第64話 Fランクの青春
朝食のお片付けなども終わったので〈引き出し〉にレシピとココに差し入れる用のクッキーとかを仕舞い、冒険者ギルドへと向かう。
目的はココに食パンのレシピを渡すためだ。
ちゃんと公爵様に報告しないとね。
そうしないと……またココにアイアンクローとかされちゃうかもだしな……。
あの時はまじでココの手を振りほどけなかったからなぁ……。
ココはスキルオーブを底値で買うのが趣味って言ってたので、この世界のスキルを俺より遥かに多く所持しているのだろう。
って事はだ……。
現状の俺よりはココ……コーネリアの方が強いんじゃないかなって思うんだよね。
俺も日本産の雑魚スキルなら、色々と世界に馴染んで使えるようにはなってきているんだけども。
女神様いわく、戦闘能力の低いスキルから馴染んでいくって言ってたからな。
……つまり、まだまだこの世界では雑魚クラスの俺は、Fランクのままが似合っているって事だわな。
日本で上級探索者なんて呼ばれている人達はさ、少しでも基礎能力値を上げるために、スキルを覚える事の出来るスキルスクロールを買いまくるのが普通だったんだよね。
俺もそれに倣って、お買い得なスキルスクロールオークションでは入札しまくりの買いまくり状態だったんだけど、皆が欲しがるスキルは値段がつり上がり過ぎて手に入り辛いから、結局雑魚スキルばっかり手に入るんだよな……。
つまり……日本での俺のスキル構成だと、雑魚スキルが多すぎて、この世界で戦闘系スキルが馴染むまでが遠そうなんだよな……。
まぁ……後悔はしていないんだけどな、日本ではそうしないと強くなれなかったし。
というかさ、日本では有用なスキルは上級探索者だけでなく、お金持ちがアンチエイジング用に入札とかしてくるから、スキルスクロールを確保するのが大変だったんだよ……。
耐久やらの基礎能力値が上がるスキルは抗加齢? 抗老化? 的な作用もあったみたいでさ、超がつくお金持ち達はすっげぇ若々しいんだ……。
日本にダンジョンが現れて50年程だったけど、ダンジョン黎明期から活動をしていた一流の探索者なんかは、70歳を超えているはずなのに30代前半か……下手すりゃ20代に見える化け物とかいたからな……。
俺の家である
俺も日本では上級探索者と言われていたけど、どちらかと言うと中級を抜け出したくらいの、上級の中でも下っ端なイメージで、上級探索者達の上澄みにいる化け物みたいな先輩方と同じ上級探索者って呼ばれる事に違和感はあった。
あれはたぶん……化け物を化け物と世間一般に気付かせないために、わざと上級の上に呼び方を作らなかったんだと思う。
でもまぁ、こっちのファンタジー世界でも長命種で、日本の化け物みたいな先輩方と似たような雰囲気を漂わせた人はいたっけか……銀髪お母さんエルフとかな。
そういや、こちらの世界でもスキルによる基礎能力値アップで抗加齢や抗老化な効果があるとしたら……寿命とかどうなるんだろ?
