第62話 Fランクの下準備

 孤児院での昼食も終わり、子供らからのお話の続きを求める声を振り切って逃げてきました。


 子供らと言ったがほとんど女子達だったけどね……。


 源氏物語を異世界風に改変した話なのであれだが、皇帝陛下の衣装係であった女性が皇帝に見初められる所からの話で……実はまだ光源氏に相当する皇子は生まれてもいない所で終わっちゃったのよね。


 後ろ盾の弱い衣装係の女性が皇帝陛下に選ばれたがゆえに、嫉妬にまみれた周囲がどうのこうのという……ちょっと正直こんな話を子供らにしても良いのかと、話聞かせの途中で迷ったのだが。


 なぜか孤児院で働くシスター達が、子供らの後ろでワクワクしながら聞いてたから。

 まぁおっけーなのかなって、思う存分昼ドラ的展開モリモリで話してやった。


 さっきも『絶対にまた遊びに来てくださいね!』と、いつもの5割増しくらいの熱意を籠めてシスター達に挨拶されてしまった。


 今回は即興の改変だったために、話の筋に粗があったしなぁ……。

 次の機会のために、ちょっと紙に書き出して内容を整理して、ちゃんと筋の通ったお話にしておこう。


 ……。


 そうして今は頼んでおいた燻製用施設に作り替えた小屋を、屋台関係で働く事が決まっている子らと確認を終えた所だ。


 確認を終えた子らの中には金髪ショートのアネゴちゃんも当然の如くいて、俺を見上げるように口を開く。


「小屋を丸ごと使うんだね、タイシ兄貴」


 ちなみに屋台で働く子らは成人したて前後の子らに限定し、アネゴちゃんにしばらく指揮をとって貰う事にしている。

 あまりにも年上の人が相手だと、アネゴちゃんもやりにくいだろうしね。


 屋台の数を増やす必要が出て来たら教会側に指揮をまかせるつもりだ。


「個人の趣味でやる程度なら大き目の箱とかでもいいんだけどな、客商売で使うなら……正直これでも小さいと思うぞ」


 俺はアネゴちゃんやその後ろに控えている子達と共に、小さめの元倉庫小屋を見ながらそう言ってやる。


 屋台が当たれば商売の規模は大きくなっていくだろうし、最初に売り出す食い物が燻製であるなら、それ以降も教会の門前町の売りの一つが燻製になるだろうしな。


 でもまずは美味い物を作ってからの話だな。


「さて、じゃぁ厨房を借りて肉の準備するぞー、アネゴちゃんよろしくー」


 小屋は俺の〈生活魔法〉で念入りに奇麗にしたし、子供らに調理指導を始めるとしよう。

 でもまぁ基本的な指揮はアネゴちゃんの仕事だ。


「はいタイシ兄貴! じゃぁおめぇら、事前に決まっている仕事をしていくぞー、ここには担当者だけ残って、後の子らは各々決められた作業を開始だ!」


 今ここにいる子ら全てが調理に携わる訳じゃないので、売り子やら他の仕事をする予定の子らには一旦別れを告げる。


 そうして俺は順番に色々と作業を教えていく。


 ……。


 燻製用の肉やらを漬け込むソミュール液のレシピや。

 燻製用チップの準備の仕方や小屋での使用法や。

 出来上がった燻製肉を使用する料理レシピや。


 売り子のお客への対応の仕方やお金の扱いを教えていく。


 ……。


 売り子以外の事は全て機密事項なので、それぞれの担当以外に情報を漏らす事は厳禁となっている。

 まぁアネゴちゃんだけはうちの子なので、全ての作業内容に通じて貰ったけどね。


 今回の屋台は教会関係の外から人を雇わないで済むから、しばらくは情報漏洩もないだろう。

 ……長く商売をしていれば、そのうち何処からか漏れるだろうけど。

 そうなる前にある程度のブランドを確立しちゃえばいい話だしな。


 つまり『教会の門前町で食える燻製料理は特別に美味い!』って感じにさ。


 別に商人とケンカをしたい訳じゃないしさ、教会に強みを持たせて商人相手に妥協させる事が出来りゃいいんだよね。

 荘園の作物の買取値を相場通りにしてくれればさ。


 ……仲良くなった方が利益になると思えばそうするのが商人だしなぁ……。


 教会周囲の土地を商人に貸し出す契約の準備もハゲ司祭さんにやっておいて貰おうかな。

 貸出期間を短い期間で区切っておけば多少の牽制になるだろうし……うん、後でハゲ司祭さんと話そうっと。


 ……。


 ……。


 ――


「ん~ちかれたぁ……」


 俺はそう独りごちつつ、夕方に自分の部屋のソファーに座った状態で大きく腕を上に伸ばして背骨を逸らせる。


 ああ、伸ばされた体が気持ちいい。


 マニュアルみたいな文書を残す訳にいかねーからなぁ……一人一人丁寧に教えていかないといけないのが面倒臭かった。


 情報の秘匿を考えるとマニュアル本の作成はしない方がいいよね?


 面倒くさい世界だよな……女神はもっと文化的に育って欲しいと願っているのに。

 文化というか情報に利権が絡まってくると、途端に動きが鈍くなる世界なんだよなぁ……。


 いっそのこと活版印刷を普及させて、様々な情報を一斉に世界中に投下してやれば……。

 いかんいかん、公爵様の話だと利権の絡む情報の扱いで戦争が起きるって言ってたっけか。


 たかが酒のレシピでそうなんだもんな……。


 うん、自分のためには容赦なく使う気だけど、敢えてばら撒くような事はまだしないでおくか。

 ……テイムカードを広めるためなら容赦なく何でもするけどな!


