第38話 Fランクの卒業。

 部屋の中が静かだ、その静寂を破ったのは。


「おいおい……なんだこの数のスキルは! いせ……ブルー以外のパーティの連中はお前の事情は知っているのか?」


 教官がそう聞いてくるので頷いておいた。


「そうか、このスキルの多さは召喚された異世界人だからだとしてだ……格が一ってのは低すぎだ、残念だがお前はFランクのままなんだが……このスキル量で見習いってのは……しかも見た事ないスキルもありやがる、困ったな……」


 教官が困っている、てか格はスキルを使う事でも上がると思ってたんだが……。


 ブルー君が困った表情で口を開く。


「タイシさんはポーターでしたので、魔物をほとんど倒していませんでしたね……普通なら魔物を倒さないでも、成人した時に格が三くらいにはなっているはずですし、タイシさんの歳なら最低でも格五くらいはいっているはずなんですが……異世界の人が召喚された時が僕らの生まれた時と同じだとしたら、タイシさんは生まれて一月もたっていないという事ですよね……もっとよく考えておくべきでした」


「え? え? 何か問題あるの? タイシは格が低いけど私達と一緒にダンジョンに行ってポーターで稼いでいけばいいじゃない?」


 レッドはそんな風に言うが。

 ピンクは真面目な顔をレッドに向けて。


「レッド、冒険者に登録した時に説明があったでしょ? Fランクは他のランクと正式なパーティは結べないって、臨時や修行のために一時的に入るのは良いんだけど……つまりタイシさんとは一旦パーティを解散する必要があるって事です、しかもEランクになりたての私達にFランクの人間を修行という名目で入れる事はギルド的には……」


 そう最後に言葉を濁してピンクは教官を見る。

 教官はピンクの言動を受けて難しい表情をしながら。


「そうだな、臨時でたまに組むくらいなら見逃してやるが……常に組むとなると規約的に難しい、元々はFランクが搾取されたり利用されたりしないための規約なんだが……今回のお前らには邪魔なだけだろうし、すまねぇ、タイシの年齢なら格が五くらいあるだろうと勝手に判断しちまった俺のせいでもある、だがもう調べてしまった以上どうにもならん、俺もギルドに嘘の報告は出来ないしよ」


 グリーンは俺の腕をギュっと握っていて何も話さない。


 ……。


 ――


 教官に謝られつつ見送られ、俺達は受付でパーティ登録の変更やランクの変更をする。


 ……。


 そして今は『三人が狩る』と約束した昇格祝いのために、冒険者ギルド経営の食堂に来ている。


 馴染みのウエイトレスに案内された先は端っこのテーブル席で『三人が狩る』の彼女らが嬉しそうに俺達に手を振っていた。

 ……が、レッドやピンクは悲しそうにしたままで反応しない。


 しょうがないので俺は元気良く『三人が狩る』に向けて手を振りかえしてやる。


 全員がテーブルに着き、まずは乾杯だと飲み物を頼む。


 ◇◇◇

 注:彼らはこの世界のここらの地域の文化では成人しています。

 ◇◇◇


「「「Eランク昇格かんぱーい! って皆元気ないね? どうしたの?」」」


 せっかくの昇格祝いがお通夜のようになってしまっていて。


 そしてグリーンは俺の隣の席から俺の洋服を摘まんでいる。

 冒険者ギルドの受付でも俺がいないならパーティを抜けるとか、ちょっと揉めたんだが、取り敢えずそのままにして貰ったんだ。


「あーえっとな、俺だけがEランクになれなくてさ、ちょっと皆落ち込んでるんだよ、てかさぁ俺がソロ冒険者になるって言っても別に会えなくなる訳じゃないし、そんなに気にするなよ」


 状況を理解していなかった『三人が狩る』の彼女らに説明しつつ、他の皆にも慰めの言葉をかけてておく。


 なるほどーと納得した『三人が狩る』の彼女ら、しかしレッド達は納得をしてくれなかったようで。


「そりゃそういう考え方もあるけど……でも一緒にいるうちにタイシとすごく仲良くなれたと思ったのは私だけ? 私はこのままずっとあのパーティでいくと思ってたの!」


 レッドが悲しそうに語り。


「タイシさんが近くにいないとさびしいんですよー、ぱーてぃがだべならけっこんしてくらはい~ひっく」


 ピンクは、そう酔っぱらった感じで隣の席から絡んでくる。


 いや、お前が飲んでるのハーブティじゃねーか!

 酒場に漂うエールの匂いで雰囲気酔いするんじゃねーよ!


 隣の席から俺にすがりついてくるピンクを必死に離そうとしていると、ブルー君が俺に向かって真剣な表情で訴える。


「タイシさん! こうなったらもう、クランを立ち上げるしかないと思うんですよ」


 クラン? どういう事?


