた声を出す。
いやだってさ、しょうがないだろう?
「FやEランクの新人が一発当てたんだぜ? ソワソワして確認しにこないとおかしくね?」
遮音結界はすでに張ってあるので〈腹話術〉を使ってココと話す俺だ。
「それはそうかもですけど……カードは今日のお昼に競りが始まりますから、それまでお待ちくださいとしか言えないんですよねぇ」
「ありゃま、意外に早いんだな」
思ったよりもオークションというか競りが早く開催されてびっくりだ。
「商人ギルドが横槍を入れてきたそうです」
「む! それは良くない話か?」
「いえ、今一番熱い話題の品物ですから、一日でも早く競りを開催しろとの事ですね」
ふむ……。
「なるほど……冒険者ギルドを介さないカードの取引なんかもあるだろうし……希少なうちに売買をしたいって所か?」
「……公爵家が王国に対してインフラ作業用のスライムカードを何十枚も寄付したんです」
ああ……そういう……。
「公爵家が早速動いたのか……」
「タイシさんから預かったスライムカードは買取扱いにするそうで、残りも貴族家や富豪相手にペット枠として売りつけたり配ったりし始めています」
えーっと……。
「商人達が過剰な値付けをしないための牽制とかか?」
「貴族家や富豪層に恩を売るのと半々くらいでしょうか?」
「ちなみにダンジョンで出たって噂のテイムカードはどうなった?」
「ゴブリンカードやオークカードの事ですね? ゴブリンなんて弱い魔物なのに最初の一枚という事で一万エルくらいで売れてましたよ? オークカードは八万と少しだったかな?」
「カードの能力と見合ってなさげな値段だなそれ……」
日本のダンジョン探索者協会の買取値感覚で言うと、ゴブリンカードは五百エル、オークカードなら二千エルくらいの買取値ってイメージだったんだけどな……。
「地球でのチューリップ狂騒事件みたいになりかねなかったので、公爵様も動いたんだと思います」
「バブルか……」
日本でも土地の売買でそんな事があったとかって歴史を習ったっけ。
「そんな訳でタイシさんと『五色戦隊』の出したテイムカードを早く欲しい商人達が……って感じですね」
「でもまぁスライムカードを公爵様がバラまいた情報が流れたのなら……商人達の本命はバトルドッグカードか?」
「はい、ペットとして高位貴族に売れそうですよねぇあれ……お試しで召喚してバイヤー達に見せたんですけど……トイプードルっぽくて可愛かったです……その後の彼らのざわつき具合とかすごかったんですよ、タイシさんにも見せてあげたかったですね」
それなら値段も期待できるかな。
「公爵家に預けたバトルキャットカードの方は見たか?」
「見ましたよ! アメリカンショートヘアみたいな可愛さで……あれはやばいです、お貴族様の誰に渡してもケンカになります!」
……そこまでか?
「そんなにか?」
「ええ、なのでたぶん……公爵家が買い取って王家に献上されるのではないかと私は思っています、買取値はバトルドッグカードが競り落とされた値段を参考にするのではないかと」
「それは楽しみだね、じゃぁ最後のバトルスネイクカードも高く売れそうだな!」
「……物好きな貴族がゴブリンカードくらいの値段でなら……いや……どうでしょう?」
なん……だと……。
「まさか……この世界には爬虫類のペットブームはきてないと?」
「愛玩動物っていうと今までは籠に入れておける小鳥とかですしね……犬や猫も存在しない訳じゃないんですけど……」
そういや動物が変化して魔物になる事もあるってんなら、普通の動物もいるんだよな? テイムカードのペットにそこまでの需要が出るのがおかしい?
「すでに猫や犬がいるのにテイムカードが高く売れるのか?」
「普通の動物は躾なんてされてませんから……」
「……ああ、野生の動物を持ってくるのが基本なのか……ペットの躾とかそういう文化がなさそうだな……」
テイムというスキルのある世界だしな……。
「それと犬猫が放し飼い状態の時に魔物に変化しちゃったりすると困りますし」
「そんな事あるの?」
人の住む場所は魔素だかマナだかが薄いんじゃないのか?
