第40話 Fランクのお買い物
ハゲ司祭さんに案内されてお屋敷に着く。
教会前の道側の頑丈な壁の中央部にある入口の大きい門は開けずに、その横にある使用人用の小さい扉を潜っていく。
壁に囲まれた中は横幅が七十メートル以上あるかなぁこれ。
ただ入口の壁からお屋敷が結構近くて、馬車とか置いておくスペースが狭いかもしれない?
何台もの馬車で来たら入るの難しいよなこれ、そんな時は何処かに停めてたのかな?
ハゲ司祭さんに聞くと入れない馬車は教会に置いていたんだってさ。
……なんでそんな欠陥住宅みたいな事に?
どうもここは元々スタンピード時の避難場所にするべく、避難用スペースを壁で囲むだけの場所だったのだが。
新生派が自分たちの別荘にするべく口を出し、お屋敷を入口側に建ててしまったらしい。
なるほど、思惑がぶつかり合って計画的に建築されなかったのか。
本当なら四隅や壁沿いに監視塔を建てる予定だったとかで、もうそれ砦じゃんか……。
そして避難場所はすでに別の場所に作られたそうだ。
建物は横に広がった長方形に見えて、そうだなぁ……旅館とか民宿といった……いや外観が洋風だからペンションか?
まぁそんな感じで、中に入ると一階には広めの食堂に厨房、広いお風呂にいくつものトイレ、応接室や、多目的ルームなのかでっかい広間なんかもあり。
他には使用人が使うのか、狭めの部屋が十部屋以上に、洗濯用やらサウナ用の場所、さらに窓のない倉庫がいくつもあり。
それと厨房の近くには地下に食材や酒を入れておく場所もあった。
旅館というかペンションというか……個人のお屋敷というよりは合宿用の宿泊所のように感じる。
そしてお屋敷の中央にある階段を登って二階にいくと、片側には広い何も置いてない大きな部屋があり……パーティとかをする用かな?
反対側は真ん中の廊下を挟んで部屋が十以上、そして一番奥に偉い人が使っていたという大部屋がある。
ハゲ司祭さんとグリーンと俺で、その一番奥の部屋に入る。
他の部屋も家具なんかは色々備えてあったがこの部屋もすごいなぁ、入って左手に柔らかそうなソファーに木目が奇麗なテーブル、右手には執務用の机や立派な書類棚やら飾り棚やら。
奥の壁にある扉を開けると寝室で、右手に風呂やトイレで左手には天蓋付きのでっかいベッドが鎮座していた。
たぶんこのベッドだけで十畳以上は余裕であると思う……何人で寝られるんだよこれ……。
寝室とソファーのある部屋や風呂を合わせると、五十畳以上あるな、百畳まではいかないって感じか……。
それとね二階の窓からの景色がおかしい。
入口の教会がある道方面から建物を挟んだ反対側の裏庭なんだが。
草が大量に生えて荒れているがめっちゃ広い。
たぶんこのお屋敷とその裏庭を全部合わせたら、サッカーのフィールドが丸まる楽に入ると思う。
フィールドの四分の一をお屋敷が占めていると思ってくれ、しかもサッカーフィールドが余裕で入る敷地があるので……やっべーなここ。
大体の案内が済んだらしいハゲ司祭さんが俺に最終確認してくる。
「いかがでしょうか使徒……タイシ様、裏庭は荒れていますが外壁は元々スタンピードに備えた物なので丈夫ですし、この建物もそれほど傷んでおりません、新生派の私物で高額な物や食材等は回収しましたが、布団やら食器やら家具なんかの生活用物資はほとんどそのまま残してあります、これら全てで四十万エルまで値下げ出来ます」
「買います! そして俺は使徒ではありません」
俺は即答した、そして使徒は否定していく。
「そうですか! ありがとうございます、それでは教会にて書類を作成しますので帰りましょうか」
ハゲ司祭について教会に帰っていく道すがら、グリーンが俺の腕を引いて心配そうに耳打ちしてくる。
「お兄ちゃんお金大丈夫なの? 私は装備にお金かけてるんでそんなに貯金ないんだけど……他の皆もそんなに貯金はないと思うよ?」
俺もグリーンに向けて小さな声で。
「大丈夫だ、今俺の資産は四十七万エルくらいある、高いスキルオーブを買うのをちょっと我慢すればいける、本道派が資産を処分している今しか買えないのなら買っておくべきお得物件だ、生活用品が殆ど残っているのもお買い得だし」
グリーンは俺の言葉にちょっと驚いていて。
「召喚されて一月もたっていないのにその資産は……さすがお兄ちゃんだね!」
グリーンがそんな風に褒めてくるが、ちょっと気になった事を尋ねてみる。
そういや、こっちの
地球と同じ? だけど週って概念はないのね……。
女神と転生者が適当にぶっこんだ可能性があるなぁ。
そして明日から五月なのか、まぁ日本と気温も違うし、そこまで気にする事でもねぇのかね。
……。
――
今はハゲ司祭さんがいつもの部屋で書類を作成している。
国への税金とかどうなるのかなーと質問してみたら、土地建物売買の場合売った側が支払うらしい。
そして固定資産税的な物はあるが、一年に一度秋の収穫期に払うんだって。
支払額は売買価格の百分の一から始まり少しずつ下がっていくとかで、となると初年度は四千エルか?
