第59話 Fランクの攻防

 『五色戦隊』の皆をダンジョンへと送り出し、お屋敷の戸締りをしっかりしてから大工さんの所へと向かう。


 ふんふんふ~ん。


 今日も今日とて鼻歌で熟練度を稼ぎながら道を歩いていく。


 時たま道行くお子様達とかが、俺を指さしている気がするが……。

 たぶん『あの男の人超イケメンだね!』とか友達同士で言い合っているのだろう。


 うっすらと『鼻歌』がどうたらなんて声がお子様達から聞こえる気がするのは、気のせいだな!


 ……。


 ……。


 ――


 昨日依頼をした大工さんの仕事場に辿り着き。

 燻製品を一緒に食べた事で顔見知りになった人達に挨拶をしつつ、まずは大工の親方に挨拶しにいく。


 仕事で忙しそうな親方さんに挨拶してから、大工兄ちゃんを待つために応接間で待つ事に。

 すでに親方さんは仕事に戻っており、応接間にはソファーに座る俺と、何故か対面のソファーじゃなくて俺の横に座ってきて腕を組んで来る大工の娘ちゃんが一人。


「大工兄ちゃんを呼んで来てくれないのか?」


「伝言はもう頼んでおいたから大丈夫です、それよりタイシさん、そろそろ私と揚げ芋屋をする気になりませんか?」


 彼女がそう言いながらムギューっと俺と腕を組んで来るので、腕が幸せになりつつも。


「いや、だから、俺は冒険者をやっていくつもりでだな……」


「ギルド食堂で働いていた時もそんな事を言っていましたが……いまだにFランクですし……しかも冒険に関係のない屋台の制作を依頼しに来ておいて、そんな言い訳が通用するとでも? 屋台で商売を始めるんですよね? 私、良い女将さんになると思うんですけど~?」


 ……確かに。

 今俺がやっているのは冒険ではないよなぁ……。


 まぁそれは単にテイムカードの情報が世間に馴染むまで暇だったってだけの話なんだが。

 それを説明する訳にもいかないしな。


 ブルー君達だけEランクに昇格して俺だけFランクのままってのも、冒険者としてやる気がないとして見られちゃうか。


 うーむ。


 ……。


 俺は腕に来る感触によって賢者さんのHPが減っていくのを感じつつ、なんて答えようかと悩んで――

「待たせたな! これが依頼の屋台の模型だ!」


 いつのまにか俺が座っていたソファーの対面に来ていた大工兄ちゃんの登場で、有耶無耶に出来そうだった。


 俺の前のテーブルに置かれた屋台の模型を確かめるために、ムギューっと組まれていた腕を振りほどき、その模型を手に取っていく。


 大工の娘ちゃんは俺の行動に口を尖らせて不満を表しつつも、お仕事の話なのでその不満を口に出したりはしなかった。

 ちょっと強引で肉食系ではあるが、基本的にウエイトレスの皆は良い子ばっかりなんだよなぁ……。


 彼女はひょっとこみたいな口で拗ねているのだが、それでも可愛いと思えるのは、ギルド食堂にいるウエイトレス達の美人度の高さを表している。


 まぁ今は目の前の模型に集中しようか。


「これはまた……俺はもっとこう小学生の工作みたいな物が出て来ると思ってましたが……」


 さすがにプロだなぁ……この模型の出来を見るに、大工兄ちゃんは生産系のスキルを複数種類持っているかもね。


「どうだろうか? 移動距離が教会の中だけなら車輪を小さくしても大丈夫だろう? それならこんな感じにすれば調理の邪魔にもならんと思うのだが」


 ふむふむ、大工兄ちゃんの説明を聞きながら模型を確かめていく。


「車輪を車体の内側に入れちゃうのですね……なるほど、メンテナンスは……ああここの板が外れるのか……ええ、問題ないですね、この形なら調理機器も配置し易そうですし……おっけーです、本番の作成に入っていいですよ」


 おおまかな形に文句をつける所がなかったので、屋台一号機の作成に入って貰う。

 まぁ実際に使ってみないと分からない部分もあるしね……。


 一号機は実験機とみなすなんてのは……ロボット物のあるあるだよね。


「そうか! いよっし! 馬車も荷車も車輪が外から丸見えなのが当たり前だったが、この形式は初めてになるな、へへ、やりがいがあらぁな、じゃぁ本番の動かせる屋台披露は……三日後……いや明後日の午後に来てくれ! じゃーな!」