 ブルー君の言いたい事が良く分からん俺がいる。

 だがレッドは椅子から立ち上がり叫ぶ。


「そうか! タイシがクランを立ち上げて私達がそこに参加すればいいのね! ブルー!?」


 ブルー君は我が意を得たりとレッドに頷きを返している。


 まてまて、まだ意味はよく分からんが、クランを立ち上げる? とか、勝手に話しを進めるなよ。


「その手がありました! それならクラン名は『タイシと愉快な仲間達』そしてクランリーダーはタイシさん、そしてお嫁さん筆頭が私ことピンクという事で良いでしょうか?」


 良くねーよ! てかやっぱり酔ってなかったじゃねーか!

 クラン名も酷いが勝手に嫁になるな。


「パチパチパチ」


 グリーンが拍手している、お前もちょっと待て! 意見を言えよ意見を!


「「「私達はもう参加するクランが決まっているんだよねぇ……失敗したかなぁ……」」」

 

 『三人が狩る』は大手クランの下部クランである『銅の天秤』から誘いがあったらしい。

 へぇ青田買いって奴か、君ら斥候としたら三人揃うとすごい能力だものな、性格も良いし見てるやつはちゃんと見てるんだな。

 尚見習いを卒業した男の子パーティの方はクランに入らず……入れず?

 独自に頑張るらしい……健闘を祈る。


 皆も元気になったようなので、ウエイトレスに適当にご飯を頼み宴が始まる。


 ブルー君の観念してくださいに始まり、レッドの懇願とか、ピンクの泣き落としを搔い潜っていく俺。

 クランリーダーなんてそんな面倒なのは嫌だっての。

 そしてグリーンは飯を食う事に集中している風を装い会話に入ってこない。


 お前は飲み会やカラオケ合コンにたまにいるステルス嬢か何かかな?


 今は彼ら彼女らがEランクになった後の泊まる場所を探す話になっている。

 あと何日かは見習い宿舎に泊まれるが、十日以上は見逃してくれないらしい。

 大手の下部クランである『銅の天秤』に誘われている三人娘は、クランが建物を自前で所持していて、相部屋だが格安で泊まれるんだってさ。

 そういった支援があるから『銅の天秤』クランに入るのを決めたんだとか。


 そして俺は明日からソロになるので狩り方を考えている。

 皆の会話には適当に相槌を打ちながら。


 やっぱカードから召喚した魔物を揃えて戦うのがいいよな……でもそのためには魔物を俺自身かカードの魔物に倒させる必要があるな……。


 むむん……まず戦闘系のスキルオーブを買うのは必須として、ソロでやるなら侮られないようにスキルをもう少し見せておいた方がいいかなぁ……。


 それなら〈隠蔽〉で……あ! ……あああ! やっべぇ……。


 俺は〈隠蔽〉スキルに集中して、召喚され時に設定した、格を一に固定していた処理を少しずつ緩めていった。

 自身の格は鑑定系スキルがないから見えないが、何処まで隠せるかで数値が分かってしまうのは裏技だよな……。


 うん……六まで偽装出来るってことは、俺の今の格は七か。


 やっぱスキルの熟練度を上げると経験値が入るんだな。

 そして俺のスキルは大量にあって、パッシブ系スキルを常に魔力ギリギリ運用で熟練度を稼いでいるから、スキル数が少ない皆より経験値的な物を稼いでしまっていた訳か。


 それでも身体能力ではレッドに負けてそうだが、それはこの世界の戦闘用スキルの基礎能力補正値が日本のスキルより高いって事で置いておいて。


 ……問題は俺の格の事をこの子らにどうやって説明するべきか、むむん……。


 俺がうんうん考え事をしていると。

 隣の席から俺の肩を掴み揺さぶってくるピンク。


「もう! 聞いてるんですか? タイシさん!」


 ピンクが憤っているのだが。

 すまん聞いてなかった。


「どうした?」


「だーかーらー、やっぱりクランを立ち上げませんかって話ですよー、そりゃ面倒なのは分かりますけど……クランを有名にしようだとか考えてる訳じゃないんですから、名前と器があれば良い話なんですよー、タイシさんと一緒にいたいんです! 駄目ですか?」


 あーそうだなぁ……格を隠蔽していた事を忘れていた負い目もあるしなぁ……。


「うーん、そうだなぁ……名前だけのクランでいいなら……考えない事もないかなぁ……」


 そこでブルー君が眉をピクッとさせて突っ込んでくる。


「おかしいですね、タイシさんはあんなに嫌がっていたのに急に……何かありましたか?」


 そこにレッドが追撃を加えてくる。


「お父さんが娼館に遊びに行った時にお母さんに見せる顔と同じだ……タイシ? 何で急に素直になったの? 私に言ってごらんなさい」


 ブルー君やレッドの勘が鋭くて怖い。


「もう皆いいじゃないですか~、タイシさんはクランリーダーとしてクランを立ち上げてくれる、それが確定するなら何を隠してようが……ねぇ? タイシさん」


 ピンクがそう擁護してくれる。

 ピンクは俺の味方をしてくれるんだな、ありがたい。


 そしてピンクはさらに言う。


「ふふ浮気を許せるような広い心、どうですかタイシさん、嫁に欲しくなりましたか?」


 ピンクは俺の味方ではなかったようだ。


 グリーンはいまだに肉串を食べているようで、ずっと食べてるとお腹一杯にならない?

