第91話 Fランクは演技する

 テイムカードを目的とした狩りのも問題なく終わり、夕方の一番混み合う時間帯の冒険者ギルドへと辿り着いた。


 道中で手に入れた魔物の素材や魔石なんかは、ギルドの外にある素材買い取り場所ですでに換金済み。

 まぁ急ぎ歩きでささっと移動してきたので、お小遣い程度の稼ぎにしかならなかった。

 本命はテイムカードの売却だからいいんだけども。


 一般人のカードドロップ率が俺に比べてすごく低そうだという事は検証出来た。

 それならば今俺達が持っているバトル系魔物カード3枚とスライムカード500枚近くはそれなりの値段で売れるとは思う。


 だけども……これをそのまま売りに出すのは問題で、嫉妬や妬みの対象になりそうだという事を『五色戦隊』の皆と話し合い、そうして決めた事がある。


 その決めた内容というのは、これからやる茶番で明らかになると思う。


 俺と『五色戦隊』の皆は冒険者ギルドに入ると、依頼の完了報告等で混み合うギルド内を歩き、見習い用受付のココの元へと歩いていく。

 皆はもうEランクなので、ココがいる受付を使うのはマナー違反らしいんだけども、俺がまだ見習いだからおっけー。


 丁度見習い冒険者らしき子達が受付台の前から去っていく所だったようで、前が空いたココの元へと辿り着き、〈生活魔法〉で遮音結界を使い、さらに〈腹話術〉でココにある事を伝えていく……。


 ……。


 しばし情報のやり取りをしてから遮音結界を解いた、そして。


「こんばんはタイシさん、何か御用ですか?」


 ココが周りにも聞こえやすいように少し大きめの声で挨拶してくる。

 俺もココと同じく〈舞台役者〉スキルや〈ミュージカル〉スキルを使う事で離れた位置まで声が届くようにしつつ、ココの挨拶に応えていく。


「こんばんはココ、今日は皆と臨時パーティを組んで壁の外へ狩りに行ってきたんだけど……なんとテイムカードって奴が複数枚も出たんだよ!」


 俺のその声はスキルのおかげか遠くまで届く。

 なので、さっきまでザワザワとした喧噪に溢れていた冒険者ギルドの一階ホールが少し静かになった。

 ……シーンとはまで言わないが、でかい声を出していた冒険者達が急にコソコソ話くらいに収めた感じにはなっている。


「それはすごいですね! では、そのテイムカードを売りに来たという事でよろしいですか?」


 ココは大げさに驚きつつも、大声ではないのに遠くまで届きやすい声を出すという通な演技をしてくれている……なんらかの声系のスキルを持っているなぁこいつ……。


「ああ、現状のギルドでのカードの買取はどうなっているのかを聞きたい」

「そうですねぇ、いまだに相場という物が定まっていないので、希少な素材や宝箱産のレア物なんかを買い取る時みたいに、冒険者ギルドが主催するオークションに出す方式になりますね」


「そうか……それならこれらを売りたいんだが、そのオークションとやらの処理をお願いしていいか?」


 俺は受付台のトレイにカードを4枚程出した。


 さっきから俺達の会話を聞こうと耳をこちらに向けていた、横の受付に並んでいる冒険者達が皆して背伸びをしてカードを見てこようとしていた。

 その姿は傍から見ると滑稽で、見ないフリをしているのに吹き出しそうになってしまった。


 ……というか一つ横の受付嬢まで椅子から立ち上がって覗き込もうとしてきているんだが……仕事をしなくていいのか……いやまぁその受付嬢が相手していた冒険者もこっちが気になって仕方ない感じだから大丈夫なのかもだけどよ……。


「わぁ……えっと……バトルドッグカード1枚にスライムカード3枚ですね? というかタイシさん、こんなにカードって出る物なんですか? 先日のギルドへの売却でも4枚くらいしか確認されてないんですけど……」


