第92話 Fランクは刺繍する

 チクチクと布に冒険者ギルドの紋章というかマークを刺繍していく。


 うーん、盾や剣の形に布を切り取って縫うのとどっちが楽かなぁ……余計な布切れが余ってしまわないから刺繍の方が経済的か?

 盾の中部分とかを刺繍で埋めるから結構糸を使うし……絵具で描いた場合の方が……でも水に濡れると滲んじゃう気もするし……。


 とまぁ色々と考えつつも〈刺繍〉や〈裁縫〉スキルと〈生活魔法〉スキルや〈並行処理〉スキルを使っているので、空中に浮かべた素材が勝手に動いているような状況です。



 あ、こんにちは、タイシです。


 昨日は冒険者ギルドにテイムカードを売りに行き、レア物なんかを扱う時のオークション処理をお願いしていきました。


 オークションそのものは一定量の出品物が溜まると開かれているらしく、結果が出るのは明日か明後日か?

 ここは王都で商売人なんかも多いので、そういったオークションも溜める事なく、ささっと開催していくっぽいんだよね。

 オークションというと大げさに聞こえるけども、バイヤー相手の競りと言った方がしっくりくるかもしれない。


 そんなオークションの結果が出るのを楽しみにしている俺らなのだが、午前中は例の情報を漏洩させた湿地帯の狩場へと『五色戦隊』の皆と一緒に行ってきました。


 わざと自分で情報を流したのに、混んでいる可能性の高い狩場に向かったのには理由があって。

 美味しい狩場へとワクワクとしながら狩りに行ったが、その狩場に人が沢山いる事で、周りの冒険者に情報を漏洩させちゃった事にやっと気付いた間抜けな新人冒険者を演じるためです。


 カードを何枚も手に入れた狩場に連日行かない理由がないからね、俺達が次の日に行かなかったら、冒険者ギルドでのあの茶番が演技だったのだとバレてしまう。

 なので、辿り着いた湿地帯で大量の冒険者達が狩りをしているのを見て、呆気に取られる演技をする必要があったんだよね。


 ……まぁ皆が演技を上手く出来るかが問題だったんだけど……違う意味で皆が驚いたので、結果的に上手くいった。


 着いて早々、中年のおっさん達で構成されていた三人組の冒険者パーティから、もう狩場は人でいっぱいだからとシッシッと手を振って追い返された俺たちなのだが。

 そんな俺達の事を周りで見ていた他の冒険者達は、情報の大事さを理解していないお馬鹿な新人冒険者達だと思ったに違いない。

 ……だって、ニヤニヤとした表情で俺達を見ている奴らが多かったからね。


 これで俺達は見事に他の冒険者達から『ざまぁ』されたので、高額の収入を得た事に対する妬みも少しは減るだろう。


 狩場を追い出されてそのまま帰ってきた俺はお屋敷で刺繍をし、他の皆は冒険者街で新たに買う装備品の下見に行っている。


 ブルー君はカード用に調整したベルトポーチの情報をお店に売りに行くと言っていたんで、俺の分の予約注文をして貰う事にした。

 この世界にも生産系スキルがあるので、恐らく明日には完成しているんじゃねぇかなぁ?


 話は戻って湿地帯で皆が呆気に取られた演技をする必要がなかった件なんだけど……。

 それが自然に出来た理由が……あの臭い湿地帯の中に入ってスライムを狩っている人が沢山いたからなんだよね……。


 湿地帯からの帰り道で、さすがにあそこに入るのは勇気がいるよなぁと、皆で確認しあったものだよ。


 ブルー君みたいに端っこから遠距離攻撃してカードが出たらゴブリン……がいなくても渋々と回収のためだけに入っていくくらいなら理解出来るんだが……。

 がっつりと湿地帯に入って臭い泥まみれの中の狩りは……思い出すと飯が食えなくなりそうなので忘れようそうしよう……。


 俺が思うにさ、スライムカードってそこまで高くはならんと思うんだよな。


 最初だけはそこそこの値段はすると思うけど……俺が公爵家にスライムカードを数百枚渡しちゃっているし、王都周辺のスライムカードの相場はかなり下がりそうだよね……。


 ……。


 並行処理で作り終わったゴブリン達の装備品を、カードから召喚した彼らに装備させた。


 カードに戻したゴブリン達は、また後でブルー君に預けておこう。


 さて、そろそろカード狩りをしたくてソワソワしている俺な訳だが。

 魔物を狩るならダンジョンが良さげなんだけど、それにはいくつかの問題をクリアしないといけない。


 一つは俺の弱さ。


 これは、カードが売れた値段によって変わるけど、新たにスキルオーブを購入しようと思っている。


 俺の日本での戦闘スタイル的にあんまり近接用スキルは必要ないから……まぁ基礎能力への補正値をこの世界の人に合わせるためって事で……〈身体強化〉スキルとかが買えるといいんだけども……高そうだよなぁ……。


 次が冒険者ランク。


 これはまぁ、〈隠蔽〉で隠していた格を5以上にしちゃえばいいっぽいので……スキルオーブを買えたら冒険者ランクを上げにいこうかなって思っている。


 最後がギルドからの指名依頼。


 これはクランリーダーの俺の冒険者ランクが上がったら発生するかも? って感じなんだけど、さすがに今はFランクだから俺に何かを依頼する事はないっぽいんだが……実際の所どうなんだろね?