 ……しかし良く見てみると、食べ終わった串の本数が増えていなかった。

 どうやらエア食いだったようだ。


 なんだろうか……この世界で悲惨な目にあったのは確かなのだろうけど、日本にいた頃からこうだったんじゃねぇかとも思えてきた。


 何故ならステルス具合がすげぇ慣れてるからだ。

 そういったスキルもなさそうなのに風景に溶け込んでいて、熟練のステルス嬢だな。


 ちなみにステルス嬢ってのは俺が勝手に作った造語だ。

 飲み会や合コンで風景に溶け込み、周りに違和感を抱かせず飯だけ食って会話もせずに帰る女の子の事だ。


 ワリカン代くらい払っていってくれ!


 ……。


 俺が下らない事を考えていた間に、いつの間にか雑談はクラン名をどうするかまで進んでいた。

 ああうん、もう逃げられないな……よし、クランの副リーダーをブルー君にして面倒な事は丸投げしよっと。


「私は『タイシとピンクの愛の巣』とかを推します」

「それなら『タイシのハーレム隊』とかでもいいじゃん」

「僕が男なのをお忘れなく、『異世界タイシ館』とかがいいかと」

「私は『タイシさんのから揚げ食べ隊』がいいなー、おねーさんおかわり~」

「それなら『タイシさんの串焼き食べ隊』の方がいいでしょー、私もおかわりー」

「あたしは『タイシさんを食べ隊』にするー、あははーおかわりー」

「『鼻笛戦士団』とかどーお?」

「冒険者引退して私と揚げ芋屋やりませんか?」

「タイシさん今度料理作ってよ~」


 誰が何を言っているかは説明しないけど意見が色々出てくる。


 自分らには関係ないからと三人娘の意見が酷い……いやブルー君達の意見も相当酷いかもしれい。


 そして何でウエイトレス達が通り掛かりに意見を言っていくんだよ!


 最後の方はクラン名ですらねーし、そしてピンクからマイナスポイントを貰った、あざーす!

 もう滅茶苦茶だな、まともな意見も出ないだろうし、適当な所で宿舎に帰るか。


「『女神の軌跡』が良い」


 グリーンがポソリと言った。

 ブルー君やレッドとピンクもその内容に反応し。


「成程……女神様の……タイシさんも聖女見習いもいるクランですし……悪くないですね、賛成します」

「これからの私達の道筋を女神様に祈るのね、良いじゃない賛成するわ」

「結婚はわだちの上を通るがごとくとも言いますし、私も賛成です」


「「「おークラン名決定おめでとーパチパチパチ」」」


 どうやら俺は『女神の軌跡』クランのリーダーになるそうです、まぁいっか。


 ……。


 ギルド食堂の外で『三人が狩る』と別れる。

 彼女らはもう『銅の天秤』クランが所有する建物に泊まるそうだ。

 また一緒に狩りをしたり飲み食いしようなと約束してから別れる。


 見習い宿舎に帰ってきた俺達、そこには新たな見習い達なのだろうか、新顔の女の子達がキャイキャイと会話していた。


 ……なんだろう、そういった新人たちの姿を見ていると、早くここから出て行かないといけない気持ちになる。


 一応その女の子達に挨拶して部屋に戻る俺達、これが見習い用宿舎を卒業する寂しさか……。


 ……あれ? 俺ってFランクのままだから、まだ見習いじゃね?



 そして始まるベッドジャンケン。


 ブルー君も参加しませんか? しませんか……そうかぁ残念……してくれるならクラン副リーダーとして運営資金をまかせようと、おっと勢いよく立ち上がったブルー君。


 君やっぱ冒険者じゃなく商売人向きだよね。


 その日は俺とレッドが同じベッドで寝る事になった。

 いざ寝る段になって恥ずかしそうになるのやめてくれよレッド!

 こっちも恥ずかしくなるじゃねぇか。


 格の隠蔽は取り合えず二にしておいた。

 格一からいきなり七になったらおかしいからな、自分で魔物を倒すようになったら少しずつ偽装を解除していこうと思う。

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