第56話 Fランクと大工の娘
「おまたせ~、お父さんは仕事にキリがついたら来るってさ、ってこれどんな状況?」
さきほど父親を呼びに行った×××ちゃんがやってきて、俺達の状況を見て困惑している。
何故かというと、俺は他の職人さん達と一緒に地面に座り込み車座になっているからだ。
「お嬢! この『鼻笛料理人』は、すげーんですよ!」
「そうそう、このスモークチキンって奴は最高なんです」
「ばっかやろうお前! スモークチーズの方が美味いだろ!?」
「何言ってんだよ! この炙りベーコンに敵う物はないだろうに!?」
「そうそう、どれもこれも酒のツマミになりそうな最高の味なんでさぁ」
俺が自分の夜食や酒のツマミのために〈引き出し〉に入れておいた、余剰分のおやつを放出したのだ。
おかげで先程までの厳しい視線からは逃れる事が出来た訳だ。
大工の娘ちゃんは職人たちの話を聞くと、車座の隙間に自身を無理やり潜り込ませ。
「タイシさんの新作!? なにそれ! 私も食べたーい! 誰かちょーだい!」
そう叫び、周りにいる職人を見回す大工の娘ちゃん。
彼女の言葉を受けた一人の若い男の職人が、持っていたスモークチーズを渡そうとする。
「直接でいいよ、あーん」
大工の娘ちゃんが口を開けてそう言うと。
その若い職人は顔を真っ赤にして、プルプルと手を震わせながら自身の持っているスモークチーズを差し出している。
それをパクッっと食べた大工の娘ちゃんは、その時に職人の指先にくちびるが当たったようだが彼女はまったく気にせず。
「おいっしー! さすがタイシさんね、うーん、やっぱ料理屋やりませんか?」
と俺を勧誘している。
その横で、さきほど大工の娘ちゃんの唇が当たった指先をジッと見つめる若い職人が、その指先を自分の口に……持っていこうとしたら。
横にいた、また別の若い男の職人が、ガシッとその手を掴み、その指先をパクッと咥えてすぐ吐き出した……。
ショックを受けているのは、大工の娘ちゃんにスモークチーズを食べさせてあげた職人だ。
彼は横の職人の顔をガシッと正面からつかみアイアンクローで攻撃する。
勿論やられた方も黙ってはおらず、相手の顔を変顔にするような攻撃をしている。
ヒョットコ対ツブレトマトといった様相だ。
君ら何してんねん……。
大きな声や動作を出さず静かに戦っているので、大工の娘ちゃんは気づいていない。
というか料理屋を一緒にやろうと、俺だけを見て熱心に勧誘しているからな……。
他の職人は気づいているようだが、呆れているのか何も言わずにツマミを食べている。
そして建物の方から近づいてくる強面の職人さん。
その人に気付いた大工の娘ちゃんは。
「あ、お父さん来た、こっちこっち」
手を振って迎えている。
車座になっている職人達もその姿に気づき。
「「「「親方!」」」」
親方と呼ばれた×××ちゃんのお父さんらしき人は、こめかみに血管を浮かび上がらせると。
「おめーら、仕事はどうしたんだ?」
低い声でそう聞いてきた。
車座になっていた職人達は、まだ持っていたツマミ類を口に詰め込んで一斉に立ち上がり。
「「「「「「今すぐ戻ります! 休憩終わり!」」」」」」
ささっと離れて仕事に戻っていった。
なんだか、さっきギルドの食堂で同じような光景を見た気がするなぁ……。
俺は立ちあがり、服に付いた汚れを〈生活魔法〉で落とす。
無事に発動してくれたようだ、よかった。
散っていった職人達を睨んでいた親方さんだったが、表情を戻して俺に向き直り。
「それで仕事の依頼者ってのは貴方様で?」
親方さんが腰を低くしてそう聞いてくる。
「はいそうです、俺の名前はタイシと申します、そこにいる娘さんとは一時期同じ職場で働いた仲でして、その時に腕の良い大工が揃っていると聞いた記憶がありましたので、今回こうして仕事を頼みにきた次第です」
「娘と同じ? それはうちの娘がお世話になったようでありがとうございます、娘が言うように腕の良さには覚えがありますのでご期待ください、では仕事の話は応接室でお願いします」
親方さんは建物の方へと俺を先導する、そして何故か大工の娘ちゃんが俺の腕を取り、しっかりと組んで一緒についてくる……なぜに?
応接室に入りソファーに座る俺、と腕を組んだままの大工の娘ちゃん。
「×××、お前何してんだ? っとと、すみません依頼者様……えーと……そういう関係なのか?」
仕事の依頼者相手だからと丁寧な話し方をしていた親方さんだが、この状況のせいで少し口調が崩れてきたみたいだ。
だが誤解を与えたままなのは良くないな。
「まったくもってそういう関係じゃありません、それと素で話してもいいですよ親方さん、俺は庶民なんで」
「おうそうか? じゃそうするわ、それで、お前さんは娘とそういう仲なのか?」
許可を出した瞬間に下町ちっくな話し方になる親方さんだった。
俺もまぁこの方が楽だけどね。
そして俺の横に座り腕を組んだままの大工の娘ちゃんが親方さんに向けて。
「お父さん、タイシさんはほら、前に話した事があるでしょう? すっごい料理が上手い人で、一緒に料理店を開くべくアプローチしたけど断られちゃったってさ」
そういやこの子は、俺は冒険者を続けるので料理屋を開かないって宣言をしたら離れていった子の一人だったっけか。
「ああ……確か前にそんな話を聞いたような……ってお前さん『鼻笛料理人』のタイシか! む? しかし駄目だったなら、なんで腕なんて組んでるんだ? 気が変わったのか?」
それは俺も聞きたい、大工の娘ちゃんは諦めたんじゃないの?
