第76話 Fランクの真のちから
『つまり女神様の民を慈しむお心に――』
『眷属神様達からの神託により――』
『このようにテイムカードと名付けられた――』
『都市では問題に成りがちな汚物の浄化にテイム状態のスライムが――』
『さまざまな国家で新たな法を制定すべく――』
『女神様はこの力を世界に――』
『……』
『――』
……。
お昼になり、教会でテイムカードのお披露目が開始された。
表参道での野外お披露目会となったのだが……冒険者は元より一般の人もいっぱい来たんだよね。
……それだけ女神への信仰心が強い世界という事なのかもしれない。
お菓子好きのうっかり女神とか、お外で言いふらしていないで良かったよ。
俺は押しかけた集団の一番後ろから、壇上に立って民衆に話しかけているハゲ司祭さんの話を聞いている。
女神様への祈りから始まり、眷属神の神託により判明しているテイムカードという名前のカードとその使い方やら何やら。
前に会った年嵩シスターさんが実際にスライムを召喚してみせたりもしていて、テイム状態のスライムが都市のインフラにいかに重要なのかの話なんかもしている。
テイマースキルも存在するが、インフラを支える地味な仕事には人が集まり辛いらしいので人手不足なのだという事も説明していた。
つまりあのテイムカードにより、テイム状態のスライムを使える事がいかに素晴らしい事なのか、そしてそれを齎してくれた女神様がいかに慈悲深いかを、ハゲ司祭さんは、それはそれは熱心に語っている。
……女神様が素晴らしいのは理解したけども、お話の中で何度も何度もそれを繰り返すので、ちょっと飽きてきているタイシがいます。
っと、お披露目会が終わるようで『最後に女神様への感謝の祈りを捧げましょう』とハゲ司祭さんが民衆に伝えた。
すると、ちょいとチンピラっぽい冒険者や、周りを威圧するような歩き方や目つきをしていた冒険者やなんかも、ほぼ全員が一斉に女神に対して真摯な祈りを捧げていた……。
……まじか。
なぜここまで女神に対する信仰心があるんだ?
そもそも新生派のような女神に対する信仰心のなさそうなやつはここに来ていないだろうにしても……ちょいとチンピラっぽい冒険者までもがあんな真摯な祈りを……。
……えーっと……あ……ああ! そうか……。
冒険者にとってスキルは命綱であり、そして金を稼ぐ有効な道具でもある……それを一つは確実に祝福で授けてくれる女神……そして修練で覚える事のできるスキルなんかも女神の恩恵だと思われているのだとしたら?
……それは、凄まじいレベルの信仰心を生む事にならんか?
そして……ダンジョンのある現代日本では、神は人の信仰心や幸福を力にしていた節がある、この世界でもそれが同じだとしたら?
この世界の女神はすごい力を持っている……という事になるな……。
でも、そういや、改造玉手箱もそうだが、世界をこえて人や魂のやり取りが出来ちゃう存在だものなぁ……。
うっかり女神だから信仰はしないけど……畏敬の念は抱いておこうかね……。
俺も女神に祈っておこう……『カードがたくさん手に入りますように』……よし。
「タイシさん」
「タイシ!」
「タイシ兄ちゃん」
「タイシさん~」
「……」
女神への祈りが終わったのか『五色戦隊』の皆が俺に近づいてきた。
午前中に冒険者ギルドを確認しに行った皆だが、冒険者ギルドの中はガラッガラに空いてたらしい……。
今のこの教会に集まっている人数を見ちゃうと、そうだろうなぁという感想しか浮かばないね。
「皆は今日休みにするんだろ? この後はどうするんだ?」
ダンジョンに行く訳ではないので、普段着に武器だけを装備したような状態の『五色戦隊』に、これからどうするのかを聞いていく。
「今日はこのまま解散ですかね、僕はアネゴ姉さんの様子を見たらお屋敷に帰ろうかと」
ブルー君は人混みに疲れた様子を見せながらそう言ってきた。
アネゴちゃんは屋台の裏手でお手伝いをしているから、挨拶くらいしかできないと思うよ?
