第74話 Fランクとバラの香り

 こんばんは、タイシです。



 教会でのお昼の屋台営業のお試しを終えてから、ココに諸々の相談をしに冒険者ギルドまで行きました。


 その結果、ジャーキーや燻製肉は干し肉のカテゴリーに入りそうなので、それほど問題にはならないだろうとの事で、アイアンクローは見事に回避しました。


 煙で燻す肉は燻製肉と呼ばれ、乾燥させたお肉は基本的に干し肉と呼ばれる?


 それなら俺は天日干しの干し肉とは違うという意味で、『ジャーキー』という名で世に出そうと思った。


 なんにせよココのアイアンクローを回避した事で、安心して自分のお屋敷に帰る途中、冒険者街で食材やら一般的に食べられている干し肉なんかを買ってみました。


 ……。


 それで帰りがけにその干し肉をモグモグしているのだけど……。


 保存優先でめっさ乾燥していてすっごい堅いなこれ……何種類かあったのを買ったのだけど、これは茹で干しかな……基本的に塩とハーブの風味なのは、三区の干し肉だからかねぇ?


 まぁなんつーか、日本のコンビニでジャーキーという名前で売っているおつまみっぽさはない。

 かといってくそ不味いって事でもないんだよね、思ってたよりも堅いってだけで、塩味はしっかりついてるし……うーん……。


 二区以上の場所で燻製肉があるのなら、もっと美味しい干し肉を売っていたりもするのだろうか?

 ……干し肉が保存食っぽいイメージで流通しているとすると、お貴族様とかは食べないかも?


 どうせ作るなら美味しい方がいいよな、てことで、やっぱり目指すは日本で見かけるようなジャーキーだよね。


 ……。


 っと自分の家についた。


 ただいまーっと。

 うん、誰もいねぇ。


 まだ三時のおやつな時間を過ぎた頃だしな。


 まずは皆の夕飯でもチャチャっと作っておくかぁ……今日は簡単な物にしておこうかね。

 という事で、牛乳を使ったホワイトシチューで中には野菜や肉をいっぱい入れたものと、主食はいつものナッツ黒パンでいきます!


 たまには手抜きをしないとね。

 では調理開始、ふふんふんふ~ん。


 ……。


 ……。


 ――


 ズズッと……うん、美味しいホワイトシチューの出来上がり。

 そしてナッツ黒パンは大量に作り置きがあるから良しとして、次はジャーキーの試作に――


 っとその時、俺の腰に装備している魔道具の鈴が音を響かせる。


 時間も時間だし『五色戦隊』の皆が帰ってきたかのかもしれない。

 早速インターホン的な魔道具を使っていて偉いな。

 はいはーいと、誰にも聞こえてないのに返事をしながら歩き出す俺。


 ……。


 魔道具を作動させていたのはやはりブルー君達だった。

 そうしていつものごとく〈生活魔法〉で皆を奇麗にしてから着替えさせて夕食の時間となる。


 俺的には手を抜いた夕ご飯なのだが、イエローを筆頭に皆は笑顔で『美味しい美味しい』と言いながら食べてくれる。


 そんな中ブルー君との雑談で聞いた話の中に、明日、様々な場所の教会や貴族達が披露すると言われているテイムカードの発表が、冒険者の間で噂になっているというものがあり。

 恐らく、かなりの数の見学者が教会へ赴くだろうとの事だった。


 さっきココからは冒険者ギルドにテイマーやテイムカードを取り扱う部門の設立をするべく、会議やら何やらが行われているという事も聞いたし。

 公爵様の方でも急いで暫定的な法制化を進めているらしい。


 うむうむ、テイムカードに対して良い流れがきているなーと思う、よきよき。



 夕食時にこういう雑談をブルー君とばかりしているのには理由があって、戦闘系スキルの質の問題からなのか、彼が一番小食でご飯を食べ終わるのが早いからだったりする。


 ブルー君が持っている戦闘系スキルは〈投擲〉なんだか……俺の〈音楽魔法〉よりは基礎能力値への補正値が高いとはいえ、レッドの〈剣術〉〈身体強化〉やピンクの〈槍術〉みたいな近接系の戦闘スキルに比べちゃうと基礎能力への補正値は低めっぽい。