まぁ広さから見たら安いのかも?
ただ三区の土地はすげー安いというか、ダンジョンの側だと土地の価値はほとんどないそうなんだよね。
ちょっとダンジョンスタンピードが怖い俺がいる。
だってそのせいで価値がないって事は、場合によって町が壊滅するからだろう?
俺が買うお屋敷は避難先に使われる予定だっただけあって壁がすごい分厚くて高いから大丈夫だと思いたい。
そしてハゲ司祭さんの作った書類を読んでサインして売買成立。
簡単すぎね? とも思うが審議判定のスキルがある世界だからね。
そして俺は〈引き出し〉から大金貨四十枚を取り出して支払い、土地建物の譲り証やらをしっかり〈引き出し〉に仕舞っておく。
建物入口の鍵や外壁の門の鍵やらも預かるのだけど……。
まじで? ……あの外壁にあるでかい門とか使用人用の扉も全て魔道具なの?
へぇ、全部魔力登録するタイプなんだってさ……それだけでも高そうだ……。
司祭さん大丈夫? 安くしすぎて怒られたりしない?
大丈夫らしい……ほんとかなぁ……。
まぁ何にせよ、タイシは家を手にいれた!
日本にいた時はマンションだったからな……結婚したら一軒家でもいいかなとか思ってたん……ぅっ! ……昔を思い出すのはやめておこう。
……さてじゃぁ帰ろう、と立ち上がったら、グリーンに腕を掴まれてソファーに強引に戻された。
「何ごと?」
ハゲ司祭さんもびっくりしているよ?
グリーンは何か言おうとしているが、ハゲ司祭さんがいるからか躊躇もしている。
人見知りというよりトラウマかねぇ。
ハゲ司祭さんは事情を知っているのか根気よく待ってくれている。
本当に良い人だよなぁ……。
……。
しばしの沈黙の後にグリーンはぼそっと言葉を漏らす。
「お屋敷、庭、掃除、孤児院、お金」
単語マシーンだろうか、いやまぁ頑張って会話しようとしているのだと思うけど。
だがハゲ司祭さんはグリーンの言いたい事が分かったようで。
「ああ聖女見習い殿はやはりお優しいですね……タイシ様! お屋敷や庭の掃除をする人員として孤児院の子らを雇っては頂けないでしょうか?」
「孤児院の子達ですか?」
庭掃除に孤児院の子を?
「はい、祝福の儀で戦闘スキルを得た子は冒険者になれますし、貴重で有用なスキルを得た子は養子に行けたり後ろ盾を得る事も出来ます……がしかし……ありふれたスキルを得た子はコネがないとどうしても先がないのです、本当なら十三歳の成人になったら孤児院を出る規則になっていますが、そういった行先のない子らは神官見習いや下働きで雇ってはいますが限度がありますし、それに神官ではない違う職に就きたいと思っている子もいるのです、戦闘スキルがなくても装備さえしっかりしていれば冒険者として生きる道とかもありますし、彼らにはそういった準備のためのお金を稼ぐ手段が喉から手が出る程に欲しいのです」
ふーむ、残り七万エルしかねーんだが……。
「賃金次第ですね、俺も余裕がある訳じゃないので」
ハゲ司祭さんはっもっともだと頷いて続ける。
「成人している子なら一日仕事で五から三十エルくらいでしょうか、小さい子達の場合は一エルからでも構わないので、仕事をして対価を得るという事を教えて頂けるだけでも良いのですが……」
賃金が下から上までで六倍の差があるっておかしくね?
「その賃金の幅って何処から来るんですか? 掃除の内容ですかね?」
俺はこの世界の常識や相場ってのがまだよく分からんので聞くしかねぇ。
ハゲ司祭さんは少し考えてから。
「そうですな、例えばですが通いの下働きの給金が三十エルくらいだとして、住み込みの場合は部屋代や制服代、それと食費の徴収をいくらにする予定かで変わってくる感じでしょうか」
なるほど……って何言ってんだこの人……。
食費や部屋代は分かるけど、制服なんて必要経費じゃんか。
それを働いてくれる人から金取るの?
困惑している俺の服をクイクイと引っ張るグリーンが。
「給料、天引き、普通」
つまりそういった代金を払わせるのが普通の文化なのか?
……郷に入っては郷に従えって言うし……まぁそれなら相場だけでも聞いておこう。
「住み込みの相場はどんなものですか?」
「下働きの住み込みで三食付きなら一日五から十エルくらいかと」
ハゲ司祭さんは至って真面目な顔でそう言ってくる。
ちょっと計算してみた。
見習い冒険者が外周狩りに行けば一日六十エルの稼ぎだ。
三区内部の依頼だとブルー君はその半分以下だと言っていたっけ?
それなら命の危険のない専門職じゃない通いの下働きで、一日三十エルは意外に安定していて良い稼ぎなのだろう。
まぁ一日仕事って早朝から夜中までっていう意味じゃね? っていうブラックな匂いもするけど……。
そして住み込みの場合で徴収するのが二十から二十五エル。
ご飯が一食四エルくらいか?
となると部屋代が八エルから十三エル……いや制服代とかも別で取るんだっけか。
うーむ世知辛いけど、計算するとそれほど酷い扱いではないなぁ……宿屋とか普通に一日四十エルだし……いや、あれは冒険者相手の価格なのかも?
俺はそういった世間の相場なんかの事を少し考えてから、ハゲ司祭さんに応える。
「そうですね常雇いの下働きはクランの他メンバーに相談してからにしますが、裏庭の雑草抜きに臨時雇いはしようと思います」
実は俺がスキル全開でやれば、お屋敷も庭もどうにか出来ちゃうんだけど、それは良くないだろう。
クランという組織を作るのならば、世間に金を回していかないと健全とは言えないし、金を払う事で外からみたクランの印象も良くしておかないとな……。
ハゲ司祭さんは大いにありがたがり、報酬や雇う人数を詰めていく。
……。
グリーンは一切その話に参加はしなかった。
頑張って会話出来るようになろうな。
……。
「では、明日の朝ご飯後からうちで庭の清掃をして貰います、小さい子は一エル、十歳以上のスキル持ちは五エル、十三歳以上で成人した子は十エル、ただし皆を指揮出来るような子がいたらリーダーとして二十エル支払うという事で、清掃の進み具合によって増額も有り、人数はちゃんと働いてくれる子なら何人でも良いですよ、広い庭なので一日では終わらないでしょうし」
とまぁこんな感じで決めてみた。
俺からするとすごい安く感じるんだけども……ハゲ司祭さんもグリーンも普通……より少し条件が良いって感じてるみたいだ。
早く常識を学んで異世界の文化に慣れないといかんなぁとは思った。
「ありがとうございます……タイシ様、では早朝皆を向かわせますので、成人して孤児院や教会の下働きをしている子で資質のありそうな子をリーダーとして送るのでよろしくお願いします……それと昼ごはんも食べさせて頂けるとの事ですがよろしいので? お昼に教会に帰らせてくれても良いのですが……」
ハゲ司祭さんは俺に頭を下げながら申し訳なさそうに言ってきた。
賃金は異世界基準だからね、お昼くらいは肉を食べさせてあげたい。
教会のご飯って、グリーンに聞くとパンとスープだけみたいで、スープの具は安めの野菜類に肉がちこっと出汁代わりに入っているだけだとか。
自分のお皿に肉の欠片が入っている入っていないでケンカとかする子供もいるそうだし。
「構わないですよ、教会とうちを行ったり来たりすると人数管理も大変ですからね」
働いてくれるなら飯くらい食わせるさ。
……。
――
ハゲ司祭さんとの相談も終わり、今は見習い宿舎に帰っている所だ。
グリーンとはまた手を繋いでいる……うん?
あれ? 手を繋いで歩く事って普通だっけか?
俺が何かに気づきそうになった時、グリーンが話しかけてくる。
「ありがとうお兄ちゃん、教会の孤児院に対する予算は増えるらしいけど、個人に支援金を出す訳にもいかないし、初期資金のないコネもない孤児だと祝福の儀で得るスキルでほぼ人生が決まってしまうの……祝福で戦闘スキルを得られなくてもお金があれば装備を買って魔物を倒して格を上げて……ダンジョンで宝を得る事が出来れば成り上がれるし、地道に安全な場所で狩りをして格を上げていけば安定した生活は得られる、祝福の儀は祝福であると共に……呪いでもあるの……」
グリーンは悲しそうにそう零す。
大好きな女神様が授けている祝福を悪く言いたくないんだろうな。
俺はグリーンと繋いでいる手をブラブラさせながら考える。
力を授かるのはいいが他の人も全て力を得るのなら、相対的な地位は結局変わらない訳で。
変わるのはスキルを得れば基礎能力が上がるので、魔物に対する優位だけは確実にあるって部分だけなんだよな……。
魔物がいる世界で少しでも強くなって欲しいという、女神の温情ではあるのだろうけど……ほんと世知辛いねぇ。
……。
夕方頃に宿舎に戻ると、俺とグリーンが手を繋いでる所を見たピンクにマイナスポイントを貰った、あざーす!
が、その後でピンクとも手を繋がされてポイントは元に戻った。
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