 事前に〈腹話術〉でこっそり頼んだ茶番をしっかりと演じてくれているココである。

 なので俺もしっかりと茶番を演じようと思う……〈道化〉スキルに入る熟練度おいしいなぁ……。


「ああ、その噂は聞いてたからさ、カードが出にくいなら魔物を沢山倒せば良いって考えてな、それならと……王都の南東にほら、下水を浄化するための湿地帯があるだろ? あそこにはアホみたいな量のスライムと、誰も狩りにいかない事で溜まっていた大量のバトル系の魔物がいるからさ、そこで魔物を大量に乱獲したら……」

「……4枚もカードが出たと?」


 ゴクリと唾を飲み込みながら驚いた演技をしてくれるココだった。


「運も良かったんだと思うけどね?」


 俺はココにウインクしながら、カードが何枚も出た事で浮かれてしまい、重要な狩場の情報を漏らしてしまったアホな見習い冒険者の演技をしていく。

 勿論〈役者〉や〈演技〉スキルなんかは使っている。


 ココとの会話の途中だが、何組かの冒険者のパーティがギルドの外へと駆けて行くのが視界の端に見えた。

 よし! 思惑通りだ。


 これが『五色戦隊』の皆とも話し合って決めた内容で。

 まだ流通の少ないテイムカードをギルドに売れば、必ず他の冒険者達に嫉妬されるけど、美味しい狩場の情報を流す事でそれを多少紛らわせるという狙いだ。


 皆も装備を一新したいらしいので、高額の収入があった事を隠す訳にいかないんだよな。


 ならば、浮かれた低ランク冒険者がポロっと美味しい狩場情報を漏らしたというインパクトのでかい出来事で、他の冒険者達が興味を持つ方向を変えてしまおうという訳だな。


 実際に複数パーティがギルドの外に駆けていったし、その行動の意味を理解した他のパーティもコソコソと仲間内で話し合っているので……遠からずあの狩場は人でいっぱいになりそうだ。


 ……まあ俺がゴブリンにやらせていた下水のせいで臭い湿地帯への進入に、彼らがどれだけ我慢出来るかは……知らんけどな。


「ではタイシさん、これらのカードはこちらで預からせて頂いてオークションに出しますので、この書類にサインをお願いします」

「了解だココ、この書類にサインをすればいいんだな」


 オークション用に物品を預ける書類の内容を確認してから、俺のサインをしてココに書類を返す。

 ココは俺のサインを確認した後にカードの預かり証明書を作成して俺に渡してくる。

 ふむふむ……問題ないな。


 その預かり証はさくっと〈引き出し〉に仕舞っておいた。


 いまだに俺に注目している人は多いし、目端の利く人は俺に空間系収納スキルがある事に気付いただろう。

 つまり、俺達のお屋敷に盗みに入っても、この預かり証は盗めないって事だ。

 だから馬鹿な事はすんなよって事で、わざと〈引き出し〉を見せた。


 ……まぁ今までも結構普通に〈引き出し〉スキルを使っていたけど、今回の事で知れ渡るだろうね。



「それとタイシさん、テイムカードが世に出た事でテイマーに関しての暫定的な新しいルールが発表されていまして、あちらの壁にその内容が張り出されているので読んでおいてくださいね」


 そういやテイマー用の部署が出来るとか、新たな法がどうたらとかココが言ってたっけか?

