第72話 Fランクと大工兄ちゃん

「もぐもぐ……うまっ! ……こないだ食わせて貰った炙りベーコンも美味かったけど、これも中々の味だなぁ……どうせなら教会の前じゃなくて冒険者横丁にこの屋台を出してくんね? 職場から近い方が買いに行きやすいしよ」


 大工兄ちゃんは俺と同じテーブルを囲み、屋台の調理担当達だけで作成されたコッペ黒パンの燻製肉サンドを食べながら、屋台の出店場所を変えてくれなんて言ってきている。


「いやいや大工兄ちゃん、そもそもあの新式屋台は教会に参拝や治療に来てくれた人用の屋台だからね? そりゃぁ……冒険者横丁の方が客も多いかもしれないけど……ほら、ああいう所って利権に絡んだ縄張りとか色々あるでしょう?」


 実際にそういう事があるのかは知らないけども、すでに賑わっている歓楽街とかだと、権利を握っている人達がいるなんて事は……あるよねぇ?


 俺の言葉を聞いた大工兄ちゃんも、それまでの笑顔からちょっと渋い表情に変わり……まぁそれでもコッペ黒パンの燻製肉サンドはきっちりモグモグしているのだが。


「……モグモグ……ゴクリッ……そうだな、新参がいきなりこんなメニューの屋台を出すのは難しいかもなぁ……新しく出店する屋台の邪魔されたくなかったらレシピを教えろなんて話は出るだろうし……まぁ大工の世界にだって似たような事はあるし……何処もそんなもんだろ?」


 やっぱりそういうしがらみはあるらしい、どんな社会でもそういう部分はなくならないね……。


「まぁ、冒険者横丁を仕切っている人達も、お客の出入りが多くなる場所を作り上げたという自負もあるでしょうしね、そこに新参が美味しい所だけ貰おうなんて参入しても……ねぇ?」


 自負なんていう奇麗ごとではないのだろうけど、まぁそこを突いてもしょうがない。

 

「……職人の世界ではどれだけ腕が良くても、自分の利益の事だけを考えて無理を押し通すような奴は消えていくし……俺も良く親父や母親や妹に職人の腕を磨くだけじゃなく横の繋がりを大事にしろって怒られるからな……」


 両親は分かるけど、大工の娘ちゃんにも怒られてるの?

 まぁ暗い話を続けるのもなんだよな。


 えっと。


「その話は置いておきましょう、それよりも、燻製肉サンド以外のも食べてみてくださいよ大工兄ちゃん」


 俺はそう言って、テーブル上に並ぶパイタンスープやら飲み物やら肉串を大工兄ちゃんに示す。


「……そうだな、調理器具設置の調整は問題ないみたいだし、次はこの肉串を食べようかな!」


 大工兄ちゃんは気を取り直して肉串へと手を伸ばす。

 ちなみにその肉串は……ただの肉串です。

 冒険者横丁の屋台でよく売っているような塩味の肉串です。


 そういう普通の味の食い物も置いておくべきだからね。


 大工兄ちゃんが肉串にかぶりついて、そして、首を傾げながら咀嚼している姿を横目に、孤児院の子供らを相手に商売の真似事をしている新式屋台の方を確認していく。


 今俺達がいるのは孤児院の敷地として使われている広場で、そこに大量のテーブルや丸太椅子なんかを教会の参道に屋台を出す場合と同じような感じにすべく、フリースペースっぽく設置している。


 すでに午前中に新式屋台一号の調整は大工兄ちゃんが終わらせていて、調理用魔道具もきっちりと新式屋台一号に設置する事が出来た。


 そしてお昼ご飯の時間に、孤児院の子供らや職員のシスター達をお客とみなしてプレオープン的な練習をしている所だ。


 俺は屋台の運営を一切手伝わずに監督をしていて、気になった部分をちょいちょい指摘したり助言するくらいに留めている。


 最初に一気に子供達が屋台に殺到した時はテンパっていた屋台運営のメンバー達も、今はきっちり子供らを並ばせたりと、上手くさばいていて安心だ。


 うん、今の所は問題なさげ。


 まだ躾が終わっていない子供らが、どんな事を仕出かしてくるか心配だったんだけど……。


 さっき俺に近づいてきた孤児院の職員である20歳半ばくらいのシスターさんが、こそっと俺に耳打ちをしていった所によると。


 雑草抜きの仕事を回す依頼主であり、孤児院への差し入れ提供者でもある俺の前で粗相をしたら、仕事の依頼は元より美味しい柔らか黒パンや焼き菓子の差し入れがなくなりますよー、という事を事前に子供達に話したそうだ。


 柔らか黒パンってのはうちの主食であるナッツ黒パンの事で、焼き菓子ってのは蜂蜜や蟻蜜を練り込んだクッキーの事だね。


 ……躾が終わっていない子供達を相手にする事で、ちょっとしたハプニングを屋台の運営メンバーが経験出来るかと期待していたんだけど……まぁ最初はこんなもんでいいか。


 冒険者相手だとクレーマーや悪質な客とかも出て来るんだろうなぁ……。


 まぁ、ハゲ司祭さんは、屋台を出し始めたら教会の戦力である武装神官兵を出してくれるって言ってたし……大丈夫かな?