……こっちの世界の常識をもっと学びたいタイシがいます。
……。
こんな感じに取り留めのない事を考えつつ歩いていると、冒険者ギルドへと着いた。
ギルドの建物内へと入った俺は、いつものように見習い冒険者のための受付に……。
おお、珍しい事に受付には冒険者が数人いて、ココが相手していた。
この世界での成人したてくらいの、つまり13歳くらいの男二人女二人の混合パーティっぽい子達だね。
俺は彼らの後ろに並び、その子達の用事が済むのを待っている。
列を作って並んでいるために、ココとその子達の会話が聞こえてきてしまう訳だが、13歳で成人したのを機に新たに冒険者になるべく隣の農業都市からやって来た子達みたいで、ココは丁寧に見習いの救済制度について説明していた。
つまりFランクなタイシの後輩になる訳だね! あの見習い用宿舎を管理している教官さんは良い人だから、君らもちゃんと話を聞くといいよ……賢者に転職出来る場所も教えてくれるしな。
そんな4人パーティの子達なんだけども、ココと積極的に会話しているのは3人で、1人だけ彼らの後ろで欠伸なんかをして退屈してそうな女の子がいる。
その子が俺の存在に気付くと、訝し気な視線を向けてくるので……Fランクのギルドタグを見せてあげたら、納得をした。
俺の見た目はこの世界の人達からすると17歳前後くらいに見えちゃうらしいからね。
それくらいの年齢だとEランク以上になっている事が普通で、見習い用の受付には来ないものらしいから……普通ならばそんな年齢でいまだにFランクである俺を侮ったり見下したりしてきそうな物なんだけど……。
女の子の『大変だろうけど、お互い頑張ろうね!』みたいな意思の籠った優し気な目で見られつつ会釈で挨拶されたのはちょっと驚いた。
……先入観で人を判断しない事は良い事だよね、まぁ基礎能力値だけでいうと俺がFランク相応である事は確かなんだけども……後ろ盾として公爵家というお貴族様がいるから、手を出すと火傷する危ない存在ではあるのよね。
俺はそんな礼儀正しい良い子な女の子に、お近づきの印にと〈引き出し〉からココに差し入れる予定だった、蟻蜜クッキーをパーティ人数分出して渡すのであった。
……。
……。
俺の番がきたので、ココの前の受付台に近づく俺。
ココとの話が終わった新人見習い冒険者な4人パーティは、甘い匂いのするお菓子を、カリカリと少しずつ食べている女の子に『お前いつのまにそんなお菓子を買ったんだ!?』みたいな話をしながら冒険者ギルドから出ていくべく歩いていった。
……あの女の子にはパーティの人数分のクッキーをあげたんだけどなぁ……ちょろっと見た様子だと、パーティメンバーには一枚を割った半分ずつをお裾分けしてたね……。
ま、この世界では成人しているって言っても、俺から見りゃまだ13歳な子供だものな、そういう事もあるよね。
女の子って甘いお菓子好きだしさ……。
そうして俺は同じく甘い物好きなココへと視線を戻し、話しかけていく。
「ちゃんと仕事もしているんだなココ」
挨拶代わりの軽口から始まるココとの会話である。
「私はいつも真面目に仕事をしていますよ!」
知ってるよ、今のは軽いジョークだ。
「さっきの見習いの子らは、性格の良さそうな子達だったな」
まぁ俺が対応したのは女の子一人だけなんだが、パーティってのは性格が似てくるもんだし、他の子らも性格が良い可能性は高い。
「あー、タイシさんとあの女の子との無言でのやり取りは、私からも見えていましたけど……」
ココが少し言葉尻を濁してくる……なんぞ?
「どした? ……あ! べっ別に女の子をお菓子で釣ってた訳じゃないぞ!? 俺がFランクのタグを見せても馬鹿にしてこない性格の良い子だったからであってな……」
妙な勘違いをされても困るのでココにはしっかり説明しておかないとな。
だってココのアイアンクロー怖いし。
だがココは苦笑を浮かべながら、手を軽く横に振ると。
「違いますってば……」
ん? 冒険者ギルド内の喧騒が急に小さくなった……遮音結界をココが張った?