それでも短い時間とはいえ、ちゃんと挨拶にいくブルー君は、真面目なのか……アネゴちゃんに会いたいだけなのか……。
「私とピンクとイエローとグリーンはタイシの屋台でお昼を買ってから帰ろうかなって話になっているわよ」
レッドは赤毛のポニーテールをピョコピョコ揺らしながら、皆と過ごす予定を伝えてくる。
ちなみに俺の屋台ではない、教会主導の屋台に俺が助言しているっていう立場だからね? ちゃんと覚えておいてねレッド。
「タイシ兄ちゃんはこれから屋台のお手伝いなんだよね? 僕も手伝おうか?」
「私もタイシさんのお嫁さんとして、いつでもお手伝いしますよ!」
「……お手伝い、いる?」
「イエローもピンクもグリーンもありがとうな、でもこっちは大丈夫だから、お客側として屋台飯を堪能してくれ」
ありがたい話だが、休みの日はしっかり休ませてあげたいのと……屋台の子達の現場経験を稼ぐチャンスなので、なるべく彼らにまかせたいのよな。
「まぁ俺は仕事に戻るよ、じゃまた夕方にお屋敷でな」
俺は『五色戦隊』の皆にそう別れの挨拶を済ますと、足早に教会の敷地の奥へと進んでいく。
……。
そして関係者以外立ち入り禁止地点の警備をしている、武装神官さんに挨拶をしながら教会の調理室へと入っていく。
俺がそこに入ると……。
「タ、タイシせんせぇ~」
「タイシ先生! 助けてくださーい!」
「初日のお客が予想の数倍すら超えているんですぅ!」
「野菜と果物を磨り潰し過ぎて腕が……」
うん……修羅場になっていた。
いやぁ、午前中でさえ予定を超える量のお客が来ていたのに、大規模なお披露目会が終わった後に、そこに来ていたお昼を食べていない人達がどうするかなんて……そりゃぁ……ねぇ?
そこで売り切れましたって言っちゃうと、折角の宣伝チャンスがもったいないって事で。
数日分の仕込みを放出してでも、初日のお客の注文には答えていこうという事になるのは当然の話だよね。
こんなに頑張るのは今日だけで、明日からは普通に売り切れ有りにしますよ勿論。
このお披露目に集まる人数の予想を外しちゃった負い目もあるし、全力で助けていきますかね。
「まずは全員順番に状況報告をしろ! パン担当、スープ担当、飲み物担当、肉串係の順だ!」
肉串だけ『係』なのは、普通の味なので専門の人員をまだ設定していないから。
「は、はい! パン担当です! パンに挟む総菜である燻製肉やポテサラは大量に準備出来ましたが、黒パンを焼くのが間に合いません! いまも鋭意焼き上げ中です!」
「よし次!」
「はいタイシ先生! スープ担当です! スープストックは数日分用意していたので問題はありません、後は具材の切り分けからの煮込みなんですが、一人で切り分けるので間に合ってません……」
パンというかコッペ黒パンサンド作成の方は複数人担当がいるんだけど、スープ作成は一人なんだよね……普段の参拝客相手の想定ならそれでもいいんだが、今日はお客が多すぎたな。
骨を煮込む調理工程は一応秘密だから臨時のお手伝いも入れにくいんだよな……食材の切り分けだけはお手伝いを入れても良かったかもな……今からじゃどうしようもないので頑張ってくれ。
「次!」
「飲み物担当です! 材料はまだまだありますが、磨り潰すのに手間取っていて……磨り潰す専用の魔道具とかがあったら欲しいです……」
そんなのは、儲けが出たら自分達で予算を組んで買うなり作成依頼をしろ!
「次!」
「肉串係です! 作った分はすでに全部屋台の方へ持っていきました、それでもまったく足りていない状況で、今から肉の切り分けから始める所でした」
「ですです」
「おなじく」
肉串を作る係も複数人がいる、結構面倒くさい作業だしな。
「了解だ、じゃぁ俺も手伝うから、驚いて心を乱すなよ」
俺は厨房にいる子らにそう注意すると……。
さて、いっちょやったりますか! フフンフンフ~ンっと。
〈思考分割〉〈並行処理〉〈生活魔法〉それと料理系スキル全起動!
