第66話 Fランクの屋台ひき

「おう来たか『鼻笛料理人』さん、どうよこれは!」


 午後になって例の屋台の一号機を見に大工の元へと尋ねてきたのだけど。

 案内された倉庫で、いきなりケンカを売られているタイシです。


「こんにちは大工兄ちゃん、『歌う料理人』のタイシです」


「ん? いやまぁいいか、それでな『鼻笛料理人』さん、屋台の説明していくぞ」


 ……くそ、細かい事を気にしない職人気質めが……仕方ない、今は仕事の確認が先だ。


 ……。


 ……。


「で、これをこうすると――」

「ほうほう、確かに引っ張る時の持ち手がそのままだと邪魔に――」


「さらにメンテナンスの時はここをこうしてこう――」

「おおー、これは素晴らしい……模型の時より――」


「後は調理器具に合わせて――」

「それはそうかもですね、じゃぁ実際に使って――」

 ……。

 ……。


「とまぁこんな所なんだが、どうよ?」


 どうよと聞いているが、大工兄ちゃんの表情には自信がありありと浮かんでいる。

 まぁ確かに屋台一号機は素晴らしかった。


「問題ありません、後は実際に使ってみて現場で調整するだけですね」


「そうか! へへ、楽しい仕事だったぜ」


「ええ、それじゃぁ後金の支払いをしたいのですけど」


「あ、ああ、えーと……書類は何処にあったかな……」


 大工兄ちゃんはそんな事を呟きながら、屋台一号機の置いてある倉庫から応接室へと向かって歩いていく。


 特に『こちらへどうぞ』とか言われてないが、大工兄ちゃんについていくタイシです。

 ……大工兄ちゃんはお客に対する対応がちょっとな……大工の娘ちゃんはいないのかな?


 ……。


 ……。


 応接室について、俺はお茶も出されずにソファーに座り、ガサゴソと応接室にあるキャビネットの中を探る大工兄ちゃんを待っている。


「今日は大工の娘ちゃんはいないのですか? それか他の事務方の人とか」


「ああ、妹は母親の付き添いで教会に行っているんだよな……いつまでも妹に休みを取らせる訳にいかねーからなぁ……あっれぇ……ここら辺にあるはずなんだが……」


 成程。


 いつまでも大工の娘ちゃんのウエイトレス業を休ませる訳にもいかないと、お布施はかかるが教会へと治療に行っているのかもね。

 俺は以前来た時に大工の娘ちゃんが書類を入れていた場所を、それとなく大工兄ちゃんに教えてあげた。


 ……。


「おお、あったあった、じゃぁえーと、これだけ頼むよ」


 大工兄ちゃんが示した書類に書いてある金額を〈引き出し〉から出して支払っていく。


 受取書類にもお互いがサインして……おっけー。


 大工兄ちゃんを見ていると、何か間違いがないか心配なので、何度も書類を確認してしまった。

 この人に事務方は似合わないね……ま、職人だしな。


「では、細かい修正はすぐに必要になると思うので、『歌う料理人』タイシからの追加依頼として持ち込みますので、その時はよろしくお願いしますね」


「おう、簡単な修正なら道具を持って教会に行ってやるからな、よろしくな『鼻笛料理人』さん」


 ……く……認識を変える事は出来なかったか。

 でもタイシ諦めない!


「では『歌う料理人』タイシは屋台をひいて帰ります、親方さんや妹さんによろしく言っておいてください」


「おうよ……ってそういや妹の旦那になるのなら『鼻笛料理人』が俺の弟になるのか? それはそれで楽しみだな! じゃぁまたな~」


 ……むぐぉ……認識を変えるどころか、新たな誤解を植え付けられているっぽい。


 大工の娘ちゃん、君は……俺と大工兄ちゃんに仕事上の接点があるからって、その結婚話を既成事実化させようとしてないか?

 ……ったく……この世界の女子は肉食系だなぁ……。


 ……。


 ……。


 ガラガラと音を響かせ、冒険者街の道を荷車屋台をひきながら進むタイシです。


 ふむ……周囲からの珍しい物……者を見る視線は、まぁ慣れているから無視をするとして。


 長距離を引っ張るのには向いてないなぁこの屋台……まぁそういう設計じゃないから仕方ないか。

 三区は大通り以外の道が土だったりするから、リヤカー的な方が動かしやすいしな。


 でもまぁ使用するべき場所である女神教会の中は、石畳部分が多いから大丈夫だろうさ。

 

 そういや、いわゆるリヤカー的な荷車はこの世界に普通に存在していて、三区でも良く使われている。


 日本からの転生者や転移者からの情報で作ったのかねぇ?

 まぁこういうのは見ただけで真似出来ちゃう技術だから、一台買えば後は自分達で複製しちゃうとかさ……。


 特許なんて考え方は浸透していないというか……権力という暴力で権利を主張するくらいしか出来ないっぽい。

 そんで、車輪がでかくて二輪のリヤカーなんかに比べると、この屋台は重いというか動かし辛いのは……まぁ仕方ないか。


 そもそも運用のコンセプトが違うもんな。


 ガラガラと屋台を動かす音をBGMに、ついでに鼻歌を合わせて移動していくタイシです。


 ふんふふんふ~ん。


 こらそこのお子様! 俺は『歌う料理人』だよ~『鼻笛料理人』じゃないよ~。


 ……。


 ……。


 教会へと辿り着いたので、屋台を教会の倉庫に預けてから家に帰る。


 帰りがけにアネゴちゃんに声をかけようと思ったんだが……。

 これはブルー君に後で頼もうっと。


 明日は『五色戦隊』の皆がダンジョン探索をお休みにする日なので、丁度いいから屋台のメニュー開発でも皆でしよーって話をね、アネゴちゃんにも伝えて貰う事にする。


 ダンジョン探索は集中力が必要だしさ、毎日毎日休みなくやる仕事ではないんだよね。

 適度に休日を挟むべきって見習いの時に教官達から教わるものだ。


 ……まぁ俺が日本にいた頃は、一カ月間ぶっ通しでダンジョンに籠った時とかもあるんだけど。

 いやほら、あの時は、どーーーーしてもエルフのテイムカードが欲しかったからさ、エルフが敵として現れる階層を行ったり来たりしたんだよな。


 オークションじゃ高すぎて買う気にならなかったし……。

 お金持ちの連中が、嫁というか夫というか、まぁ恋人にするためにエルフのテイムカードを買いやがるんだよ……。


 ダンジョンのある現代日本では、テイムカードの知性ある人型の魔物と結婚する人は一定数いたんだよなぁ……。


 ちなみに日本のダンジョンに出る魔物って、個性がないというか……ゲームのMOB敵って感じなんだけど、カードになってから呼び出すと全部違う個体だったりするんだよねぇ……。


 女神が言っていたこちらの世界の魂を日本に渡す話とかを聞いて思ったのは、日本のダンジョンの魔物って、引き渡された魔物の魂が持つ見た目を複製だか模造だかしてMOB敵として使い、カードに変化した場合はその魂をカードに籠めるって感じだったのかなぁ?


 そうなったら違う魂がまたカード用に準備されるとか……うーん……謎い。


 はぁ、なんか昔の事を思い出したら、またテイムカードが欲しくなってきたなぁ……。


 早くテイムカード情報が広まらねーかな!!!!


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