 つまり、ブルー君はご飯を食べる量が他の子達よりは少なくなる。


 ちなみにご飯を食べる量で『五色戦隊』を並べるとすると。


 イエロー > グリーン > レッド > ピンク > ブルー君。


 となる。


 こうして並べると、イエローの上級スキルである〈メイド術〉がいかにやばいかが分かるね。


 色々と雑多なスキルを内包しているという事は、それらから受ける基礎能力への補正もあるわけで……まさにチリも積もれば山となるって奴だな。


 世の中にはそんな上級と呼ばれるスキル持ちが溢れているのだろうし、スキルオーブを購入出来る資金を持つ富豪や貴族も多い。


 まぁお金持ちは、覚えた戦闘系スキルの熟練度を上げたりはあんまりしないだろうから、同じ戦闘系スキルを持った修練をかかさない冒険者とかよりは富豪の方が弱いかもだけど……。


 それでもこの世界には、俺が前に暮らしていたダンジョンのある現代日本でいう、上級探索者みたいな奴らが普通にゴロゴロといるんだろうなぁ……。


 おー怖い怖い……こっちにも『戦鬼せんき』じゃなかった、『扇姫せんき』みたいなのがいるのかねぇ……ねーさん鬼強かったからなぁ……つか、俺とは結構歳が離れているのに、ねーさん呼びしないと殺気を漂わせるからなあの人……。


 一応魔法の名家繋がりで遠い親戚なんだけど、ねーさんは別格に強かったっけ。

 あの家の血統スキルと肉弾戦のシナジーがアホやばいんだよな……。


 こっちの世界は神様が日本よりも直接的に管理をしているっぽいから、めっちゃ強くて世界を破滅に導こうとする奴とかを放置はしないと思うけど……たぶん、ちょっと性格が悪いくらいの実力者は野放しだよねぇ?


 そう思うと、まだまだ自分の強さが足りてないなと思うわ。




 夕ご飯も終わり、さて次はという事で、俺はジャーキーの制作に入る。


 他の子達も手伝いを申し出てくれたが、今回はそこまで大変な作業じゃないので一人でやる事に。


 俺がしばらく厨房にいる事を理解した女性陣は、イエローがスキルを使ってお湯を出せるので、二階の俺の部屋にある小さ目な方のお風呂を使ってみる事にするそうだ。


 ブルー君は自分の部屋に戻って今日の冒険の収支を帳簿につけたりとかなんとかだってさ。


 一応俺の〈生活魔法〉で二階のお風呂場も奇麗にしてあるから使うのは構わんのだけど。


 皆は今までは濡らした手ぬぐいで自分の体を拭くか、もしくは俺の〈生活魔法〉頼みだったし……君ら石鹸とか持っているの? と聞いたら。


 イエローが入浴剤を母親から餞別で貰って来てあると言ってきた……。


 えっと……その入浴剤がどんな物なのかも気になるけども。

 ……俺が聞きたかったのは……体を洗うための石鹸って意味でさ……。


 ……。


 そっかぁ……公爵様の所でやったお子様相手の出し物のフィナーレで、石鹸を使ったシャボン玉パフォーマンスをしたから、この世界に石鹸が存在する事は知っていたんだけども。


 グリーンが俺の耳元でぽそっと教えてくれた所によると、石鹸はそこそこ高い物らしくて、三区あたりに石鹸はあんまり流通していないらしい。


 その代わりに三区ではムクロジに似た植物の実が……似たという表現が面倒なのでムクロジの実でいいか……ムクロジの皮を石鹸代わりに使う事があるくらいだと教えてくれた。


 グリーンが教えてくれるのはいいのだが、俺の側にピタっと寄り添って背伸びし、内緒話するような姿勢でこそこそと話されると、俺の耳がこそばゆいんだけどな。


 しかしなんだね……錬金術師が必要な案件って、裕福な二区以上になるっぽいんだよな。


 最近は俺の〈生活魔法〉で何処でも奇麗奇麗に出来ちゃってたので、ムクロジの皮は買わずに済んでたっぽいが、レッド達が元々持っていた手持ちが多少あるので問題はないとかなんとか。