「実際にそういう被害があったなんて事は聞いた事はありませんけど……テイムされてない動物なんかを怖がる文化があるかもしれませんねぇ……」
「ああ、それで最初からテイム状態のバトルキャットやバトルドッグに需要が出るのか」
確かに……動物が魔物に変化する可能性があるっていうのは、日本で言うと、購入した犬が部屋飼いしているのに急に狂犬病にかかるような物で……。
……ああうん、それは確かに怖いな。
「私も猫か犬がちょっと欲しくなっちゃいました……タイシさんの所にいる、ちょっと大き目のウサギも可愛かったですよねぇ……」
「〈角折れウサギ〉か? あれはイエローに譲渡というか売ってあげる事が決まっているんだよな」
「イエローちゃんに? ……タイシさん、私にも何かその……」
ココが物欲しそうな表情でチラチラと俺の顔を見上げてくる。
ペットが欲しいのか。
「ああ、えーっと……バトル系の魔物は弱いからあんまり見かけないらしいんだけど、例の湿地帯近くは良い狩場だったんだが……もう情報を漏らしてしまったから人でいっぱいだしな……」
「あうう……確かにバトルウルフやバトルスパイダーなんかの早かったり木の上に逃げられる魔物なんかの話は聞きますけど、バトルドッグやバトルキャットの情報はあんまり……タイシさん、図書室で狩場を調べてバトルキャットとかを狩りに行ったりしませんか? 今なら貴族や富豪相手に高く売れますよ?」
「……俺にまた襲われに行けと言うのかお前は……」
「……正妻がちゃんと決まるまでは、最後の一線を越えるのを我慢するそうだから、大丈夫かと思うよ?」
「……おい……正妻って何の話だ?」
「今日は本当に良い天気ですよね、タイシさん……」
ココは話の途中で俺から視線を外し、ギルドの入口の方を見ている。
こいつ……。
いやまぁ……あのエルフ司書さんを止めるために一芝居打った可能性もあるか?
「俺を守るためか?」
なので一応確認してみる。
「え? ……ああ、はい、勿論その通りです!」
……まぁ……いいか。
「そういう事にしといてやる」
「あはは……」
「で、あのエルフ司書さんは、もう俺を襲わないんだな?」
「強引に一線は超えないという誓いはたててくれました」
言い方が微妙な感じだが、無理やりはしないって事かなぁ。
「それじゃぁ図書室に行ってみるかね、実際問題お貴族様の間でペットブームが始まってカードバブルなんて起きちゃうと良くないからな」
バブルが弾けた時のカードに対するイメージの悪化が怖いんだよな。
女神にヘイトがいくならまだしも、カードが悪し様に言われたりすると不味い。
「実際どうなるかは私達では予測出来ないですよねぇ……」
「だな、まぁちょっと情報収集に行ってくらぁ」
「行ってらっしゃいタイシさん」
そうして、ココに手を振りながらギルド二階の図書室へと向かう俺だった。
……。
……。
――
「お、お帰りなさいタイシさん……」
数時間後、見習い受付の前に疲れ切って帰ってきた俺を、ココが引きつった笑みで出迎えてくれた。
「……ああ……ただいま……」
「タイシさん、なんだかすごい疲れているみたいだけど……大丈夫? あのエルフ司書さんが嘘をつくとは思えないけど……まさか……」
「ああいや、そっちは大丈夫だ、だけどな……」
「う、うん……服装も乱れてないし大丈夫そうだけど……それでどうしたの?」
「彼女のお勧めの本を、隣り合って座りつつ5冊程読み込む羽目になった……」
「ああ……頑張ったねタイシさん……」
ココは安堵と
その本の内容があれだったのは……まぁ今言う事でもないか……。
「やっぱ王都周辺だとあの湿地帯が一番のバトル系魔物の狩場だったんだけどな……」
「あらま、じゃぁ収穫なし?」
「いや……ダンジョンの中にはバトル系の魔物が多く出る場所もあるらしくてよ……」
「へぇ……あんまりそういうのは聞いた事がないような?」
だろうな。
「一般に公開されてないダンジョンみたいだしな」
「ああ、権力者がダンジョンを私有していたりするよねぇ、あるある」
そういうのもこの世界では普通なのか。
「そんな感じだ」
「それで何処のダンジョンなの? 近いといいんだけど……って言っても一般公開されてないなら行っても意味ないかなぁ」
「……森エルフの侯爵領にあるダンジョンだそうだ」
「え、森エルフの侯爵領にあって私有されているって……まさかそれって……世界樹のダンジョン?」
「エルフ達は神木なんて呼んでいるみたいだけどな」
「へぇ、あそこのダンジョンってバトル系が多いんだねぇ……」
「みたいだな……エルフの親族になれば入れるらしいぜ?」
「……親族? ……ああ、結婚したりとか?」
「そういう手もあるけどどうする? ってすごい良い笑顔で聞かれたよ……」
「うわぁ……エルフ司書さん本当の本気なんだなぁ……」
「まぁその辺は『まだ出会ったばかりじゃないですか』とかなんとか色々言って断ってきたんだけど……森エルフの侯爵様には侯爵領に一度遊びにこいって言われているしさ、侯爵領のダンジョンに行きたいんだけど行って良い? って公爵様に連絡して聞いてみてくれない?」
「うわぁ……すごい人と縁を持ってるんだねタイシさん……森エルフの侯爵様って、ほとんど小国の王みたいな扱いなんだよ? この国の王様だって一方的に命令出来ないんだからね?」
そうみたいだよな、そんな話は前にも聞いた気がするけど……。
カード狩りのためならば、それが誰であれ、使える人は使いたいと思っている、タイシです。
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