第34話 Fランクの勘違い

 おはようございますタイシです。


 パーティも深夜までやっていたのか、今日の朝はお屋敷の中が静かに感じられますね。


 今日は朝から公爵様に呼ばれています。

 朝ご飯の後すぐに呼ばれるとは、今度はどんな無茶ぶりがくるのでしょうか……。


 セバスさんの後に続き執務室に入って行き、ソファーに座った公爵様は少しお疲れのようで。


「おう、来たかタイシ、まぁそっちに座れ」


 促されたので対面のソファーに座ります。


「失礼します」


 座りながら軽く周りを見ると、護衛とセバスさん以外は誰もいないんだな。

 俺が座るとすぐさま公爵様は。


「色々ご苦労だったなタイシ、テーブルトークの新ルールの事だけでなく、大道芸師としての仕事に、お菓子やつまみ作成、後はそれのレシピ提供と子供の相手と……全部並べるとすごいな、お前色々出来過ぎじゃねぇ?」


「異世界人ですし」


 俺は答えになっていない答えを公爵様に返す。


「そうだった異世界人は謎でいっぱいだった」


 だがしかし公爵様に嫌な納得の仕方をされた。


「それで早朝から呼び出しを受けた理由をお聞かせ願います」


 話を先に進める事にする。


「ああそうだな、まずはボーナスや報酬やレシピ代として預かっている金を渡す、セバス」


 公爵様がセバスさんに呼びかけると。

 セバスさんはお金の入ってそうな袋をいくつか、俺が座っているソファー前の机に並べる。


「こちらがルール制作のボーナスで五万エル、こちらが園遊会と紙芝居への報酬で二万エル、そして料理の手間賃として二千エル、レシピが全部で三十万エル、合わせて三十七万二千エルです」


 セバスさんの説明を聞きながらも、その額にちょっとびっくりした。


「ありがとうございます……レシピがすっごい高い気がするのですがこれは?」


 他の報酬に比べてレシピの値段だけ突出している気がする。


 俺のその質問には公爵様が答えてくれるみたいで。


「知られてない料理や菓子のレシピなんてのはすげぇ価値があるんだよ、この代金も仮の物だ、あいつらが自分の領地で商売に使って儲けが出たらもっと支払うと言っている、なので新しいレシピがあったら売ってくれとさ、これには俺の派閥の貴族全てを噛ませる気でいるので報酬は数十倍に膨れ上がると思え」


 そんな? ……いやでもさぁ。


「転生者とか異世界召喚された人らがレシピを広めているって聞いたんですけど、あれくらいの菓子や料理なら知られてそうなんですが……」


 文化は結構広まっているって聞いてるんだがなぁ。


 公爵様は呆れた表情で教えてくれた。


「簡単に真似出来るものなら勝手に広まっていくけどな、ちょっとでも金になる物をわざわざ教えて自分の利益を損ねるような事をすると思うか?」


  あー……はいはい、そういう事か。


 女神様は俺達に文化を広めてくれと言ったが、現地の人が自分の利益を優先しているから広がりにくいのか……。


 玩具なんかは現物があれば真似出来ちゃうけど、料理は手順とか調味料の分量とか色々細かい部分で差が出るし、食べただけで完璧には模倣出来ないだろうからな。


 俺はちょっと勘違いしてたかもしれない。


 焼き鳥のタレ焼きが二区にならあるって話も、レシピが常識として一般的なのではなく、レシピの売り買いで出回っているのかもしれないな。


 料理のレシピなんてネットでいくらでも調べられる感覚があったせいだなぁ……となると一般的な物でもすごい金になる可能性が?


「あの公爵様ちょっとお聞きしたいのですけど、醤油や味噌などの調味料は三区の食堂にも出回っているのですが、それらの作成レシピが出回っている事はありますか?」


「ないな、継続的な大金になりそうな情報は、がっちり利権を持った所がレシピを抑えているのが常識だろう? って……お前……作り方を知っているのか?」


 公爵様の問いにコクリと頷く事で答える俺。

 すると公爵様は顔を両手で押さえてしまった。


「もうなんなんだよお前! 何処が無能なんだよ! 追い出す所か宝の山じゃねぇか! セバス! こいつの後ろ盾ランクを最高水準にしておけ!」


 嘆きと怒声が入り混じる公爵様。

 セバスさんが畏まりましたと言っている。


 ふむ、最高ランクか……冒険者ランクはFなのに二つ名と後ろ盾ランクが上がっていくでござる、なんちゃってな。


 いやー、俺の身の安全度も上がりそうだし、これは公爵様にお礼をしないとね。

 お城から追い出される時は〈記憶力向上〉が世界に馴染んでなかったから仕方ないよね。


「ではお礼に醤油味噌のレシピと共に、お酒の作り方のレシピも公開しちゃいますね! 原材料はサトウキビや果実酒です、異世界ではラム酒やブランデーって呼ばれているお酒ですが、公爵様達はお酒好きですよね? ゲームの時にも結構飲んでいたし」


 いやー相手が好きな物をお礼にするなんてさすが俺だね。

 よっ! 気遣いタイシ君!


 ……。


 あれ?


 所が、喜ぶと思った公爵様のHPが何故かゼロになったようで、少しよろけている。

 どしたの? 大丈夫?