 成程、ならまぁこれからはお風呂用にそのムクロジの皮か石鹸を買っておくべきかもな。


 ま、俺の方はジャーキー作りにそれなりに時間がかかるから、ゆっくりお風呂に入ってきなと皆を送り出してあげると。


 お湯に自身がつかるお風呂は初体験らしいレッドとピンクは、興奮しつつイエローと共に楽し気に二階へと向かっていった。


 ……。


 グリーン?


 ……あいつは、イエローとレッドに両脇からがっちりと捕まえられていたよ。


 グリーンは逃げようとしていて、結構本気に見える抵抗をしていたけど、さすがに二人がかりには勝てないようで……


 俺は人見知りなグリーンに向けて小さく手を振りながら、修学旅行のお風呂だと思って諦めるんだなー、という思いで見送る事しか出来なかった。


 ……。


 ……。


 そんなこんなでジャーキ―作りだ!


 まず使うお肉は……脂身やサシが少ない部分ならなんでもという事で、色々な種類の魔物肉を用意してみました。

 まずはそんな魔物肉を冷凍……しないでも数ミリ間隔で切り分ける事の出来ちゃう調理系スキルと〈生活魔法〉さんです!


 フンフンフフンフ~ン。


 そうやって切り分けたお肉を調味液に漬け込むのだけど……これ、結局後で屋台関連の子に教えるのだから、燻製用のソミュール液の流用でも良さげだよね。


 燻製肉もジャーキーも保存食な干し肉のカテゴリーに入るしさ。

 仕上げ方法が違うだけにしとこう、その方が楽だし。


 ハハンハンハ~ン。


 それで数時間ジャーキー用の肉を調味液につける工程やら。

 その後でハーブ塩なんかで下味をつけて馴染ませる工程やら。

 肉の水分を飛ばす工程やらは……〈生活魔法〉で時短します!


 減圧して乾燥させるとか〈生活魔法〉さんってば凄い便利だよね。


 最後にオーブンで焼くのも〈生活魔法〉で、そして焼きあがったら粗熱を取るのも油分を拭ってあげるのも〈生活魔法〉でやっちゃえば……でーきあーがりー。


 天日干しで徹底的に乾燥させた干し肉とかに比べると、保存食的な日持ちでは負けるかもだけど……すぐ配って消費される物だからこれでも大丈夫だと思う。


 ちょっと味見を……もぐもぐ……。


 むうん……日本の物に比べてスパイシーさが足りないが、これはこれで中々に美味い。


 香辛料とかがもっと安く手に入ればいいんだけどね。

 目を見張る程高い訳でもないんだけど、日常的に商売品として大量に制作するものに使うのは、ちょっとためらうお値段なんだよ。


 このジャーキーは単価的に木の器より安くしないといけないからね。

 よーし、この調子で、一週間分くらいは作ってしまうかぁ、フフンフ~ン。


 ……。


 ……。


 ――


 んー……疲れたぁ……。


 さすがに深夜になっちゃったし、皆もうお風呂も終わって寝てるかな?

 俺は寝ているかもしれない皆を起こさないように、足音を消して自身の寝室へと入っていく。


 すると、寝室のでかいベッドの上には寝間着を着た皆がすでに寝ており、スゥスゥと静かな寝息をたてていた。


 ふーむ、下手にあそこに入って起こしても可哀想だし、今日は手前の仕事部屋のソファーで寝るか。

 そう思った俺が、踵を返して扉の方を向き、歩き出そうとしたら……。


 ガシッ!