 そのあたりは規定で決まっていない部分らしくてなぁ……ココも良く分かってないっぽいんだよな。

 ココ曰く『クランリーダーがFランクなんて事は、想定されてないんですよね』だってさ……。

 タイシの存在が希少レアって事だね!


 このままFランクでいくべきか……いやいや、それだとダンジョンに入れないんだったわ。


 まぁあれだ、刺繍も終わったし……時間もそろそろ三時のオヤツって頃だし、お菓子でも作ろうかね。


 ん、ん~~~。


 俺は今、一階の応接室的な部屋で作業していたのだけど、そこのソファーから立ち上がり背筋を反らして伸ばしていく。


 日本式〈生活魔法〉のマジックハンド的な効果で、自分の手を使わないで色々作業出来ちゃうにしても、座りっぱなしだと体がだるくなるよね。


 さって、厨房に行って作業でも……っておや?


 開けっ放しの応接室の扉の向こうから、お屋敷の表扉の開閉音と共に、この応接室に近づく足音が聞こえてくる。

 誰か帰ってきたみたいだ。


 俺がソファーに座り直してその誰かを迎えると、部屋の中を確認してから入ってきたのは、ブンブンと勢いよく左右に振られた事で体の背後から尻尾の毛先がはみ出して見えている、メイド服姿のイエローだった。


「ただいまタイシ兄ちゃん!」

「お帰りイエロー、一人で帰ってきたのか?」


 足音も一人っぽかったし、応接室に入ってくる後続もいない事からイエローだけっぽいんだよね。


「うん、僕は欲しい物とかまだ決まってなかったし……タイシ兄ちゃんが相談に乗ってくれるって昨日言ってたから、先に一人で帰ってきちゃった、エヘヘ」


 イエローは俺の質問に答えるながら、スススっと床を滑るような優雅なメイド流の足さばきで俺の横に座ってくると、俺の方を見上げて嬉しそうに笑顔を向けてきた。


 イエローのメイド服のお尻の尻尾用隙間から出ている尻尾が、機嫌良く左右に振られる事で、シャワシャワとした尻尾でソファーの背を掃除しているかのごとくな音が聞こえてくる。

 そういや昨日の帰りがけに相談に乗るって言ったっけか。


「そうだな、あーじゃぁさ、これからお菓子でも作ろうと思ってたから、一緒に食べながら相談するか?」


 俺のその言葉に、尻尾だけでなく頭の上の狐耳までピコピコさせて喜びを表すイエローが、身を乗り出して俺のヒザに両手を乗せて顔を俺の直ぐ側まで持ってくると。


「タイシ兄ちゃんお菓子作るの!? やったぁ! 僕の〈メイド術〉にはお茶会のサポート能力もあるから、お菓子を作ったら二人でお茶会にしよ? ね? タイシ兄ちゃん!」


 ……なんというか、イエローの俺に対するパーソナルスペースは非常に狭い。

 恐らくシスコンであるココがスキンシップをしまくったせいで、そのあたりの感覚が麻痺しているのだと思う。


 もう後数センチでキスしてしまいそうな距離で可愛い僕っメイドさんが最高の笑顔で喜んでくるのだ。

 ……知っているか? この狐さん、俺専属のメイドさんなんだぜ……。


 あまりに僕っメイドさんが可愛いので、狐耳の間の頭を優しくナデリコしていく俺である。


 ……。


 ……。


 ちなみに、そのお茶会をしながらの相談中に判明したイエローの装備品や持ち物の豪華さに、ココパパやココの娘や妹への甘やかしがすごいなと、再度認識しました……。


 この世界の冒険者の情報を詳しく知っている訳ではないのだが、レッド達の装備と比べると……もうイエローは初級冒険者の装備じゃないよな、とは思った。

 ……魔法効果がついてる戦闘用メイド服ってなんだよ……。


 いやまぁ……命がかかっているのだから、良い装備品を揃えるのは正解といえば正解なんだけどもな……。

 そんな訳で、イエローには装備品よりスキルオーブの購入と……将来的に俺がゲットするもっと強めなテイムカードを囮や戦力として購入する事を勧めておいた。


 その話の中で『大事な大事な俺専属メイドさんなので、相場よりかなり安めに売ってあげるからな』とウインクしながらイエローに言ったら。

 イエローが食堂の椅子から立ち上がり『タイシ兄ちゃんありがと~!』と、毎度のごとくパーソナルスペースがバグった感じで俺に抱き着いてくるイエローだった。


 イエローが俺の前から抱き着いてくると、自分の頭を俺の胸や首あたりにクシクシと擦りつけてくるのは、獣人の本能か何かなんだろうか?

 ココ妹ちゃんが最近してくる、自分の匂いを俺に擦りつけるような抱き着き方と、すごく似てるなーっと思った俺である。











 ◇◇◇


 後書き


 獣人が自身の匂いを擦りつけるのは、家族に対する親愛の印や、相手が異性の場合これは自分の物だと他者に示す縄張り主張の意味があります。

 ココ妹ちゃんやイエローの場合、自覚しているというよりは狐獣人の本能的にそれをしています。


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