第57話 Fランクは文化に戸惑う
「はーんこれはこれは……街の屋台やなんかは骨組みをその都度設置するもんなんだが、これは毎日移動させるんで?」
親方さんに紹介された息子さんは、さっき炙りベーコンをウマウマ言いながら食ってた人だった。
俺は応接室で引き続きその大工兄ちゃんと仕事の話をする。
取り敢えず今は図面にもなっていない屋台の絵を見せている所だ。
さすがに日本で荷車タイプの屋台の設計図なんて調べた事はねーからな。
「ああいえ、盗難対策に大事な本体だけは毎回移動させますけど、布壁用の骨組みは設置したままでもいいかなと、教会の都合で参道を空けたりする時もあるし、子供達でも移動が楽な感じにはしてやりたいんですよね」
「成程……それなら移動距離は短めって事ですよね? それなら車輪を小さめにして……こっちに……調理も限定されてるなら……ぶつぶつぶつ……」
俺との会話の途中だが、大工兄ちゃんは絵を見ながら自分の思考に潜り込んでしまった。
「こうなったお兄ちゃんはしばらく戻って来ないですよタイシさん」
大工の娘ちゃんが呆れた口調で教えてくれる。
「さっき親方も言っていたけど、どちらかというと研究肌なんだとか?」
「そうなの! もういっつも訳の分からない物を考え出しちゃぁお父さんに怒られてるんだよね、うちのお兄ちゃんは」
言葉だけを聞くと呆れているようにも聞こえるが、大工の娘ちゃんの兄を見る表情は優し気だ。
仲の良い兄妹なのだろう。
……。
――
――
俺と大工の娘ちゃんが雑談していると、大工兄ちゃんがガバっと顔を上げ。
「よし! 大体の構想は出来ました、小さな模型で一つ作ってみますので明日にでももう一度お越しください、それじゃぁ俺は早速作業に入ります」
一方的に話して俺の返事も聞かずに応接室を出ていく大工兄ちゃんであった……。
「ちょっとお兄ちゃん!? ちゃんと挨拶もしないで……ああもう! ……ごめんなさいタイシさん……後で叱っておきますから」
「職人らしいっちゃらしいよね、気にしていないから大丈夫、それじゃあ明日にでもまた来るよ、前払いは三割でいいんだよね?」
俺は契約書の通りの額をテーブルに出す。
「あ、はい、今支払い証明を出しますのでお待ちくださいね~」
大工の娘ちゃんがお金の額を確認し、証明書にサインして渡してくれる。
「しかし他に事務仕事をやってくれる人はいないの? 大工の娘ちゃんの本職ってウエイトレスなんだろう?」
彼女は苦笑いをしながらお金を専用の箱に仕舞いつつ。
「いつもはお母さんがやっているんですが……魔女の一撃をやっちゃったので静養中なんですよね」
「ありゃま、それはお大事に」
ぎっくり腰か……あれってかなりきついらしいしな……。
「お兄ちゃんにお嫁さんでもいればいんですが……まったく相手がいない感じで……そのうち見合いで結婚させる予定なんです、まったくもう、私がタイシさんの所にお嫁に行っちゃったらどうするんでしょうねー」
「今の所それはないから大丈夫じゃないかな」
即座に否定の言葉を口にした俺を、大工の娘ちゃんは静かに見つめてきて。
「……『そうだねー』とか曖昧に頷いたら言質とれたのに、防御が堅いですねタイシさん」
何やら恐ろしい事を言っている大工の娘ちゃんは、書類やお金が入った箱を鍵のかかるキャビネットに仕舞いにいった。
俺はその後ろ姿に向けて疑問を投げかける。
「てーか君もそうだが、ウエイトレスの皆は美人でスタイルも良い子達ばかりだし、他にいくらでも良い男を捕まえる事が出来ると思うんだが? 稼ぎの良い冒険者なんていくらでもいるし、調理担当の男どもだって性格はそこそこ良かったと思うし、俺の揚げ芋がそんなに美味かった? 油の値段を気にしなきゃ、ただ揚げれば出来ちゃう料理なんだけども……」
俺にはノンオイルで調理出来る〈生活魔法〉さんがあるので、そのお陰で手軽に揚げ物が出来るってだけだからなぁ。
キャビネットに箱を仕舞い終わった大工の娘ちゃんは、俺の対面のソファーに戻って座ると。
「自分の価値を分かっていないですねぇタイシさんは……」
溜息をつきながら大工の娘ちゃんはそう言って来たのだが。
「どういう事? だって俺はまだ見習い扱いのFランク冒険者だよ?」
意味がよく分からなかったので聞き返すしかなかった。
だってさ、彼女達ってすっごい可愛いかったり美人だったりするんだよね。
それがあれだけ俺にアタックするってのが、どうにも謎いというか……俺はまだFランク冒険者だしさ。
……お屋敷を買った事とかがバレてるのかな?