 っと、背後から手首を掴まれた。


 ……急にそんな事をされて体をビクッっとさせてしまった俺は、そっと掴まれた手首の方に体を回しながら背後を確認すると。


 黄色の布を使った質素なワンピースっぽい寝間着を着ているイエローが俺の手首を掴んでいるようだった。

 ……さっきイエローってばベッドの上で寝てたよね?


 俺に気配を感じさせずに起きて、しかも背後まで忍び寄ってくるとか……〈メイド術〉の中にそういう効果の物がありそうだ。


「起きてたのかイエロー、皆寝ちゃっているみたいだしさ、俺が寝ようとしてベッドを揺らして起こしちゃうのも可哀想だし、今日はソファーで寝るよ」


 と、俺が寝室を出ようとしていた事を説明していくのだが。


 イエローは。


「大丈夫だよタイシ兄ちゃん、皆ぐっすり寝てるから……それよりも、僕の匂いどうかな?」


「匂い?」


 そういや、寝室の中がいつもと違って花の香りがするような……。


「うん、お母さんに、お風呂であの入浴剤を使ったら、ちゃんとタイシ兄ちゃんに嗅がせてから感想を聞きなさいって言われてるの」


 ……何を教えてるんじゃココママは……。


 寝間着姿のイエローは、俺の直ぐ前まで来て少し手を広げ『僕の匂いをかいで?』と言わんばかりな体勢になって、俺を見上げてくる。


 くっ……金髪ショートで美少女僕っ寝間着姿なイエローが、狐耳をピョコピョコさせながらこんな事をしてくると、さすがの俺もちょっとクルものがある。


 口を開かずに俺の反応を待っているイエローをこのまま放置するのも可哀想なので……俺はそっとイエローの顔の横あたりに自分の顔を沈め、寝間着の首元から見えている鎖骨あたりの匂いをそっと嗅いでみた。


「ふふ、くすぐったいよタイシ兄ちゃん」


 俺の髪の毛がイエローの顔にでもあたってしまったのか、そう言って少しだけ俺から離れたイエロー。


 そんなイエローの俺を見る目は『僕の匂いどうだった?』と伝えてきており、おれはその視線に対して。


「薔薇の花っぽい良い香りがしたよイエロー」


 と、素直で簡素な感想にしておいた……いやだってさ、イエローの体臭と混じって甘い香りがしたなんて感想は……さすがに恥ずかしくて言えないだろ……?


「そっかぁ……えへへ……じゃぁ僕と一緒に寝よ! タイシ兄ちゃん!」


 そうして何かに満足をしたのか、笑顔になったイエローは俺の手首を掴み、ベッドに向かって引っ張っていくのであった。

 まぁ俺も素直にそれに従ってベッドで寝る事にしたのだが……。


 ……ちなみに、俺が本気で拒否をしたとしても、この手を振りほどく事は出来ないと思われる……。

 実はそれくらいの基礎能力値の差が、俺とイエローの間にはあるっぽい。


 まぁだからこそ、ココパパはイエローが俺の所に来る事を許可したのだろう。

 イエローが嫌がる事を俺が強引にどうこうしようとしても、腕力的に無理だろうって事でね。


 ココパパも実力者みたいだからね、俺の基礎能力値の低さをなんとなく理解していたっぽいんだよな……。


 そうしてイエローに引っ張られるまま、他の皆を起こさないように、何故かぽっかりと隙間が空けられていたベッドの中央にニュルリと潜り込むタイシである。

 ウナギ系男子と呼んでくれ。


 そんなウナギ系男子の横に潜り込んで来たイエローは、いつものように俺の腕を巻き込むように抱き着いて来て。


「おやすみなさいタイシ兄ちゃん」


 そう言って目を瞑った。

 なので俺もいつものように。


「おやすみイエロー」


 そう答えてから寝る事にする。


 ……今日は上下左右から薔薇の匂いが漂って来る日になるね……。




 ちなみに。


 なぜベッドに寝ているのに上下左右からなのかというと。


 ……ピンクが寝相の悪さで、ベッドの枕を置くスペースを占領するかのごとく、横になって寝ていたからだ……。


 なので今日は枕なしで寝ないといけない……。



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