第55話 Fランクの弾幕系
ふーん、ふふーん、ふんふふ、ふーん。
鼻歌を歌いながら冒険者ギルドが経営している食堂へと向かう。
その広い食堂へと入っていくと遅い朝食が終わったあたりの時間だし、お客はほとんどいなく閑散としている。
テーブルの片付けをしていたウエイトレス達が俺に気付き。
「あらタイシさんいらっしゃい、ご飯食べにきたの?」
「タイシさんはろはろ~」
「わータイシさんだ、また賄いを作りに来てくれたの? 私ハンバーガーが食べたーい」
何度もここの食堂で調理の手伝いをしたし、賄いで皆の心を掴んでいたせいか、彼女達は俺の顔を覚えてくれている。
「いんや、丁度お客もいない空き時間だろ? ちょっと×××ちゃんに用があってな」
俺が彼女らの仲間の一人の名前を出すと、食堂内を片付けていたウエイトレス達の動きが一瞬止まった。
そしてほぼ全員がズササッと俺に詰め寄って来る。
こわ! 全員同時にすごい勢いで迫って来るから……ちょっと怖かった。
「タイシさん! あの子を選ぶって事は、冒険者を辞める事にしたんですね!?」
「そうですよね、危険な仕事より街での仕事の方が確実で堅実ですよね!」
「お店を開くなら人手が要りますよね、私! 私が立候補します! 二番目のお嫁さんにも同時に立候補します!」
「私もあの子とは仲が良いし上手くやっていけますよ、子供も大好きですから!」
「タイシさん、あのシュワシュワまた飲ませてくださいよー」
ワーワーキャキャーとウエイトレス達に群がられる俺。
この世界の女子ってマジで肉食系だよな……素で腕を組んでお胸を押し付けてくるし、ボディタッチも激しいし……。
いかんいかん、俺の賢者が倒れそうだ。
仕事を頼みに来たんじゃないなら、このまま押し切られそうな所だよな――
「何を騒いでるんだお前達! 掃除はおわったのかい!?」
厨房長のおばちゃんが食堂に出てきて、ウエイトレス達を一喝する。
『『『今すぐやります厨房長!』』』
ウエイトレス達はささっと食堂各所に散ると即座に仕事を再開した。
君ら本当に連携が取れているよね……。
「それでタイシさん、ハンバーガーはいつ作ってくれる?」
いや違った、一人だけ食い気だけの子が残って俺におねだりをしている。
この世界の女子は肉食系? らしい?
ツカツカと歩いてきた厨房長に、やっと気づいたそのウエイトレスは、そそくさと俺から離れていった。
「まったく……騒がしいと思えばお前かタイシ、何がどうなったらあんな状況になるんだか」
おばちゃん厨房長はヤレヤレとばかりに首を振りながら俺の側まで歩いて来た。
周りには一切無駄口を挟まずキビキビとした動きで食堂の後片付けや掃除をしているウエイトレス達がいる。
君らいつもは雑談しながらやっているだろうに……。
「お邪魔します厨房長」
「本当に仕事の邪魔するんじゃないよタイシ、それで? 何しにきたんだ? 調理人に成りに来た訳じゃないんだろう?」
「ウエイトレスの×××ちゃんに会いに来たんですが、今何処にいますか?」
「タイシ、お前さんは料理屋をやらんと言っていたよな? てことはあの子に告白しに来た訳じゃなさそうだとして……ってこら! 後で教えてあげるからちゃんと働きな!」
俺と厨房長の会話が気になるのか、ウエイトレス達の仕事半径が俺を中心とした10数メートル以内だけになっていた……。
掃除の範囲が狭すぎるだろ……こちらに視線は向けてこないが、ウエイトレス達全員の耳は俺と厨房長に向けられていたからな。
厨房長に怒られたウエイトレス達は『『絶対ですよ厨房長!』』とかなんとか言いつつ、再度蜘蛛の子を散らすが如く離れていった。
ほんと仲いいよね、この職場。
「あの子のお父さんが大工をやっているって話でしたよね、ちょっと仕事を頼みたいのでツテを頼っていこうかなって、俺はこの街で初めて大工さんに仕事を頼むので」
「成程ね……そりゃ赤の他人が初見で直接仕事を頼むより、娘の知り合いからの仕事の方が丁寧になるだろうからね……」
うんうんと厨房長が頷いている。
そりゃねぇ……日本でさえ縁故の依頼とそれ以外だと、仕事への真剣さが変わってくるからな……。
本当はそういうのは良くないんだろうけど、人間のやる事だし、世の中なんてそんなもんだよね。
「てわけで×××ちゃんいますか?」
「あの子は休みだよ、この騒ぎで出て来ない時点で察しな、ウエイトレスも調理人も順番で回しているからね」
厨房長は一切休んでないんだけどね、このおばちゃん元気過ぎるよな。
「あらま……その可能性もあるかもと思いましたが、なら明日はどうです?」
「ん? あの子の家に直接行ってみたらどうだい? 場所は教えてやるよ」
そう言って×××ちゃん家の場所を俺に教えてから、厨房長は奥へと帰っていった。
貸し一つだと俺に言い残して。
いやいやいや、貸し一つはいいけど簡単に家を教えちゃ駄目じゃね?