そんな疑問を、俺も大工の娘ちゃんにぶつけたい所ではあるのだが。
だがしかしその前に、親方さんには言っておかねばならない事がある。
「親方さん、俺は確かに料理店の店主になる気はなかったのでアプローチは断りました……だがしかし! それとは関係のない部分で言えばですよ? 妙齢で美人な女性の腕組みを断れる男がこの世に存在しますか? 自分から跳ねのけられますか? あっ、嫁や恋人がすでにいるなら話は別ですが、ちなみに俺は独身で恋人はいません」
心の叫びを全て隠さずに表に出し、真剣な表情で親方さんにそう賛同を求めた。
親方さんは俺の魂の叫びに打ち抜かれたようで。
「お、おうそうか、確かにうちの娘は美人だしな……気持ちは分からんでもないが……あーまぁ……うん……お互い頑張れや……」
何かを諦めてくれたようだ。
大工の娘ちゃんはニコニコと親方に笑顔を向けて。
「お父さん大丈夫、私頑張ってアプローチするよ! 将来の揚げ芋御殿のために!」
この子は揚げ芋屋で家を建てる程儲ける気だったらしい……。
もうすでに俺はでっかいお屋敷を持っていたりするんだけど。
……言わない方がいいだろうか?
「それで仕事の話ってのを聞いていいか?」
親方さんは気を取り直して俺に聞いてくる。
仕事の話が出た途端、大工の娘ちゃんは俺の腕を離して、部屋の隅にあるお茶道具でお茶を淹れ始めた。
そういう所は真面目だよね。
「はい、実はですね――」
……。
……。
俺は教会で使う屋台の話をしていく。
移動させるのが簡単な屋台にして、作業スペースを周囲から区切る事の出来る物を頼むつもりで、子供らでも移動や設置が楽に出来るようにしたいと話をしていく。
……。
――
――
「ふー成程な……教会の参道に屋台の設置か……軌道に乗ったらでかい仕事になるな、となると最初の一台がすごい大事になる訳か……設計は考えてあるのか?」
親方さんの当然の疑問に対して、俺は一枚の紙を〈引き出し〉から取り出し、それをテーブルに出しで親方さんに見せていく。
お茶を俺と親方さんに出し終えた大工の娘ちゃんも俺の隣に戻っており、その紙を覗き込んで来る。
「屋根付きの屋台で尚且つ荷車? 面白い形だねタイシさん」
「成程こりゃぁ……」
日本にもダンジョンがある広場には、移動の簡単な屋台が大量に出店していたからね。
その画像記録が俺の〈記憶力向上〉スキルの中に保存してあったので、参考にして書き出してみたんだ。
「勿論この絵のままではなく、専門家である親方に修正して貰おうかなと思っているんですが」
「そうだな……この車輪部分とかちょっとおかしい気もするしな」
「だねお父さん、これじゃ中骨が細すぎるし……でもタイシさん絵を描くの上手だね、益々惚れちゃう!」
大工の娘ちゃんは再度俺の腕を取って、ムギュっと自身のお胸を押し付けるように組んでくる。
くぅ……頑張れ俺の賢者さん! ……近いうちに残機を増やしにいかないとな。
大工の娘ちゃんが絵を褒めてくれるのは嬉しいが、〈記憶力向上〉の中にある画像データを〈転写〉スキルでそのまま描いただけだからなぁ……。
そのせいでタイヤが金属制スポークとか使っている細さだし、そりゃこっちの世界に合わせて直さないといけないよね。
「この仕事だが俺の息子に任せてもいいか? 勿論俺も手伝うが、俺は他の仕事も抱えててな」
「親方さんが腕を認めている相手なら誰でもいいですよ、息子さんがいるんですね?」
「さっきタイシさんと一緒に座ってた中にお兄ちゃんいたよ? お父さんの後を継ぐのがお兄ちゃんで、私は末の娘だから遠慮なく嫁に貰えるよ! タイシさんよかったね?」
俺と腕を組みつつ少し下から覗き込むようにそう言って来る大工の娘ちゃん。
いやだからタイシは料理店の店主とかやらないよ?
俺はカードをゲット出来る冒険者をやるんだってば。
料理を作るのは好きだが趣味に留めておきたいんだよな……。
それに結婚はまだ……考えるだけで胸が痛いんだよな……あいつの事は多少吹っ切れたが、それでもなぁ……へたれだな……俺ってやつは。
てーかさっきの職人の中にお兄さんがいたんだな……そういや若い職人の中で大工の娘ちゃんを見る目が他と違う人がいたかも?
俺と親方さんは仕事の納期や料金を詰めていく。
初めて作る物だから結構高くなりそうだった、だけど二台目三台目と、ある程度数をこなせば安く出来そうだと言ってくれたので、まぁなんとか……。
ハゲ司祭さんには、俺が一台目の金を出すなんて威勢の良い事を言っちゃったけど……調子に乗り過ぎるのが俺の悪い所だね。
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