第69話 Fランクと司祭との戦い

「むぐむぐ……これは中々……」


 俺の目の前でコッペ黒パンを使った燻製肉サンドを食べているのは、ダンジョン街の側にある女神教会で一番偉い、ハゲ司祭さんだ。


「ズズズッ……美味しいですね、これが骨から……ズズッ」


 そしてもう一人、いつもハゲ司祭さんと二人で話をする応接室に、今日は年嵩の修道女さんが来ている。

 中年のハゲ司祭さんより年上っぽく見える。


 今日の午前中から夕方までみっちりと屋台の担当達と調理訓練した成果を披露している所だ。


 俺の対面のソファーに並んで座っている二人は、コッペ黒パンを使った燻製肉やポテサラサンドと、パイタンスープや、野菜と果物を使った飲み物や、肉串を試食している。


 俺達が訓練でたくさん作ったそれらは、孤児院の子供らや教会で働いている神官達や修道女達のご飯としても供されている。


 一日中作り続けたから……調理の担当者達も最後の方は疲れ切っていたけど、それが自分達の未来のためになると理解しているのか、真剣な表情で最後までやり切っていたね。


 ハゲ司祭さんと年嵩の修道女……年嵩シスターさんが一通り食べ終えたので、俺は二人に声をかける。


「味はいかがですか? これらを屋台で出そうと思うのですが」


 ハゲ司祭さんや年嵩シスターさんは自分の口元を懐から出した布で拭いながら。


「大変美味しかったですタイシ様」


「ええ、司祭様のおっしゃる通り、非常に美味しかったです」


 二人からの評価は上々のようだ、やったね。


「ご満足頂けて良かったです、ではこれらのメニューで決まりという事にしましょうか」


「ああいえ、待ってくださいタイシ様」


 ぬぐぐ、相も変わらず様呼びをしてくるなハゲ司祭さんめ……って、待てって事は何か問題でもあるんか?


「どうしました?」


「いえ……使徒……タイシ様の用意した物は確かに美味しいのですが……新しい屋台は一台しかないのですよね? これら全てのメニューを一台の屋台で出せるのでしょうか?」


 ハゲ司祭さんのその物言いに年嵩シスターさんも、頷いている。


 ……あっ……。

 ……タイシまたやっちゃった!


 屋台への思いが強すぎて、屋台一台分のキャパシティを考えてなかったな……。


「俺は使徒ではないですが……確かに屋台一台だと狭いかもですね……ちょっと気負い過ぎたかもです、えーっと……どれかを削りましょうか」


「ふむ……焼き串とスープは調理台を設置した新式の屋台が必要でしょうが……この飲み物とパンはそれが必ずしも必要ではないですよね?」


 あー確かに、教会の大厨房で制作してから運べばいけちゃうなぁ……。

 となると……。


「そうですね……新式の屋台一号機の隣の場所に、横長のダイニングテーブルでも置けば、パンと飲み物の販売は可能かもですね」


「それなら、テーブルや、屋台を周りから区切る布を張る骨組みなんかは、教会の備品から出しましょう、そういう事でいかがですか? 使徒……タイシ様」


 おー、それはありがたい話だ。


 新式の屋台は調理の出来る貴重品な魔道具なんかを設置する必要があって、それを盗まれないように、夜にその都度倉庫に仕舞うために屋台ごと移動させる事のできる仕様にしたかったんだよね。


 つまり……テントみたいに屋台を囲う布を張る骨組みやらは夜に置きっぱなしでもいけちゃうからな。


「それはありがたいです司祭様、それなら俺が出資した新式の屋台で肉串とスープを扱い、教会から借りたテーブルでは、コッペ黒パンの燻製肉サンドや飲み物を売る事にしましょうか、それと俺は使徒じゃないです」


 ハゲ司祭さんの申し出には感謝しつつも、使徒ではないとはっきり言っておかないとな。

 俺はあんな、お菓子好きなうっかり女神の使徒役なんて嫌だよ。


「……それでタイシ様、屋台の営業はいつからにしましょうか?」


 おお、年嵩シスターさんは俺を使徒と呼ばないから嬉しいな!


 って待てよ……それが普通じゃね?


 危うく普通に話しかけられる事に感謝しちゃう所だった。

 それはただの普通の会話じゃないかーい、と、俺の中の〈突っ込み〉スキルが心の中で叫んでいる。


「そうですねぇ……」


 営業開始日とかまったく考えてなかった俺は、年嵩シスターさんの質問に対して考えを巡らす。

 教会の荘園から手に入らない材料なんかの買い入れを、商人や冒険者ギルドと継続購入契約しちゃえばすぐにでも営業は可能なんだけど……どうせなら最初だけは派手に宣伝とかしてやりたいよなぁ。


「何をお悩みですかな? タイシ様」


「ああいや、どうせなら営業初日は派手に宣伝してからとかを考えていまして」


「ふむ……宣伝ですか……」


 俺がハゲ司祭さんとそんな会話をしていると。


 年嵩シスターさんが自分の手のひらにもう片方の手を拳でポンッと叩く仕草を……というか、そんな良い事を思いついた的な仕草も、転生者や転移者が広めたのか?


「それなら司祭様、例のお披露目の時に屋台を開始するのはいかがでしょうか?」


「おお! 確かにその日なら沢山の人々が詰めかけるでしょうし、成程、貴方の言う通り営業開始にぴったりですね」


「ふふ、これ以上ないくらいのタイミングの良さですよね司祭様」


「ええ、これもまた女神様のお導きでしょう……」


 ふぬ? 何やらハゲ司祭さんと年嵩シスターさんの間で、仲良く分かり合えた会話をしているのだが……タイシは何も分からんので説明プリーズ。


 俺がそうして首を傾げて二人の会話を聞いていると。

 俺の仕草に気付いたハゲ司祭さんが年嵩シスターさんに向けて。


「タイシ様に貴方のを見せてあげてください」


 なんて事を言っている……。


 やばい、えーっと、俺は確か……司祭さんに……世界の民に新たな力を女神様が授けるかもしれません的な事しか言ってなかったよな?

 つまり……過去にハゲ司祭さんに対してカードという単語は言わなかったから……。


 俺の前のテーブルを挟んだソファーに座っている年嵩シスターさんは、懐から一枚のカードを取り出すと。


「コロちゃん召喚!」


 そう言ってテーブル上にスライムを召喚して見せた。

 勿論俺はその召喚を見て。


「スライム!? 魔物! ……いや……えっと……これはどういう状況なのでしょうか司祭様?」


 驚いて見せて、尚且つ魔物にしては見た目が可愛らしいスライムに困惑し、最後にハゲ司祭様に問いかける。


 という演技を〈役者〉〈演劇〉〈パフォーマー〉等のスキルを駆使して行うのであった。

 戦闘にはあまり役にたたない雑魚スキルとはいえ、こういう時には便利なスキル達だ。


 ハゲ司祭さんは年嵩シスターがスライムを召喚をする時あたりから、俺から一切視線を外さずにこちらを観察していた……。

 ったく……油断も隙もねぇお人だ……本道派は金や地位に執着してなかったってだけで、ぬるくて愚鈍な人の集まりという訳ではないのかもな……。


 ……というか、そのスライムに名付けしちゃっているの?

 もうそのテイムカードは年嵩シスターさん専用って事だよね……いいのかそれで……。


 テイムカードの名付けによる専用化は、俺が元いた世界である、ダンジョンのある現代日本とほぼ同じ仕様だったんだよなぁ……。

 その検証に使ったテイムカードはゴブリン集団との戦闘で撃破されて消えちゃったけども……。


 名付けをしたテイムカードは名付け主専用にされ、かつ、初期設定だと名付け主から離れると手元に戻ってくる仕様も同じだった……ようは簡単には盗めないんだよな。


 それと専用化されたテイムカードは持ち主の許可がないと他の人が使う事が出来ない。

 まぁ、許可があると使えちゃうんだけど……色々と制約がつく。


 他にも色々とルールがあるんだが……そもそも俺の手元にテイムカードがほとんどないのに考えても仕方ないよな。



 まぁこの世界でのテイムカードの仕様なんてのは、女神と眷属神とやらの気分次第でいくらでも変わっていくだろうから、そこまで細かい事を気にしても仕方ないと思っている。


「……タイシ様はすでにご存知かもしれませんが、魔物をテイム状態で呼び出す事の出来るこのテイムカードは、女神様から下賜された物で、このカードが民に望まれるのであれば、魔物を倒すと一定確率でテイムカードに変化するという法則を世界に適応させるとの事でして……タイシ様はいかがお思いですか?」


 ……なぜ俺がご存知だと決めつけるんだよ……。


 ハゲ司祭さんは審議系のスキルを持っているっぽいんだよなぁ……こういう質問に対しては気をつけて言葉を選んで会話しないといけない。


「そのような法則を世界に根付かせるとは、さすが女神様ですね、俺も喜ばしい限りです」


「……」

「……」


 ……。


 俺とハゲ司祭さんはそれ以降一切口を開かず、相手の様子を窺っている。


 その緊張した空気が応接室内に流れる中……。


 年嵩シスターさんは、自身の前のテーブル上にいるスライムをツンツン突いたり、撫でたりして遊んでいる。


 ……。


 その無邪気な年嵩シスターさんの様子に、ハゲ司祭さんが何かを諦めた感じとなり。


「ふぅ……実はこの女神様から下賜されたテイムカードの件を、女神様の民をいつくしむお心と共に広く世間に知らしめるべく、近々女神教会や王侯貴族の共同で様々な場所で同時にお披露目する事になりまして」


 へぇ……教会だけでなく王侯貴族も共同なんだね。


 まぁ、すごい利権になりそうだし、権力者な王侯貴族を巻き込んだ方が安全だよね、法律とか新たに制定しないといけない部分とかもあるだろうし。


 ……それと、女神様の慈しみの心……ねぇ?

 お菓子を欲しがる心の間違いじゃね?


 でもまぁ……ここまで順調に話が進んでいるのなら……女神にお礼としてお菓子を奉納しにいこうかな。

 女神と会話しないのなら、一般客用の礼拝堂で奉納すりゃいいしな。


「成程、人が沢山教会に集まる予定があるのなら、俺達がやる屋台の初日営業には相応しいですね司祭様」


 俺は敢えてカードの事にはあまり言及せずに会話を進める。

 不用意に何か言っちゃう可能性もあるからな。


「そうですね、そのお披露目は三日後になるのですが、大丈夫でしょうか?」


 ……ふむ……思ったより動きが早いなぁ、本物の神が関わっている事だからだろうか?


「そうですねぇ……今調理やらを教えている子達は、それぞれ生産系のスキル持ちで成長も早いですから……試験的な営業を孤児院の子供らや教会で働いている人達を相手にやってみたいですね」


 プレオープンって奴だ。


「成程、それでは明日か明後日あたり、もしくは二日続けて、教会の奥まった場所で試してみますか?」


 明日は大工の兄ちゃんあたりを呼んで来て、新式屋台に置く魔道具な調理器具の設置を調整とかしたいから……。


「明日は午前に屋台を作った職人を招いて調理器具の設置やらの調整をしたいので……お昼に孤児院で、次の日は一日中教会の奥で身内相手にお試し営業する、という感じにしましょうか」


「分かりました、ではそのような予定でやる事にしましょう、皆には伝えておきますのでタイシ様はお好きなように動いてください、それと、簡単な調整ならば教会付きの生産系スキル持ちでも可能ですが……」


 いや、その話は前にしたでしょーに……。


「以前の話合いでもしましたが、教会内で全てが完結してしまうと良くないんですよ、商売をして儲けを出すのならば、周囲にもお金を流さないと駄目なんですってば……」


「……ふーむ、そういうものなのでしょうか……タイシ様が言うのならそれで納得しておきます、では諸々と決定という事で」


 お金の流れの話とかになると途端に苦手意識を出すよなぁ、本道派の人達って……。


 商売で儲けを出して教会だけにお金が集まっちゃうと、周りから妬まれたりするんだけど……そういう事には思い至らないんだろうね。


「ええ、それでは話し合いも終わりという事で」


「はい」


 俺とハゲ司祭さんはソファーから立ち上がると、応接室の外へと向けて歩いていく。


 明日も忙しくなるぞー!





 ……ちなみに、年嵩シスターさんは、途中から俺達の話を一切聞かずにスライムのコロちゃんとやらと遊んでいたので、放置する事にしました。


 俺とハゲ司祭さんが退出した応接室では、一人のシスターとピョンピョン跳ねるスライムがそのまま遊び続けていたとかなんとか……。





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