第73話 Fランクは学習した

 こんにちはタイシです。


 昨日は……『お、おうちに帰って夕ご飯を作らないといけないから!』と言って、なんとか孤児院から帰還する事が出来ました。


 源氏物語の異世界版は孤児院の女性陣にすごい人気が出てしまったようで……。


 そういやあの話を本にしたら売れるかなぁ……あれ?

 この話もココや公爵様にしておかないと駄目かな?

 って事に今ちょっと気付いてしまった……。


 えっと……確か『新しい事をする時は相談しろ』だったか……ふむ……『新しい』だから……まったく問題ないな!


 ふぅ……またココにアイアンクローされる所だったぜ……。


 ……。


 俺がありもしないアイアンクローの幻影を恐れて額に湧き出た汗を袖で拭っていると。


 俺が座っているテーブルの空いている席にハゲ司祭さんが座ってきて。

 そしてテーブルに、お皿やらコッペ黒パン燻製肉サンドの乗せられたトレイを置いた。


 プレオープン二日目の今日、今度は教会の奥まった関係者以外立ち入り禁止の場所で、武装神官兵や修道士やシスターを相手にした営業の練習をしている。


 昨日は子供達がメインだったからね、今日は大人を相手に上手くやれるかの練習だ。

 ちなみにお金のやり取りの練習をするために、教会関係者には事前に屋台に支払う用のお金が配られていたりする。


 ハゲ司祭さんは、屋台の営業風景を優しい眼差しで眺めながら口を開く。


「屋台の方は問題なくやれているようですね、あの子達があれほどの笑顔で働ける場所になっている事に感謝しかありません」


 ここの女神教会で一番お偉いハゲ司祭さんが、普通にウキウキ笑顔で屋台の列に並んで買ってたものな……周りの神官や修道士やらも特に忖度して列を乱したりしなかったし……。


 これが新生派とやらの司祭だったなら……偉そうに振る舞ったりしてたんだろうね。

 俺としてはそういう輩が教会からいなくなっている事に感謝しかねぇ。


 召喚の儀式は女神教会が関わっているみたいだし、俺が目立てば教会との関わりなんかが必要になる場面も必ずあっただろうしな。


「この屋台が彼らの未来に繋がれば良いなとは思います」


「その通りですね、それもこれも使徒……タイシ様と女神様の御心のままという事ですか……」


 なんでそんな解釈になるねん……俺の行動と女神は関係ないよ? ほんとだよ?


「彼らが頑張って作ったご飯を食べてあげてくださいよ、司祭様」


 もう面倒くさいので、飯を食わせてハゲ司祭さんを黙らせる事にした俺だ。


「それもそうですな、では、今日も糧を得る事が出来た事を女神様とタイシ様に感謝の祈りを捧げ……頂きます」


 ……何故女神へ捧げる食前の祈りの文句の中に俺の名前を入れるんだ、このハゲ司祭さんは……。


 ……。


 ……。


 ハゲ司祭さんが食べ終わったようなので、ちょいと聞いておきたかった事を質問する事にする。


「司祭様、明日のテイムカードのお披露目ってどんな感じになるんですか?」


 懐からハンカチを取り出し口元を拭っていたハゲ司祭さんは、俺の質問を聞くと片眉を少し上げ、いぶかしげな表情を浮かべると。


「おや、すでに明日の行事の予定表をお渡しいているはずですが?」


 うん、それは貰ったし、その予定を元に屋台の営業開始時間を合わせたけどさ。


「確かに頂きましたけど、何時に何処でやるかとかは書いてあるけど、詳しい細やかな情報は載ってなかったじゃないですか」


 教会は、なんらかの行事がある時に人を集めて、説法とか説教なんて呼ばれる、民に対して神の教えやら道徳の話を礼拝堂なんかでするらしいのだけども。


 今回は人が多く集まりそうなので、礼拝堂の前の表参道を使い、野外でテイムカードのお披露目をするという事は予定表に書いてあった。


「そうですね……まずは女神様の慈悲深いお心を皆に伝えます、そしてスライムカードを披露してから、眷属神が伝えてきた神託の内容を話すと共に、人々のために新たな力を授けてくださった女神様に、感謝の祈りを皆で捧げようと思っております」