「どうしたココ、急に結界なんて張って」
俺がココにそう疑問をぶつけると、ココは遮音結界が張られたにもかかわらず、手でオイデオイデと俺を呼びこんでいる。
すでに遮音結界が張られているのだし別に近づく必要ないだろうに、とは思うのだが、ココが雰囲気作りのためにそうしたいというのならばと。
受付台の上に両手を乗せ、上半身を伸ばしてココに頭を可能な限り近づかせて……まぁ内緒話をする体勢にする。
するとココは自分の口の側に手を当てる内緒話の姿勢をとると。
「あの女の子のスキルに〈直感〉がありました、恐らく祝福の儀で得たレアスキルです……タイシさんに優しく……というか馬鹿にしない態度で接したのも、そのスキルで何かを感じた可能性もあると思います」
わぉ……そりゃこの世界の人達は10歳になると女神教会で行われる祝福の儀で必ずスキルを一つ得るんだものな、そういったスキルを持っている子がいてもおかしくないか……。
「そんな情報を俺に教えちゃっていいのか?」
遮音結界があるにもかかわらず、俺も小さい声でココに内緒話っぽい姿勢で話しかけていく。
「世の中にはそういうレアなスキルを持った人がたまにいる事をタイシさんは知っておくべきですから……子供だからとて油断しておかしな情報を漏らしたりしないでくださいね? 〈直感〉で嘘とかばれちゃう事もありますからね?」
……成程! 確かにそれは怖いな……でもまぁ、あの子は素で優しそうな感じではあったが……。
ハゲ司祭さんとかには警戒するけど、10歳以上の子供に対する警戒は薄かったかもな、反省反省っと。
「所でなココ」
「はい、何ですかタイシさん」
「俺にそういう警告してくれるのは嬉しいのだけど……内緒話の体勢を取る必要あったか?」
「ないですけど、こういうのはお約束みたいなものですから?」
ネタでやったんかよ……いや俺は別にいいんだけどね……。
俺は姿勢を前屈みから普通に戻して立つと、ちょっと遠くにいる、こちらを見てきている受付嬢をココに示すために指さす。
ココは俺の指さした方を見て、そこを確認するとまた俺の方へと顔を向ける。
「あの受付嬢がどうかしましたか?」
コテンッと首を傾げるココ。
あれを見ても分からんのか……。
「あの受付嬢って、俺がココの部屋から朝帰りした時に部屋の前を通りかかった人だよな?」
顔に見覚えがあるからね、たぶんそうだとは思うんだが。
「そうですね……あの時はあの人から噂が広がって、すっごい恥ずかしい思いをしました……」
それを覚えているのなら、今の状況にも気づいて欲しい所さんだ。
「ではココさんに質問です」
俺は口調を新たにココにクイズを出す。
「何ですかタイシさん?」
本当に分かっていないココに対して俺は、特に感情を籠めずに、ニュースキャスターのように状況を説明していく。
「ココの部屋から朝帰りをしている男が、受付台を乗り越える勢いでココと顔を寄せて内緒話をしているのを見かけてしまいました、さて、あの受付嬢さんは、どう思うでしょうか?」
「……? ……ふぬ? ……あっ! ……ああっ!?」
ココはしばらく考え込んでいたが、そのうち顔を真っ赤にして何かを思い至り……プシューっとその狐耳の間から湯気が出る幻影が見えた気がした。
やっと気付いたかココは。
そりゃねぇ……恋人と仕事場でイチャイチャしているって思われるよなぁ……。
「まぁ頑張れココ」
俺は特に困らんのでそう言っておいた。
「……前回の話でタイシさんとは婚約者的なものだという噂が出ていまして……特に否定も肯定もしなかったんですが……ああ、ううう……今回さらに踏み込んだ噂が出回りそうです……」
「あーまぁ、俺が公爵家から後ろ盾を得ている理由だと、それが一番説得力があるよなぁ……ただのFランクの後ろ盾になるよりはさ」
ギルドの上層部には公爵家が俺の後ろ盾になる話が通っていてもおかしくないしな。
「ええ……ですので、噂は放置していたんですけど……タイシさんは……その……困らないんですか?」
ココは頬を赤く染めながら上目遣いでそんな事を聞いてくる。
うーむ、日本のアイドルとかがカメラに向いてこんなポーズをやっていたら、あざといと思う所なんだが、ココがそんな演技を出来るとも思えんから、素だよなこれ。
……結婚はなぁ……昔の恋人との事を思い出してまだ少し胸が痛くなるから、もうしばらくは、する気はないんだが……いつか……そうだな、いつか、もう少し心が軽くなるようなら……。
「噂程度なら問題はないな、ココとは気が合うしよ……そういう未来に至っても悪くないとは……思えるしな……」
なんだろうこれ、嘘はついてない自然な気持ちをココに伝えているのだが……ちょっと恥ずかしいタイシがいます。
「そ……そうですか……そうですか……そう……ですね? ……」
うん、ココはブツブツ言いながら、完全に顔を伏せてしまった。
受付台の前に立っている俺からだと、顔を伏せたココの表情はまったく見えないんだけど……フサフサの毛で分かり辛いが、狐耳がほんのり赤くなっているね……。
……。
……。
ココが顔を伏せたまま戻ってこないので……。
公爵様に渡すレシピの話は、まだしばらく出来そうにないな……。
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