 魔物を配下として使えちゃうカードが出てきたなら、それを法で縛るのは当たり前の話だよな。


「了解だココ、じゃぁオークションの方はよろしくな……あ、そうだ、これはいつもの差し入れな」


 俺は受け付けを去る前にココに革の袋を渡していく。

 それを受け取ったココは革の袋の中身をチラっと見ると……。


「え……ええ、教会屋台で交換出来るという噂の『ジャーキー』って奴ですね、いつもありがとうタイシさん、『五色戦隊』の皆もまたね」


 少し硬い笑顔で俺達を見送ってくれるココだった。


 俺と皆はココに軽く手を振りながら、ギルドの壁に張り出されているというテイマーのルールを確認しに行くのであった。


 俺達は余計な会話をせずに、それを確認してからギルドから出ていくことにする。

 周りが盗み聞ぎしてくるだろうから、余計な会話は一切しない事にしてたからね。


 ……。


 ……。


 ギルドからの帰り道、俺の〈生活魔法〉を使用した遮音結界で皆を包みながら歩いていく。

 周囲の音は中に入ってくるのに俺らの会話が外に漏れないという便利な機能だ。


 ついでに手作りした木の鈴を空中に浮かせていて、近くに敵意等があった場合それが落ちる事で音が鳴り、皆にも敵意や遮音結界が切れた事が分かるようにしている。

 ギルドから多少離れた事で緊張がやっと解けてきたのだろう、まずはレッドが口火を切った。


「はー……緊張したぁ……周りに聞かれていると思うと会話するのが怖くなっちゃうわね」

「そんな中タイシさんは堂々と演技しているのがさすがでした、お嫁さんポイントプラス20ポイントです!」


 冒険者ギルドの建物の中ではレッドの顔がこわばってたものな……そしてピンクから例のポイントを貰ってしまった。


「人の視線が集まるのってムズムズするよね……タイシ兄ちゃんは慣れてるみたいだったけど……」


 イエローは俺の右腕に手を絡ませて俺に寄りかかるような体勢で歩いている。


「……無言役助かる……」


 グリーンは俺の左手を握って歩きつつ、事前にギルド内では仲間内で話をしないという取り決めが嬉しかったと呟いた。


 ……グリーンに人の注目が集まる中で、何某かの演技とかをさせる事はないから安心しろっての……。

 そんな事したら人見知り拗らせて倒れちゃいそうだしな。


「あのバトルドッグカードがいくらで売れるか楽しみですねタイシさん」


 ブルー君が目を金貨にしながら、ホワホワとした足元の定まらない感じで歩いている。


「そうだな……だが本命は――」

「コーネリアさんにさっき渡していた、公爵家から流して貰うカード達ですよね!」


 俺の言葉をズバッとぶった切ってくるブルー君。

 ……お金の事になると元気の出るブルー君は……やはり商売人が向いているのだろうか?


 ブルー君が言っている通りに、さっきココに渡したジャーキーの入った袋には、今回ギルドに売らなかった他のカードも全て入っていて、公爵家から売り出す事を頼んでいる。


 お貴族様にペットとしてバトル系の魔物を売るにしても、談合とかのありそうな冒険者ギルドのオークションに全部まかせるのは怖かったのもあったし。

 一番の理由は、テイムカードをそんなにたくさんギルドに提出したら、カードのドロップ率がおかしい事に気付かれそうって事がある。


「まぁこれで皆が金を稼いだって噂が流れるから、装備を一新しても怪しまれないだろうさ」

「これでやっと〈生活魔法〉が手に入ります……後は使い捨ての投げナイフや装備品を……クッ……ナイフを使い捨てるとか考えただけで胸が苦しく……」


 ブルー君は商売人気質というか……ちょっとケチな所もありそうだよな……。


「私は防具優先かなぁ? 剣の間合いで戦うとすると、人型の武器持ちゴブリンはちょっと怖いのよねぇ……」


 レッドは刃物持ちがたまにいるというダンジョンのゴブリンが怖いようだ。

 というかその認識は正しい。

 今のレッドやピンクの装備している革鎧は、部分鎧って感じだから、革鎧の下に分厚い鎧下用の服とかを着ていても、獣の噛みつきは多少防げても、刃物は通しちゃう可能性が高いよなぁ……勿論、獣の牙や爪だって危険ではあるんだが。


「私の優先はタイシさんとの結婚資金! と言いたい所ですが……ここはやはり新しい槍と、お金が余るようなら防具も新調したい所です」


 ……まぁちゃんと装備に使うと言っているのだから、ピンクも問題はないな……ないったらない。


「僕は……うーん、お父さんやお姉ちゃんに貰った装備品が〈メイド術〉の収納に色々入っているし……タイシ兄ちゃんは何を買えばいいと思う?」


 イエローは家族からの支援が厚いからな……というか〈メイド術〉って空間系収納スキルも内包しているのかよ……今のを聞くとすでに色々と収納してあるっぽいが……上級スキルやべぇなまじで。