 そう言った大工兄ちゃんは、また風のように何処かへと駆けて行ってしまった。


「ああまたお兄ちゃんは! もう! ……お客様相手なのに、あんな態度で御免なさいタイシさん、このお詫びは私が体でするので許してね? ムギュー」


 そう言って大工の娘ちゃんは俺の腕をまたムギューっと横から組んで来て、そして潤んだ上目遣いで俺を見てくる……。


 いや……お互い遊びで相性を確かめるとかなら大歓迎なんですが……。

 手を出したら即結婚みたいなのはちょっとな……。


 まだ過去の恋人の思い出に縛られている俺は……結婚に踏みだすのが怖いというか……。


 取り敢えず〈引き出し〉から自作のお菓子を出し、お茶の時間にする事で誤魔化す俺だった。


 ……。


 ……。


 ――


 ふぅ……やはり甘いお菓子に勝てる女子はいなかった。


 肉食系な大工の娘ちゃんが仕掛けて来た甘い空気を、甘いお菓子を出す事でお茶を飲みながらの雑談時間にすり替える事に成功しました。


 その雑談の中で、今回の依頼は俺が商売をしようとしている訳じゃないんだよ、という事を頑張って説明している。


「つまり……今回の移動させるのが楽な屋台の作成依頼は、タイシさんが商売を始める訳じゃなくて、女神教会からの依頼だという事ですか?」


「あーまぁそんな所かな、教会からの依頼というよりは、俺が持ちかけた話を女神教会側が受けてくれたっていう感じかなぁ?」


 俺が出したお菓子が美味しいのか、大工の娘ちゃんはそれを食べながら話しをしているので、俺の腕からは離れている。


「むー……タイシさんがついに冒険者を諦めて商売を始めるのかと思ったのになぁ……じゃぁ、そのお仕事が終わったら、また命の危険のある冒険者業に戻っちゃうんですね……」


「そうなるかな」


 俺の返事を聞いて大工の娘ちゃんは悲し気な表情になり。


「そうですか……」


 あまりに大工の娘ちゃんが悲しそうなので、心配になり尋ねてみる事にする。


「えっと、そんなに冒険者を恋人にしたくないのか?」


 思い出してみればウエイトレスの中にも、恋人が冒険者なのは嫌だって娘がそこそこいたっけか?


「……タイシさん、ギルド食堂のウエイトレスなんてやっているとですね、昨日までうざいナンパをして来た冒険者が、ある日からパッタリと食堂に来なくなるなんて話は……良くあるんですよ……」


 ああ……そりゃ冒険者だものな……日本の探索者だって新人の未帰還率はそこそこあったしな……。

 つーかあれは、政府がわざとダンジョン情報を絞っていたせいもあるけどよ……。


「そうか……悲しい事を思い出させる事を聞いちゃってごめんな」


 俺は大工の娘ちゃんにそう謝ると、横に座っている彼女の頭を軽くナデリコしていくのであった。


 ナデリコナデリコ……。


「タイシさんは優しいですね……『冒険者なんだから急にいなくなる事があるのが当たり前だ、それくらいの覚悟がなきゃ俺の嫁になれないぜ』とか言い出さないんですね……」


 なんじゃそりゃ……ああ、普通の冒険者はそういう事を言うのかぁ……。


「職業に関係なく近しい人が急にいなくなったら悲しい物だろう? 冒険者はその確率が高いのだろうけどな……というかその冒険者の言動だとさ、君がその冒険者に惚れているという風にとれるのだけど……」


「ああ……えっと、ウエイトレスのお仕事として愛想を良くしていると、自分が惚れられているって勘違いする人も多いんですよね……こっちは仕事でやっているのに馬鹿じゃないのとは思うんですが、直接それを相手に言うのは危険ですし、結構面倒臭い事になる冒険者もいるんです……」


 日本とは文化の違うこの世界のウエイトレスなら、愛想を良くした方がチップも多いだろうしな……。

 そうして勘違い冒険者の話になった事で、先程までの悲し気な雰囲気はなくなった。


 なので、もういいかと頭を撫でていた手を彼女から離すと……大工の娘ちゃんはその手をパシッと掴んで来て、またムギューっと腕を組んで来た……。


 ……おや?


 冒険者を続ける俺の事は諦めたのでは?


 ……あれ?


「えっと……俺は冒険者を続ける……よ?」


「ええ、そうなんですけど……タイシさんは優しいし思慮深いし、無茶な冒険はしないと思うんですよねぇ……なので! タイシさん相手にだけは『冒険者は恋人にも婿にもしない!』という私の信条を破棄する事にします! なので安心して冒険者兼料理屋の主になっていいんですよ? お店と冒険者業を半々にすれば良いですよね~」


 あうち……そうきたか……。


 何かを吹っ切った肉食系な大工の娘ちゃんの攻勢はとどまる所を知らず。

 その後の大工の娘ちゃんとの攻防で、俺の賢者さんのHPが減り続ける事になった。


 ……。


 ……。


 危うく俺の賢者さんが倒れそうになったが、仕事を一区切りした親方さんが休憩に来た事で窮地を逃れる事ができた。

 危なかった……やっぱり、この世界の女子は肉食系が多いよな……。


 その日の大工さんの仕事場からの帰り道の事だ。

 HPが大幅に減った賢者さんを回復させるために。


 俺は……予定が空いていた午後を全て使い、賢者への転職をしに行ったのは言うまでもない事だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る