 そう話しながらもハゲ司祭さんは、両手を組み目を瞑り、女神に対して感謝の祈りを捧げていた……敬われているんだねぇあの女神は……。


 これは益々俺の知っている女神の姿なんかを伝えるのはNGだな。

 それとこの世界の人達からすると、テイムカードが祝福と思えるのなら安心だね。


 やっぱり俺から発信するのではなく、女神を通じて広める作戦は間違ってなかったぽいな。

 女神が出したアイデアだったんだが……正解みたいだね。


「成程、教えて頂きありがとうございます司祭様」


「いえいえ、ではこの辺りで失礼しますタイシ様」


「……明日は頑張ってくださいね司祭様」


 そうして、お互いに隙のない笑顔のままで分かれる俺とハゲ司祭さんだった。


 ……。


 ふぅ……ハゲ司祭さんの相手はちょっと疲れる……。


 使徒の言葉を完全に無視してもいいんだけど……それはそれで黙認したと思われても嫌だしさ。

 ……さて、並んでいた人がいなくなった屋台の方に行くとするかね。


 ……。


 ……。


「お疲れさん皆、昨日今日とやってみてどうだった?」


 新式屋台とその横に並べられたテーブル屋台に近づいた俺は、そう声をかけていく。

 ここにいるのは売り子なので、調理担当の子とかはいなかったりする。


「あ、お疲れ様ですタイシ先生!」

「概ね問題はなくやれたと思います、タイシ先生」

「ん~、やっぱりスープの器の返却問題は出てきそうです……」

「飲み物のコップも同じくです……」

「お金のやり取りとかは特に問題はなかったかも~」

「器の回収や掃除の問題は少しあるかもです、タイシ先生!」


「ああ……そうか……うーむ……」


 売り子達の感想を聞いて思ったのは、買い手にモラルや規律を求めるのは難しいって事だなぁ……教会の関係者を相手にした今回でさえ少し問題があると思うのなら、冒険者相手なら?


 ……これは駄目だな。


「よし、じゃぁ予定通りというか、器にも代金を払って貰う方向でいこう」


 ちゃんと食べ終わった器を皆が返却場所にまで持って来てくれるのなら、そういった部分にお金はかけなくてもと思っていたんだが、無理そうなら諦めるか。


「了解ですタイシ先生!」

「でもそれだと全体的に値段が高くなってしまいますけど……いいんですか?」

「だよねぇ……木の器とはいえ、そこそこな値段するし」

「それなら、器を返してくれたら返金とかしますか?」


「いや、こちらから金を渡すシステムは絶対に問題が出るので却下だ」


「値段に納得してくれるでしょうか?」

「自分のお皿を持って来た人には器代をタダにするとか?」

「それはそれでどうなんだろ?」


 冒険者横丁だと自前の器を持っていくのが普通らしいけど、教会は街の外れにあるからなぁ……そこまで自前の器を持って歩いてくるか? という問題があるし。


 対応を分けると問題が出たりもするかもなので、器の金を取る方向で統一させよう。


「そこはそれ、やりようというか……焼肉店の清算後のガム的な事をしようと……コホンッ……器を返してくれた人に返金はしないが、ジャーキーを器と交換で渡す事にする」


 危ない危ない、焼き肉店のガムとか言っても分からんかもだよな。


 ジャーキーを食う事で唾液が出て、消化を早めてくれる……あれって本当にそんな効果があるのかねぇ?


 ま、屋台側がお金を渡す事にするよりは問題が少ないだろうさ。


「じゃーきー?」

「ガム?」

「えっと貰って嬉しい物の名前ですか? タイシ先生」


 あ……ジャーキーってここらにはないのか?


「あー干し肉とかあるだろ? 堅い保存食のやつ、あーいうのと交換にしようかなって」


「ああ! じゃーきーって保存食な干し肉の事ですか!」

「お金と交換するよりは良さげかもですね」

「それなら果物とかでも?」

「甘い物が苦手な人もいるかもだし」

「でもそれを言うなら――」

 ……。

 ……。


 っと、女性だけしかいない売り子達の姦しい会話が始まってしまい、俺との会話はそこで終わるようだ。

 保存食かぁ、干し肉ってそういうイメージなのか……。


 ……ふっ! 甘いな異世界!


 俺の日本式〈生活魔法〉さんがいれば、明日までにたくさん作り置きも可能だ!

 そして俺は保存食というイメージだった干し肉の概念を変えるつもりだ!


 この世界に『ジャーキー』という新たな名物を誕生させてやるぜ!


 ……。


 ……。


 ……あ……何故かちょっとコメカミあたりがジクジクする気がしたので……今から急いでココの所に行って、相談してからにしよう、そうしよう。

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