第71話 Fランクはカードを手放す

「それでブルー君、具体的に何があったんだ? モグモグ……うむ、今日のカツレツはやべぇ美味さだ」


 俺はブルー君に話しかけながらも、今日の会心の出来であるカツレツを食べていく。


 このカツレツの衣にチーズの風味がほんのり感じられるのがいいんだよなぁ。


 魔鹿の赤身も肉の味がしっかりしているから、口の中で存在感があるというか……まぁ美味しく出来たんじゃないかな。

 トマトを使ったカツレツ用のソースも良い出来だしね。


「モグモグ……むぐむぐ……ズズズッ……モグモグ……ムグムグ……ズズズッ……」


 ……ブルー君は珍しく俺の問いかけに反応せずに、カツレツを一口切り分けて食べてはパンをちぎって口に入れて一緒に咀嚼をし、最後にスープを飲んで……という一連の動作を繰り返している。


「……火属性な魔鹿肉を使ったカツレツが気に入ったの? ブルー君?」


「モグモグ……はっ! 申し訳ありませんタイシさん、今日のこのお肉の揚げ焼きは最高に美味しかったもので……これは駄目ですよタイシさん……」


「美味しいのに駄目とはこれいかに?」


「この美味しさが外に漏れたら……タイシさんの身柄を攫う美食家とか出てきそうです」


 いやいやいやいや……。

 ブルー君は食べるのを一旦止めて力強くそんな宣言をしてきたが。


「さすがにそれはオーバーだよブルー君、俺が公爵様の所に呼ばれた時に、あそこの上級使用人食堂で食べた飯とかもかなり美味しかったぜ?」


 ……まぁあれは使用人用だから、素材がこの魔鹿の肉よりは安そうな感じだったけどな。

 それでも丁寧な仕事で美味しかった事に間違いはない。


「本当ですか? ……お貴族様の食卓はすごいんですね……僕がいた二区の中流階級あたりの食卓事情だと、ここまでの味には中々出会えないんですが……」


「そんなもんか? まぁ……ダンジョンの中層にいるっていう、そこそこ高級な魔鹿肉だしな」


 やっぱり強い魔物の方が美味い法則って、日本だけじゃなくてこの異世界でも似た感じなのかねぇ?


「あ、そういえば火属性持ちの魔鹿って言ってましたね!? そんな高いお肉を使ってしまったら、クランの食費予算を大幅に圧迫してしまうんじゃ?」


「大丈夫、今日の食材の高級な物達は、俺が自腹で出しているから!」


「成程! それなら安心です、ではタイシさんお代わりをください!」


 クラン財政の危機が訪れない事を理解したブルー君は、まったく遠慮せずに俺にお代わりを要求してくるのであった……。

 ひとの財布で食べる物は一際美味しいよね、うん、分かる。


 ……。


 ……。


 夕ご飯も食べ終えたので、お茶をブルー君に淹れてあげながら先程の話の続きを聞く事にする。


 ……ちなみに女性陣は誰一人として食堂には降りてこなかった。

 疲れ果てて寝ちゃっている可能性が大だ。


 ブルー君がまだ行動できるのは……彼は投擲を使った後衛職だからかね?

 ほぼ動かずにひたすら石やらを投げる……でも投げる物がなくなると、近接スキルのないブルー君は……ヒマそうだよね。


 まぁ実際は魔物への牽制とかで、動いてみせたりはしてそうだけど。


 そんな訳で、余ったカツレツは饅頭型のナッツ黒パンを横にスライスし、それにカツレツを挟む事でハンバーガー的な物にしてから、厨房にある冷蔵庫的な……氷を入れる事で箱の中を冷やす物に仕舞っておいた。


 食材保存箱ってブルー君は呼んでいたけど……冷蔵庫呼びでいいじゃんね?


 普通だと氷を、氷屋で買ったり魔道具で生成したりするのに経費がかかるんだけど……俺の日本式〈生活魔法〉さんは氷も問題なく作れちゃいます。


 日本なら冷蔵庫とかな魔道具も普通にあるを送れるからね、それに見合った日本式〈生活魔法〉さんは本当に便利だ。


 でも戦闘に使えないから、ダンジョン内で空調代わりに〈生活魔法〉を使用してたりしても、敵が出るたびに解除されるんだけどね……まぁそこまで美味い話はないって事だ。


「それで、さっきの話の続きだブルー君、ダンジョンで何があった?」


 諸々の後片付けなんかも終わらせて、食堂にはお茶用の道具しか残っていない状況で、ブルー君の前にお茶の入った器を置いてあげながら、再度同じ質問をしていく。


「あ、ありがとうございますタイシさん、ズズッ……、えーとですね、ダンジョン一階で僕たちがいつものように定点狩りをしていたら、大量の魔物を引き連れた冒険者が近付いてきまして……危険を感じた僕は移動を皆に指示したのですが……」


 お茶を一口飲んだ後のブルー君の語る内容は結構やばめな話っぽくて。


 つーか、それはもしかしてMMOゲームなんかでいう、モンスターPKって奴か?


「魔物を押し付けられたのか?」


 ブルー君が言い淀んだのを機にそう聞いてみる俺。

 もしそうだったら……俺がそいつらを……どうにかするのは無理なので公爵様に言い付けてやる!


 ……くっ……皆を守る力が欲しい……タイシです……。


「いえ、押し付けたというよりは、大量に釣られている魔物の一部が僕達に狙いを変えてきたという感じでしたね……まったくもって貧乏くじを引いた気分でした……」


 ……そんな慣用句表現も異世界から転生や転移した人達が広めているのだろうか?