個人情報とかそういうのはまだ転生者も広めてないのかなぁ……そんな事を思いつつも帰る事にする。
テーブルや椅子等の障害物のある中、厨房長が見えなくなると再度群がってくるウエイトレス弾幕達。
俺はそれを避けるシューティングゲーが如くの動きで食堂を出て行……。
アアシマッタ! 一番お胸の大きい子の突撃弾幕だけはヨケレナカッター。
そうして俺は賢者さんの残機を一つ減らしながらも、なんとか乗り切る事が出来たのであった。
いやぁ強いボスだった。
……自機が引き寄せられる弾幕とか最強じゃね?
……。
……。
――
えーと厨房長が言ったのは確かこの辺だと……。
トンカントンカンシャーシャーと、ハンマー音やカンナをかける音が響いている通りだ。
木工関係の職人通りといった所なのかね。
えーと……確かここだっけ?
そこは奥に大きな間口の広い大きな建物があり、道とその建物の間にある大きなスペースに木材が各所に置いてあり。
そこで製材をしたり木材に印をつけて切っていたり削っていたりと、沢山の職人さん達が仕事をしていた。
えーと……俺がどうしようかと眺めていると、奥にある建物からお盆にコップを複数乗せた×××ちゃんを見つけた。
さすがにウエイトレス姿ではなかったが、お盆を持って運ぶ姿は動きに無駄がなく堂に入っている。
各所にいる職人へと、お茶と思しき飲み物を配り終えた彼女は俺に気付くと。
「あれタイシさん? なんでうちに……は! もしかして冒険者を辞めて私のお婿さんになる気になったんですか!?」
大声でそう叫んだ。
俺は周囲の状況が変化する前に素早く反応する事にする。
「仕事を頼みにきました!」
何か誤解されそうな事をこれ以上叫ばれる前にディフェンスしていくのだ。
しかし彼女は止まらなかった。
「ですよねー、てっきり以前の私からの告白に応えて結婚を申し込むために来たのかと思いましたよー、残念、ちぇー」
ディフェンスをドリブルで突破してシュートしてきやがった……。
彼女から渡されたお茶を嬉しそうに飲んでいた男の職人さん達から『ギンッ』という音が聞こえそうな視線が俺に向かってくる。
これはいかん大工さん達に仕事を頼むのだから誤解を解かねば。
「ははは、そういう冗談はチップを貰える食堂のお客さんにしないとね、いやー冗談が上手いんだから君は、ハハハハ」
だがしかし俺のディフェンスを物ともせずに、ウエイトレスな彼女のドリブルは止まらなかった。
「え? 冗談じゃないですよ? タイシさんが頷けば今日にでも教会で夫婦の宣誓をしてもいいんですけど?」
追加点を入れられたようだ。
あうち……これ以上はもう話をすり替えていくしかなさそうだ。
「えー、ちょっと大工仕事を頼みたくて君のツテを頼ろうと思ったんだけど……」
俺が仕事の話をするも周囲からの視線が痛い。
「あら、そうなんですね、なら今お父さん呼んできますね~」
ウエイトレスの彼女はそう言って奥の建物に向かう。
出来ればタイシも連れていって欲しかったなぁ……。
それは何故かというと。
周りで仕事をしていた職人さん達が、全員俺に向かって歩いてくるからです。
ウエイトレス弾幕は嬉しかったけど、男だけの大工職人弾幕は要らないんですけど!?
タイシは囲まれて逃げ場がないようだ。
「お前さん、お嬢の何だ?」
この中で一番年のいった職人さんが俺に問いかけてくる。
選択肢を間違えたらやばそうなので、慎重に答えないとな。
「えーと……少し前にギルドの食堂で働く仲間だった事がありまして、大工仕事を頼むなら彼女の自慢していた腕のいい職人がいるここがいいかなーと思い、お邪魔をした次第です!」
「お、おうそうか、お嬢がそんな事をなぁ……」
「へへお嬢が俺の腕を褒めてくれたって事かぁ」
「ばっかお嬢が褒めたのは俺だよ」
「何言ってんだ俺が――」
若い奴らは少し離れて言い合いを初めてくれた。
よし弾幕に隙間が出来たし今のうちに……。
「お嬢の勤めている食堂ってーと、調理人でお嬢が話していた奴……あ! お前『鼻笛料理人』のタイシか!」
「「「「「「なんだと! 『鼻笛料理人』のタイシだって!?」」」」」」
ゴフッ……。
大工弾幕に被弾してないはずなのに、俺の心に言葉の弾が撃ち込まれた。
何処まで広がっているんだよ俺の二つ名……。
くそ……最初に俺の二つ名を広めたあの男の子達の冒険者には、今度手作りの天日干し梅干しをプレゼントしてやるからな!
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