 いざという時に民を守る事を信条にしている女神教会。


 スタンピードの時の避難場所にもなっている教会が、武装戦力を持っていないはずはなく……。

 武装神官とか神官兵なんて呼ばれる人達がいるので、教会付近の治安は良い。


 グリーンも聖女見習いではあるけれど、武装神官系列に見なされるらしい……そうじゃないと参拝客の案内とかをしているシスター達と同じ仕事をしないといけないからね……。


 ……あいつが戦闘能力を伸ばしてたのって、コミュニケーション能力が必要な仕事をしたくなかったからという理由もあるじゃねぇかなと思う事がある……。

 今はまぁ聖女見習いとして俺の所に出向という形なので……って。


 あれ? 聖女見習いが出向してくるってそれは……俺が使徒だとハゲ司祭さんが思っているから?

 いやでも、ハゲ司祭さんに会ったのはグリーンが俺の所に来た後だし……むむ……卵が先か鶏が先か……。


 しかしそうなると、使徒を否定しすぎるとグリーンの出向も取り消しになったりする?


 ……いやまあそんな事になったら、グリーンは教会の聖女見習いから一般人に還俗して俺の所に来そうだよな……どっちにしろ今と変わらなそうだ。


 それと、そろそろ女神あたりに、俺に迷惑かけるなよって神託を、ハゲ司祭かその周りに出して貰おうかなって思っている……お菓子を対価に出せばやってくれそうな気がするんだよなぁ……。


 そういや、教会の一般兵である武装神官の上に聖騎士って位があって、聖騎士を集めた女神聖騎士団ってのもあるらしいけど……。

 三区には今まで聖騎士が派遣されてなかったらしい。


 ほら、新生派が力を持っていた時期は末端の聖騎士の質が悪かったらしくて、金回りのよい二区以上の教会にだけ派遣されて来ていたりとかなんとか……。


 ハゲ司祭さんが言うには、一人前の武装神官と新生派の聖騎士だと、実力は大して変わらなかったっぽいけどね。


 まぁもう教会内に巣くっていた新生派は、還俗して逃げ散っているみたいだから意味のない知識ではある。


 ちなみに、ハゲ司祭さんの言葉を信じるのなら、本道派の聖騎士はそこそこ強いっぽいんだよなぁ……冒険者でいうCランク以上の集まりとかかねぇ?


 冒険者のランクは信頼度を示す物でもあるから、力だけで評価をしていないらしいけど、それでもある程度実力もないとランクは上がらんらしいのよね。

 どんなに強くても礼儀がなってなければDランク以上には上がれないけど、DからCになるにはやっぱり実力が必要だとかね。


 まぁFランクの俺にはまだ何の関係もない話だな!


 ……下手に俺のランクを上げちゃうと、クランに強制依頼とかもあるっぽいしな……。


 魔物の氾濫やらスタンピードがあった時の話なんで、そうそうそんな事はないとは思うのだけどね……。



 ……さて……今回の新式屋台のプレオープン一日目は無事に終わりそうなのだが……。


 ご飯を食べ終わった孤児院の男の子達が広場で遊び始める中、同じく食べ終わったシスター達や女の子達女性陣が、俺のいるテーブルへと集団で囲むように距離を詰めてきているのよね……。


 ……うん……そのギラギラとした目はこの間見たね……。


 分かっているさ、源氏物語異世界版のお話の続きが聞きたいんだよな?

 ちゃんと暇なときに、大国の後宮のお話に改変しておいたから安心してくれ。

 じゃまぁ、今日は『桐壺』を改変した部分を披露しようかね。


 それに真剣にスキルを使いまくって一生懸命お話を聞かせるだけで、スキルの熟練度稼ぎにもなるしな。


 女性陣のキラキラ……ギラギラとした目が近付いて来るが、タイシ負けないからね!


 あ、ちゃんと大工兄ちゃんには、巻き込まれないうちに仕事の代金を払って帰って貰ったので安心してください。


 ではお話の始まり始まり~……――

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