いやでもアタックは『女神の軌跡』クランを立ち上げる前からなんだよなぁ……。
「ランクを自慢するような人はその時点で却下ですし、タイシさんの腕は賄いで十分理解しています、後は厨房長も認める腕もそうなんですが、タイシさんって偉ぶらないじゃないですか? 冒険者なんて新人の頃は可愛いのにDランクくらいになると偉そうに言ってくるのが多いんですよ『俺の女になれば将来安泰だぜ』みたいな」
そんな事を俺に言いながら、過去の何かを思い出したのか虚空に向けて『バーカ! バーカ!』と言っている大工の娘ちゃん。
良くない冒険者との事を思い出しているらしい。
「そりゃ俺は見習いのFランクだしな、偉ぶれはしねーだろ?」
「……私達が今まで何人の冒険者を見て来たと思っているんですか? 貴方が普通じゃない事なんてすぐ理解しましたよ、そして食堂で流れる噂話を統合すれば……予想はつくんですよ? ねぇ異世界から来たタイシさん?」
彼女のその言葉にドキッと俺の胸が鳴った。
え? じゃぁウエイトレスの皆には召喚された存在なのがばれている?
公爵様という後ろ盾も出来たし、もう大丈夫っちゃぁ大丈夫なんだが、もうちょいスキルが馴染むまでは大人しくしておきたい……。
「……それは……俺の事が一般に知られているって事だろうか?」
俺は警戒感を籠めた視線で彼女を見ながら問いただした。
それを受けた大工の娘ちゃんは手を前に出して左右に振り、大慌てで。
「待ってくださいタイシさん! 脅迫とかそういうんじゃないですから勘違いしないででくださいね!? お城で召喚された評判の悪い異世界人達とも違う事を理解していますし、ウエイトレス一同でタイシさんの噂話は操作していますから、安心してください」
「噂を操作?」
何か不穏な事を言い出したので、さらに警戒を強めてしまう。
「だから違いますってば! そんな目で私を見ないでください! えっとですね……明らかに色々とおかしい新人冒険者が召喚された者だとバレないようにしているんです! おかしい新人の事を異世界人では? と思考が行きつく前に『鼻笛料理人』というもっとおかしい二つ名を前面に押し出す事で、おかしいイコール変人な新人という結果を導き出すように誘導しているんです、タイシさんが元見習い達とランクアップの打ち上げに来た時も、クラン名に『鼻笛戦士団』とか勧めたでしょう? 周りにわざと聞こえるように言っていたあれもその一環なんですよ」
なるほどつまり……。
彼女達は俺の出身が異世界だと気づいて、だが、それを俺が隠そうとしている事を尊重してくれて……。
だからこそ冒険者達の思考をミスリードさせるために『鼻笛料理人』の二つ名を積極的に広めてくれている。
と、そういう事か。
……。
俺は自分の顔を塞ぐように両手で押さえて……。
「くそっ! 感謝していいのか引っぱたいていいのか判断がつかねぇ!」
「ええ!? だってタイシさん異世界人である事を隠したがってましたよね? 私達にはバレバレでしたけど……だからお手伝いしたのに……もうやらない方がいいですか?」
大工の娘ちゃんの悲しそうな声が聞こえて来たので、自分の顔を覆うようにしていた手をどかし視線を前に向けると。
大工の娘ちゃんはしょんぼりして、顔を少し伏せ気味にしてしまっている。
そうかぁ……俺の事はバレバレだったかぁ……ちゃんと自重してたんだけどなぁ?
何でバレたんだろうか?
まぁ考えるのは後回しにして、まずは彼女の目をまっすぐに見つめつつ。
「いや、ありがとう大工の娘ちゃん、まだ隠しておきたいからな……感謝? するよ……今度皆になにか差し入れにいくから、これからも……くっ……頑張って広めて……うぐっ……くださ……い……」
くそっ! ……感謝はしているが、二つ名を広める事を体が拒否して上手く話せない……。
「まかせて! ウエイトレス一同で盛大にタイシさんの二つ名を広めておいてあげるからね!」
俺の苦悩なんて吹き飛ばすように、そう宣言してくれる大工の娘ちゃんであった。
どうしてこうなる……。
ん? そういやぁ。
「あれ? 結局俺が異世界人だからって、なんで嫁になろうとアタックをかけられるのかがまだ理解できないんだが……」
「稼ぎとかは正直それほど大事な事じゃなくてね、皆がタイシさんを気に入っている所は、女を物みたいに扱わない所なんだよね、調理人達も付き合い始めたら自分の物みたいに扱ってくると思うんだ、それが此処ら三区あたりの当たり前といえば当たり前の話なんだけど、まぁ大抵は結婚して年齢を重ねると嫁の尻に敷かれて行くのもセットでね」
そういう物なのかね? この世界は日本と文化が違うなぁ……いまだに慣れないや。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます