第51話 Fランクは時を待つ

 こんにちはタイシです。


 昨日女神にカードを奉納しまして、どんな影響が出るのか楽しみだね。


 『四色戦隊』の皆はダンジョン一階へと向かい、俺はちょっと買い物をしてからクラン屋敷で料理しつつ、これからの事に思いを馳せている。


 女神がカードをバラまく訳だが、国を超えた大陸規模で考えると、三千枚程度じゃ少ない訳で。

 かといって今は人目のある所でカードを出す狩りをする訳にもいかない……。


 ココからの情報では例の湿地帯に、そろそろ焼き払いのための調査隊が出るはず。

 それがなきゃ後何日か籠ったんだけどね……。


 かといってスライムメイン以外の危険な場所に、ソロで狩りに行くとクランメンバーに怒られそうだしな。


 俺はまだ戦闘系スキルが〈音楽魔法〉だけなんだよね。

 これが〈剣術〉とか持っていれば、第四城壁の外周で魔物狩りとかをしてもいいんだが。


 低lvな狩場でもゲームじゃないので、イレギュラーがあると怖いんだよな。


 その点湿地帯の側は立地的に恵まれてたんだよなぁ。

 湿地帯と王都の壁に上手い事挟まれた狭い範囲だと、強い魔物が生まれにくいとか。


 俺の手持ちのテイムカードで一番強いナイトゴブリンも格八とはいえ、戦闘系スキルを持っている見習い冒険者パーティに囲まれたら……やられちゃうくらいだろうしな……。


 そんなゴブリン達は今裏庭で戦闘訓練させていて、様々な武器を使って訓練する事で、才能のあるスキルが現出するかどうかの実験中だ。


 スキル持ちの角折れウサギも、ゴブリンの攻撃をスキルで避ける役として参加させている。


 アクアスライムは日向ぼっこをしていて、調理で出るゴミなんかを〈消化促進〉で処理する役だ。


 そんな訳で午前中に訓練用の刃引きした武器やら盾を買いました。

 中古の武器の刃を潰しただけみたいなそれらでも、全部で一万七千エルかかりました……。


 はぁ……何処かに金の成る木でも生えてないだろうか?


 ナイトゴブリンの装備はまともな物にしたいが……ちゃんとした装備を買うと恐らく三万エル以上はかかる……。


 野盗でも退治して武器防具とか手に入らないかしら?

 なんてゲームみたいな事を考えるが、外に拠点を構える野盗とかは格も上がっているだろうし、戦闘スキル持ちとかもいるだろう。


 そんな野盗の相手だと、今の俺なら逃げるだけならまだしも、ソロで集団相手とか瞬コロだよな。


 つまりやれる事もない俺は、調理中の味見をお昼としつつ、新たな料理を作成している所である。

 そう……ボア系の肉を使ったベーコンに、バトルコッコの肉を使ったスモークチキンだ!


 どうもこの世界の料理はレシピを秘匿する傾向にあるらしいので、俺が食いたい物を世の中にドゥンドゥン出していこうと思った訳です。


 しかも三区あたりだと魔物の肉がそもそも美味しいから、面倒な手順を踏まずにただ焼いたり煮たりしてしまうお店が多かったんだよね。


 ウインナーとかも三区では見ないし、ハンバーガーだってギルド食堂の料理人とかには知識としてでしか知られてなかったからなぁ……。


 俺は〈生活魔法〉でやれるからいいけど、ひき肉を作るミンサーとかがないと他の人は作るの大変だろうしなぁ……。

 でも転生者や転移者ならハンバーグは絶対に作ろうとしたと思うんだよ。

 なら何処かにミンサーがあるんじゃなかろうか?


 まぁいいやコッコ肉に下味も付け終わったので、早速燻製にしていきます!


 ふんふんふふふ~ん。


 三区にある果樹園に落ちている枝を、魔物肉と交換で色々貰ってきてある。

 まずは色んな木で試さないとね。

 木材を扱う店でも端材を安く買ってきてあるので色々と試していく。


 はんはんははは~ん、お味はどうかなっパクッっとな……四十点!