 早くカードの情報広まらないかね。


 さて、そろそろ『五色戦隊』の皆も帰って来るだろうし、ちょちょいと夕飯の下拵えでもしておくか。


 ふんふんふふ~ん。


 俺は鼻歌を響かせながら厨房へと向かうのであった。

 今日は何にしようかなっと。


 ……。


 ……。


 ――


「へぇ……冒険者がそんな話をしていたのか?」


 ちゃちゃっと作った夕ご飯を皆と食べながら、ブルー君にそんな質問をしていく俺だ。


「ええそうなんですよタイシさん、とはいっても真偽不明の噂話程度な感じでしたが……」


 オーク肉のステーキを切り分ける手を止めたブルー君がそう答えてくれた。


「女神様が新たな力を授けてくれるってね……それってたぶんタイシの言っていたカードの事でしょうね、もぐもぐ……めっちゃ美味しいわ今日のステーキ! もぐもぐもぐ」


 そのステーキ用ソースは会心の出来だぜレッド。

 やっぱ塩だけの物とは比べ物にならんだろう?


「もぐもぐ……これってタイシさんが良く作ってくれるタレ焼き鳥と少し風味が似ていますよね、確か醤油? もぐもぐ、うん美味しい! お嫁さんポイントをどどーんと大幅30ポイントあげちゃいます!」


 すりおろしたタマネギと醤油に赤ワインや他諸々の風味が……って……。

 俺が食にこだわると例のポイントアップが加速していくのですが……どうしたものか……。


「モグモグモグモグ……美味しい、美味しいよタイシ兄ちゃん! モグモグモグ、お代わり!」


 やはり上級スキル持ちのイエローは大量のエネルギーを必要としているのか、すごい食欲だね。

 安心しろ、イエローのために沢山ステーキを焼いておいたからな!


「もぐもぐ……もぐもぐ」


 グリーンは会話に参加する事もなく、ただひたすらに食べている。


 ……たまにこっそり俺に向けて手をグッドマークにして見せて来たりしているので、美味しく食べているのだとは思う。


 しかし冒険者の一部にカード情報が渡って来ているのか……俺がカードを捧げたのが数日前だから……ない話でもないよな。

 このまま好意的な情報として知れ渡ってくれるといいね。


「……所でなブルー君」

「どうしましたタイシさん?」


 この中で一番食事量が少ないブルー君に話しかけた。


 女子達はいまだに目の前の食事に夢中なので、食事中に一番会話がしやすいのがブルー君だったりする。


「うちのクランメンバーから徴収しているお金なんだが……」


「はい? えーと……ああ! ……僕もあの時は計算を間違えたかもしれません……食糧費を少し上げますか?」


 さすがブルー君、少し濁した物言いだったのに、俺の言いたい事をなんとなく察してしまった。

 でもまぁ俺の言いたかった内容とは少し違っていてな。


「いや、徴収額を上げるのではなく、家賃を低くしてその分を食費に移動させようと思ってな」


「……成程、総額は変えないで項目だけ変えて帳尻を合わせるのですね、分かりました、後でクランの帳簿を少し直しておきます」


「よろしくブルー君、頼りにしているよ副リーダー」


「ふふ、クラン規模のお金の管理とか遣り甲斐がありますからね、おまかせあれですよ、タイシさん」


 ほんと、うちの副リーダーは頼りになるなぁ……。


 ……。


 ……。


 ――


 さて、今日も今日とて俺の寝室での話だ。


「今日は負けません! 今回こそはタイシさんの腕は私の物です!」


 俺の腕は俺の物であってピンクの物にはならないのだけどな……。


「ふふーん、僕だって負けないよ! タイシ兄ちゃんの隣は僕のものだからね!」


 ……イエローそれは、今だけの話だよね? ベッドの寝る位置の話だよね?


「勝負というのなら勝ちにいくのが私よ! いざ勝負よピンク!」


 レッドは勝負好きだからな……普通に話し合いだったのなら即棄権しそうなのにな。


「……」


 グリーンはすでにベッドの下の方に自分の枕を置いてスペースを確保している。

 お前はいっつもそこだよな……隅っこが落ち着くのか?


「「「じゃんけんっ!」」」


 女子達のジャンケンの声が響き渡る中、俺は毎度のごとくベッドの真ん中で寝る準備を始めていく。


 ちなみに、当たり前のように俺の部屋に入っていく女子達に、ブルー君は一切何も言わない。

 クランの副リーダーならば、クランの風紀がーとか言いそうな物ではあるのだが。


 ……いやまぁ兄妹が一緒に寝ているような物で、特になにがある訳でもないし、問題はないって事なんだろう。


 ……。


 ……。


「くぅぅぅ……また負けました! なぜ……女神様はこうも私とタイシさんの新婚生活に苦難の道を歩ませようとするのですか……無念……」


 いつもの如くピンクがジャンケンに負けたようだった。

 って誰と誰が新婚やねん。


 悲しそうに俺の左下の位置をキープするピンクなのだが……。

 どうせお前はいつも寝相の悪さで俺の上に乗ってくるんだし、何処で寝始めても同じじゃね?


 と思う俺がいるのであった。


 まぁそんなこんなで、いつものように。


「おやすみタイシ」

「おやすみタイシ兄ちゃん」

「おやすみなさいタイシさん」

「おやす……」


「おやすみだ」


 皆で寝る事になる、おやすみなさい。

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