 この世界にもクジ引きはあるんだな。

 クジ引きかぁ……ああいや、今はいいや、えっと。


「あー、それは意図的に相手に危害を加えようとした行為ではなかったって事か?」


 まぁそうだとしても、そんな釣り方をする冒険者は害悪な存在だとは思うが。


 ……釣り狩りとかまとめ狩りなんて呼ばれ方をする狩り方をするのなら、気配感知系のスキルで周りの状況をきっちり確認しないと駄目だろうに!


 それに魔物をボロボロと周りにこぼす釣りとか、下手くそか!?


 まったく……そいつらには、俺がやっていた日本のダンジョンでの大規模な釣り狩りを見本として見せてやりてぇぜ。


 レッドは魔物を押し付けられたと言っていたし、例え釣っている方にMPKの意志がなくても、結果的に大量の魔物を置いていかれたのなら同じ事だよなぁ。


「ええ、後で冒険者ギルドの受付嬢さんに聞いたら、マナーの悪い狩りをする常連……といいますか……」


 ブルー君がまた何かを言い淀み、そして、俺の顔をチラチラっと見てくるね。


 なんだろ? 俺に関係する何か……あっ!

 ……えーと……続きは聞きたくないけど、聞くしかねぇか……。


「……もしかしてその冒険者達ってのは……髪の毛や目が黒かったりするのか?」


「えっと……はい……タイシさんと同時期に異世界から来た女性達のパーティらしくて……タイシさんのお知り合いだったりしますか?」


 はぁ……マナーが悪いとか言われてた戦闘系の女子グループか……。

 たぶんその女性陣の中にゲーマーとかがいそうだな。


 って、ブルー君が言い淀んだのは、俺の知り合いかもだと思われてたからか。

 一応同じ日本出身ではあるけど……。


「召喚された時に顔を見た程度で、そいつらとは会話すらしてねぇよ、俺はすぐ城から追い出されたし、召喚された中での知り合いってーと……王家が営んでいる牧場で働く事になった女子一人くらいだな」


 ……冬瓜とうがん家の奴は一応遠い親戚だけど……知り合いでもなんでもない赤の他人になりたいくらいの親戚だし、言わなくていいよな。


「タイシさんを追い出すとか、お城の人達って何を考えているんでしょうか? 戦闘が出来ない異世界人はいらないとかそういう?」


 あー、追い出された時はスキルをほとんど持ってなかったからな……。


「まぁそんな所かもな?」


 俺のスキルが増えていく仕様までブルー君に教える事はねぇやな。

 いくら親しいとはいえ、それは俺の切り札となる情報だしよ。

 それに、知らなければ意図せず話を漏らすって事もないだろうしさ。


「元商売人見習いからすると、勿体ない話ですね……所でタイシさん」


 ブルー君は今でも商売人気質が抜けてない気もするけどな。


「ん? どうした?」


「その異世界からのお知り合いの女性がいるという話は……ピンク達には言わない方がいいですか?」


 いや待てブルー君!? なんでそんな言い方を?


「ちょっと待ったブルー君? なんでそんな事を聞くんだ?」


「……いやほら……タイシさんの女性関係がこじれて、またピンクが怖い事になっても嫌ですし……」


 怖いって……ああ……簡単クッキングの時か……うん……。


「モフモフ女子はただの知り合いであって、こちらの世界に来てから少しだけ話をしただけだよ」


「ちょっと話しただけの女性なのに、名前をしっかり覚えているんですね……僕はこの話を聞かなかった事にします、ピンク達には言わないので安心してくださいタイシさん!」


「だから! 俺がなんか浮気しているみたいに……そもそも本気の相手が確定していない状況で……ってブルー君? 俺をからかっているのか?」


 途中からブルー君が可笑しそうに笑っているので……どうやら俺をからかっていたみたいだ。


「ふふ……ごめんなさいタイシさん、追い出されたりとか暗い話が出てきたので、話の流れを少し変えようと思いまして」


「なるほどな……」


 ブルー君とは気安い言葉を交わす仲になってきたって事だよね、それはまぁ良い事なんだろうけども……。


 ……だけど許しません。


 ブルー君にはいつかアネゴちゃんとの仲でからかってやるんだからね!


 タイシの〈記憶力向上〉スキルのメモ欄に、しっかりこの事をメモっておく事にしました。


 ……。


 ……。


 ――


 この後もブルー君とは雑談交じりの話をしたんだけど。


 異世界被召喚者の戦闘系スキル持ちで構成されている女性グループには、冒険者ギルドから繰り返し注意がされているとの事で。


 そのうち何らかの処分が為されるかもしれないという話だった。


 ……もしかしたらその女の子達は、この世界にいる事を夢の中やゲームの中の出来事だとでも思っているのかねぇ?

 もしくは、自暴自棄になってたりとか……。


 そうだとしたら悲しい話だけども……王城の大人達がしっかりフォローしてやって欲しい所だ。

 自分らが召喚したんだしよ……。


 それに今回は大丈夫だったみたいけど『五色戦隊』の皆が心配になったので……リーダーであるブルー君に俺の手持ちのゴブリン系カードを全て渡しておいた。


 他の皆にもテイムカードを貸した事は教えておくとして、命の危機があるような状況に遭遇したら、テイムカードの魔物を囮として使い捨てていいよってブルー君に言い含めておいた。


 というか……売っちゃだめだからね? 分かっているよね!? ブルー君!?


 何故か、ブルー君のカードを見る目の中に金貨の幻影が見えた気がした……タイシです。


 まだ一般には出回っていないカードだけど、皆の命には代えられないからね。


 ……でも、なるべくなら使う状況にならないように気をつけてねブルー君。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る