 まぁイエローには後で相談に乗ると答えておいた。


「……〈生活魔法〉スキルオーブに盾に鎧に……お金足りる?」


 グリーンはちょっと悲しそうな呟きを漏らしている。


 グリーンはタンカー兼ヒーラーみたいな役割だから、防御力の高い防具ってなると……ちゃんとした金属製の防具ってめっちゃ高いんだよなぁ……。

 装備の必要な防御職のありがちな悩みといえばそうなんだが……うーむ……。


 『五色戦隊』の皆がそれぞれ取らぬ狸の……いや、取った狸の皮算用をしている中で、俺も何を買おうかなーなんて考えながら、お屋敷へ帰るべく皆と歩いていく。



 ちなみに、カードの売り上げの事に意識がいっていたせいで、俺の両手がいつのまにかイエローとグリーンに専有されている事にピンクが後から気付いた。

 そして、二人を相手に順番だのどうのこうのと騒ぎ出すが、二人は一切応じる事はなく。

 お屋敷に帰るまで俺はイエローと腕を組み、グリーンと手を繋いだ状態で帰るのであった。


 大家族ってのはこんな感じでワイワイと騒ぎながらも手を繋いで歩いたりするのかなーとか考えて、少しほっこりとした思いを抱いた俺である。




 それと、ギルドの壁に張り出されていたテイマーの暫定ルールは、冒険者ギルドの紋章が描かれた装備品を、テイムした魔物に装備させるという物で、スライムなんかの不定形魔物は今の所例外でそういった装備をしなくても取り敢えず大丈夫みたいだ。


 ……わざわざギルドの紋章を入れるとか、絶対に利権が絡んでるよなこれ……。

 今までの王国法ではテイムされている事が分かるように何かを装備させよ的な曖昧なルールだったのにな。


 これからどんどん増えるだろうカードによるテイムされた魔物全てに、冒険者ギルドを象徴している剣と杖と盾が交差している紋章が入った装備品が売れる訳で……。


 新しい何かが起こると、政治家や商売人が都合の良いルールを作り、自分達に利益が入るようにする……。

 俺はダンジョンのある現代日本のダンジョン法や、日本ダンジョン開発協会(JDDA)の裏の顔の事を思い出してしまい……。

 ……異世界に来てもそういうのって変わらないんだなーと心底思った。


 だけど残念だったな! 俺には〈刺繍〉や〈裁縫〉スキルがあるから、布に紋章を刺繍する事が出来るし、〈絵心〉や〈イラスト〉スキルなんかもあるから装備品に描いてもよい。

 さらには〈編み物〉スキルなんかもあるので……毛糸があればそれで編んだセーターの網目の模様に、ギルドの紋章を入れちゃうなんて事も出来るんだぜ!


 お貴族様が使っている細かい意匠の紋章と違って、ギルドの紋章はシンプルなのがありがたいぜ……広く庶民に認識されやすいように、商売上の紋章なんかはシンプルなデザインが多いんだよね。


 冒険者ギルドや商業ギルドの紋章は、お絵かきソフトの図形を組み合わせれば出来ちゃいそうな紋章だったりするし、庶民街にあるお店が外に出している看板に描かれた職業を表すマークなんかもシンプルだったりする。


 さてと。


 ……帰ったらゴブリン達が頭に巻いている白い布にギルドの紋章を刺繍しないとね……そのために針と糸を沢山買って帰らないといけないな。

 ああ……それと……絵筆と絵具とかも一応買っておくか……。


 それにしても……自作でも出費が嵩む事に変わりはねぇ事に気付いちゃったな……おのれ、利権に群がる者共のせいで……ぐぬぬぬぬぬ……。

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