 この種類の木は駄目だな。


 俺はその四十点なスモークチキンを乗せたトレイを持ち、厨房の裏口から裏庭で訓練しているゴブリン達の元へと向かう。


 そこには野外用のテーブルが設置してあるので、四十点スモークチキンをそこに置きゴブリン達を呼ぶ。

 ぎゃぁぎゃぁと会話だか叫び声だかをあげながら集まるゴブリン達。


 ナイゴゴブリンが一匹。

 ホブゴブリンが一匹。

 そしてゴブリンが九匹だ。


 俺はナイトゴブリンに向けて。


「ではリーダーのナイトゴブリン君、ご褒美のスモークチキンはまず君が食べなさい、その次がホブゴブリン君、そして……スキルの生えた子はいるかい?」


 そう言葉をかける。


 ナイトゴブリンは『ウギャッギャ』と首を横に振る。


 うーむ、スキルが生えると動きや基礎能力が変わるから、鑑定がなくてもある程度分かるんだが、目に見えた変化はなかったって事か、残念。


「なら訓練を頑張っていた順に配ってくれ」


 そうリーダーのナイトゴブリンに命令して厨房に帰っていく。


 彼はまず自分が食い、そしてホブゴブリンに配り、最後にゴブリン達を並べて配って行く。

 彼はちゃんと順番を指示していて、ちゃっかり前に入ろうとしているゴブリンとかを叱っている。

 同じゴブリンでも個性があるよね。


 日本だとカードの魔物がカードの中やダンジョンにいる場合は、飯を食わないでも生きていけたんだが。

 ダンジョン以外で外に出しっぱなしなら、飯を食わせないといけなかったんだよね。


 この世界の仕様もたぶん同じだと思うんだが……ダンジョンで一度確認しておきたい所だね。


 カードの中は外と時間が同期していて、自身の心象世界でのんびり過ごせるのだと、俺のカード従者が昔言っていたな。


 四十点のスモークチキンで訓練を頑張ってくれるなら安いものだろう。

 スキル持ちのゴブリンは熟練度が上がって、いつか格も上がるだろうしな。


 角折れウサギにはニンジンの欠片を与えておいた。


 さて次は違う木のチップで試してみよう。


 ……。


 ――


 ふふんふんふ~ん、次の木材は……。


『チリンチリーン』


 俺の腰につけておいた鈴型の魔道具が音を鳴らす。

 ありゃ、誰か尋ねてきたか、はいはい今行きますよっと。


 丁度三度目の燻製が終わった所なので、軽く片付けてから外壁に向かう。


 ……。


 使用人用のドアについている覗き窓から外を見ると、馬車が一台正門の前にとまっていた。

 その紋章をみた俺は、使用人用の扉ではなく大きな正門を開けていく。


 何度か俺を送ってくれた事のある御者さんが、軽く頭を下げて馬車を操作し狭い前庭に入ってくる。

 そしてとまった馬車から飛び降りてきたのは。


「タイシ兄ちゃん!」


 イエローだった。


 その後ろから苦笑いしながらココとココパパが降りてくる。

 そして荷物を降ろしてから帰っていく馬車……なんで帰っちゃうの?


 来るのは構わんのだが、事前の予告をしようよ、とか言いたい事は色々あるのだが、まずは。


「すごく可愛いメイドさんだなイエロー」


 そう言ってイエローの格好を褒めるのであった。


 そうなんだよ、イエローの服がメイド服になっているんだ。

 この世界のメイドさんは、日本の知識の影響を受けているからなのか可愛らしい制服なんだよな。

 黒のドレスに白いフリフリの着いたエプロン。

 スカートは長めで頭にはホワイトブリム。

 そうしてサラサラとした金髪ショートの僕っメイドさんの誕生だ。


「えへへーそうでしょー、お母さんと相談してこれにしたんだー」


 イエローは嬉しそうにクルっと回って見せてくれる、うん可愛い。

 そこにココやココパパも近づいて来た。


「こんにちはタイシさんごめんね急にお邪魔して」

「邪魔をする」


 ココパパは不機嫌そうだね。


「いつでも遊びに来いと言ったのは俺だからな、でも馬車帰っちゃったんだがいいのかあれ」


 帰りどうすんだろうと思う訳ですが。


「あーまぁその辺りも話すから中入っていいかな? タイシさん」


 俺は正門を閉めてから、どうぞと一階の応接室に案内をする。


 ……。


 そして食堂からカートに乗せたお茶道具とお菓子を運んでくると。


「あ! タイシ兄ちゃん、お茶は僕が淹れるよ」


 イエローはピョコンとソファーから立ち上がると、そう言ってカートのお茶道具を確認しだした。

 メイドさんごっこでもしたいお年頃なのだろうか? まぁイエローにまかせる事にする。


「しかしまた急に来たんだな、事前に教えてくれれば準備も出来たんだが」


 俺は対面のソファーに座るココに話しかけた……だってココパパずっと不機嫌そうに黙っているんだもの。


「ごめんねタイシさん、昨日の話を伝言して貰ったら妹が今すぐ行くって聞かなかったらしいのよ、朝いきなり二人がギルドに来て驚いちゃったわ」


 ココが済まなそうにそう語る。


「遊びに来るのは別にいいけどよ、それでイエローから頼みがあるんだっけか?」


「それは僕から話すからちょっと待ってねタイシ兄ちゃん、はい皆、お茶が入ったよー、お菓子も出しちゃっていいんだよね?」


 俺やココ達の前にお茶やお菓子を配るイエローの所作は奇麗だな。

 そしてココの隣に座るイエロー。


「あのねタイシ兄ちゃん、僕ね、お父さんから出された試験に合格したから、お外に働きに出ても良くなったの!」


 イエローが嬉しそうに狐耳をピョコピョコさせながら俺にそう語ってきた。

 俺がココやココパパを見ると、ココパパは苦々しい表情をして黙り込み。


 ココが仕方ないなぁという表情で説明をしてくれる。


「お父さんが妹に、新人兵士三人に連続で勝ったら認めるとか言っちゃったらしくてね……それでどうやら妹が完勝しちゃったらしいのよ」


 ココから出た話に驚く俺……。

 いやまってくれ、新人とはいえ兵士三人連続ってやばくねぇ?


 落ち着くためにイエローが淹れてくれたお茶を飲む、ズズズッ、あら美味しい。

 俺はココパパを見ながら質問する。


「どうしてそんな事に? まさか兵士に手加減させたとか?」


 ココパパは娘に甘そうだし一応確認してみる。

 するとココパパは心外だと言わんばかりに。


「そんな訳ないだろう! ちゃんと新人の中でも有望なやつらに怪我させない程度に負かせてくれと頼んだのだ……それが何故あんな事に……」


 ココパパは言い終わると、がっくりと顔を落とし落ち込んでいる。

 ココパパは可哀想だが余計に不思議だ、イエローはそんなに強かったのか?


「タイシさんも不思議がっているんだろうけども、前に言ったよね妹は新しいスキルを覚えたって、それが――」

「お姉ちゃんそれは僕が言うから! あのねタイシ兄ちゃん、お母さんから戦闘術を教えて貰ったらすっごく僕に合っていてね、なんと〈メイド術〉を覚えてしまったんだよ! 僕もびっくりしたよ」


 ほう? ……ごめんタイシよく分かんない。


「えーと〈メイド術〉ってなに?」


「〈メイド術〉は上級スキルだよ! 様々なスキル効果が含まれているからすっごいの! お母さんも持っているんだけど、私には才能があるって褒められちゃった、えへへへ」


 ほうほう……なるほど?