いよいっしょ~!
パン生地の成形、スープの具材の切り分け、野菜や果物の処理と磨り潰し、肉の切り分けに串への差し込み。
それらを同時に空中で処理していく。
さらに〈生活魔法〉の圧力鍋みたいな効果を使いパイタンスープを超速で作りあげ、コッペ黒パンも同時に〈生活魔法〉で焼き上げていく。
野菜や皮をむいた果物をジューサーにかけるがごとく〈生活魔法〉で処理をし、決められた分量で混合させて鍋へと放出する。
肉を規定の大きさに切り分けて肉串へと差し込むのも〈生活魔法〉のマジックハンドみたいな効果を使用して一気にやっていく。
これら全てを、空中で何の器具を使う事もなく材料からのみで仕上げていくのは……さすがの俺でも結構辛いのだけど……こういう時こそ格好つけろと〈見栄張り〉スキルとかが言って来るので、ガンバリマス。
そんな光景をポカンとした表情で見上げている屋台の調理担当達。
「なにこれ……パン生地が次々と成形されて勝手に空中で焼きあがっていくんだけど……」
「あれだけの量の材料が一瞬で切り分けられたうえに、空中でスープとともに煮込まれて……どうなっているのこれ……」
「うわぁ……用意した材料全部を使って鍋3個が一瞬で飲み物でいっぱいになった……」
「俺が腕を犠牲にして頑張って飲み物を作った苦労は一体なんだったのか……」
「「「あっという間に肉串が……すごーい……」」」
「「「「「「「これが『鼻笛料理人』の真の力……」」」」」」」
……おいまて、こら!
こんな所まで俺の二つ名が広がっているのかよ……。
くっ……俺は『歌う料理人タイシだよー』とか言いたいのだけど、実はスキル同時並列起動でちょっと……いや、相当辛いから無理っぽい。
それでも余裕の表情はやめないけどね!
鼻歌も止まらないのは……〈道化〉スキルの熟練度がすごい上がる状況だから勿体なくてな……くそぅ……。
side 女神
「ふぅ……今日も民達が私に感謝を捧げる祈りが気持ちいいわねぇ……ふっ、ここまでの信仰心を捧げられるなんて……さすが私だわ」
天界と呼ばれる白い世界。
そこで今日も女神は白い椅子に座りながら、白いテーブルの上のお菓子を食べつつお茶を飲んでいた。
世界の様々な場所でテイムカードがお披露目された瞬間であるため、かなりの信仰心が捧げられ、女神に力の源であるリソースが集まる。
「これなら今月のお小遣い神力も多めに……あら? タイシが私に祈りを捧げている!? 珍しいわねぇ……やっとあいつも私の事を尊い女神様だと理解したのね、はぁ……美人で聡明な愛される女神ってのも大変だわ……」
女神は自身に陶酔しながらもテーブル上のお皿の上に手を伸ばし……。
「あら、無くなっちゃった……はぁ……これで異世界のお菓子は終わりかぁ……タイシの奴ってばもっとチョコ菓子とかを奉納しにきなさいってのよ……そうだ! 私に対する信仰心が芽生えたのなら神託で催促すればいいんだわ! さすが私、頭いいわ、うふふ~」
……。
「って神託を出せない!? ……あいつ、私に対して祈りを捧げたのに信仰心ゼロのままじゃないのよ! どういう事よまったく……でも畏敬の念は抱いているのね……信仰ではなく自然現象に対する感情とかに近いかしら? どっちにしろ信仰心ゼロなのは変わっていないわね……」
女神は残っていたお茶を最後まで一気に飲み切ると、ガチャンッ! と音を鳴らせて白い陶器製カップを同じく白い陶器製ソーサーに叩きつける。
「……しかも祈りの内容が『カードが沢山手に入りますように』って……あいつは私をなんだと思っているのかしら……タイシはもっと私を敬うべきよねぇ……」
女神は何事かを考え始め、目を閉じた。
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