 上級スキルってなーに? という意味を視線に籠めてココを見る。

 ココは俺のその視線に気づいたのか説明してくれる。

 いつも悪いねぇココさんや。


「タイシさんがいた世界にはそういう概念がなかったのかもだけど、この世界だと例えば〈剣術〉より強いとされる〈聖剣術〉スキルとかがあるの、聖魔法と剣術を内包していて上級スキルなんて呼ばれるのよね、それらの定義は曖昧で、すごいスキルをそう呼ぶ事とかもあるんだけどね」


 複数のスキル効果を持つスキルか……日本にもあったな。


 上級なんて呼ばれてなかったけど……色々内包していた〈忍術〉スキルスクロールとかは男の子達の憧れだった……。


 高すぎて俺は買えなかったんだよな……なんだよ百八十億円って……アホか。

 スキルの強さより浪漫を求めてなのか、外国の金持ちまで参加したオークションの入札値釣り上げ合戦になったんだよな……。


「まぁ上級の意味は分かったんだが、戦闘試験にメイドが関係してくるのだろうか?」


 俺は疑問に思った事をぶつけてみる。


 その質問にイエローは得意そうに口を開き。


「ふふーそう思うでしょう? 実は〈メイド術〉スキルにはね、暗器術、体術、礼儀作法、調理、気配察知、隠密、掃除、洗濯やら他にも諸々、後はえーと……」


 ……すごい数のスキルが内包されていてびびった。

 メイドさんすげーな。


 そしてイエローは何か言い淀んでいる。


 頬を赤くしたイエローはソファーから立ち上がり、俺の横に来ると、俺の耳に顔を寄せそっと耳打ちをしてくる。


「後ね、夜伽術も入っているの……内緒だよ?」


 俺の耳に手をあてながら小さい声でそう教えてくれた。


 内緒というがイエローがそう耳打ちした時に、ココやココパパの狐耳がピクッとしたんですよね。


 うん、今のはタイシ悪くないよね?

 だからそんな怖い顔して俺を見ないで?


 頬を赤くしたイエローは、ココやココパパの表情にも気づかずに対面のソファーに戻り、続けて説明してくれた。


 このスキルのすごい所は、例えば掃除するだけで全ての内包されたスキルの熟練度も少しずつ上がるらしい。

 そして上級スキル持ちは格が上がるのが早くなるとか言われているとか。


 それはつまり少しずつあがったスキル熟練度に合わせて、全ての内包されたスキルから格に経験値が入ると?

 日本には格なんてなかったが……この世界だとぶっこわれスキルじゃんか。


 上級スキルオーブを買えるかココに聞いたら、まず一般販売には出回らないと返された。

 そりゃそうだよな……。


 メイドとして仕事をするだけで全ての能力が上がるのかぁ……それでメイドの格好をしているんだなイエローは……納得した。


「それでつまりイエローは、その力を使って冒険者になりたいって事だな?」


 俺はそう確認していくのだが、イエローは首を横に振り。


「んーと今の夢はちょっと変わったの……僕ね……タイシ兄ちゃんのメイドさんになりたいの!」


 身を乗り出しながらそう宣言してきた。


 んん? メイドさん? 冒険者の夢は何処いった。

 イエローはさらに話を続け。


「でも自分を守れないような弱さのままだと、またタイシ兄ちゃんに叱られちゃうだろうから、強くなるために二番目の夢になった冒険者としてもやっていこうと思ってる、でも一番の夢はタイシ兄ちゃんのメイドさんになる! どうかな?」


 どうかなと言われましても……。


「メイドや侍女だったら公爵様のお屋敷でもなれるんじゃないか?」


 俺のその質問に、ココパパも同意しているのかウンウンと頷いている。


「違うのー! のメイドさんがいいの! お母さんだって今もお父さんのメイドさんになったりするって言ってたし、お願いタイシ兄ちゃん! 僕をメイドさんとして雇って?」


 身を乗り出し上目遣いで頼んでくる僕っ狐メイドさんは、すごく可愛いんだが……可愛いんだが……俺は一つの疑問を抱いた。


 ココも俺と同じ疑問を抱いたのだろうか、俺と同じようにココパパを見た。

 ……お母さんがお父さんのメイドさんになるって何? という気持ちを籠めながら。


 ココパパはサッと視線を外して窓の外の景色を見ている。


 ちょっとココパパさん? 貴方ココママと何やってんの?

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