「待て……酒のレシピだと? ……ラム酒は聞いた事ないが、ブランデーは確か……」


「遠国の特産品ですな、製造法は勿論国家機密になっております」


 公爵様の呟きにセバスさんが答えていた。


「たかが酒が国家機密とかウケルー」


 つい本心が出てしまった俺。


「あほかお前は! 酒を抑えればドワーフが釣れる! つまり国家の生産力の質と量が上がるんだよ! ある意味軍事物資と言っても良いんだ……レシピは教えて貰うが他でこの事を吹聴するなよ? というかタイシよ……もう少しこの世界の常識を学んでくれ、お願いだ……」


 何故か泣きそうな公爵様にお願いされてしまった。


 あっれぇ? ……喜んで貰おうとしたら泣きそうになってしまった。

 うーむ……仕方ない、元気よく返事して安心して貰おう。


「勿論です、まかせてください!」


 俺ほど常識があるやつも珍しいですよ?


「う……うむ、まったく信用出来ない返事だな……新しい事を広める時は必ずうちに相談しろ! いいな!? 俺との約束だぞ? 聞いた事ないような事は必ず俺やセバスや……コーネリアあたりに相談しろよ? ……分かっていないようだから言っておくけどな、さっきの酒の話だが、場合によっては国家同士の戦争に発展する話だからな?」


 へー、じゃぁもし『お米安くし隊』を結成して、ドワーフ対策に酒の製造レシピを流してたら戦争が起こってたかもしれないのかぁ……。


 ……なにそれ! すっごい怖いんですけど!


 タイシ学んだ。

 異世界の酒情報は危険だ、広める前に相談しましょうそうしよう。


 ……でもまぁ他の物ならいいよね? お酒じゃないし。


 公爵様は何か疲れた表情で、俺の仕事も終わったし報酬を貰って調味料や酒のレシピを書いたら三区に戻っていいぞと言って来た。

 追加報酬はまた今度くれるってさ。


 さて、目の前にある三十七枚の大金貨なのだが……重いんだよなぁ……。


「あの公爵様、お金が重いんで空間系スキルに仕舞っていいですか?」


 一応お伺いしておこう。

 勝手にスキルを使おうとして、武器でも出そうとしているとか勘違いされたら嫌だからね。


 ……。


 あれ? 返事がないな、ふむ……公爵様が固まってる。

 するとセバスさんが少し近づいてきて。


「タイシ殿、貴方はそういったスキルを持っていないと返事をしたはずです、まさか審議系スキルをごまかすスキルをお持ちで?」


 いやいや、そんなスキルを持ってたらやばいでしょ。

 俺は手を横にフリフリしながら。


「いやいや違いますってば、こちらのお屋敷に来てから使えるようになっただけですよ、で、入れても構わないですか? さすがに重いんで」


 まったくどうしたって言うんだ、こんなスキル日本だったら……あ、やっべ。


「スキル名を聞いてもいいかタイシよ」


 公爵様が真剣な顔で聞いてくる……タイシまたやっちゃった!


「あーえーっと……〈引き出し〉スキルです」


 公爵様がセバスさんを見ると彼は頷きを返していた。


「こちらでは聞いた事のないスキルだな……というかふざけた名前のスキルだ、そして俺はそのふざけたスキル名を最近聞いた事があるんだ、城にいる異世界人達からの聞き取りで判明した、異世界のふざけた名称のスキル達の事をな」


 公爵様が俺をジッと見て来る。


 俺は微妙に視線を反らす……今日も良い天気だな。

 てかあいつらからスキルの名称とかが情報として流れちゃうのかぁ……。


「他の異世界人は元の世界のスキルを持っている者もいた、だがタイシ、お前は何故か知らんが元世界のスキルが少しずつ使えるように、もしくは覚える事が出来るのだな?」


 公爵様がそう問いかけをしてくる。

 あーうーどうしようこれ……よし! 全て女神のせいにしよう。


「その通りです公爵様、すべては女神様の思し召しなのです、内緒にしておいてくださいね?」


 こんな感じでどうよ。


「な! つまりタイシ……タイシ様は女神様の使徒という事でしょうか?」


 あら、公爵様が下出にでちゃっている。

 これはまずい、えーとえーと。


「違います! ただ単にスキルが使えるようになるのが他の奴らより遅くなっただけの話で、使徒とかそういうのでは一切ありません!」


 あの女神の使徒とかごめんだわよ。


 ……。


 しばしの沈黙の後に公爵様が再度口を開く。


「そうか……つまり少し待てば城のやつらもお前を放り出す理由がなかった訳か……まだまだスキルは増えるという事か?」


「そうなりますね」


 俺の返事を聞いた公爵様は、何かを考えている。


 が、途中で俺を待たせている事に気づいて。


「ああすまん、その〈引き出し〉とやらに仕舞っていいぞ、色々とご苦労だったな、また何かあったら仕事を頼むからな、下がっていいぞ」


 何を考えてたのだろうか?


 まいいや、お金を仕舞ってから頭を下げて部屋を辞す。

 さて、ココファミリーと戦士厨房長あたりに挨拶してから帰ろうかなー。


 っとその前にレシピ書かないとな、あーそれと二区のお店の話を聞かせてくれたメイドさんにもお菓子の差し入れでもしておかないとな。







 side 執務室


 ソファーに座った公爵は真剣な顔で、側に立っている執事と会話する。


「セバス、どう思う?」


「規格外ですな、声色から判断するに、これから使えるようになるスキル数も今より多い事は間違いないかと」



「だよな……くくくっまさかあんな金の卵を捨てたと知ったら、城の馬鹿どもは慌てるだろうな」


「すでに公爵様が後見に名乗りを上げている以上、表立って手出しは出来ないかと」



「裏ではしてくるって事だよな? 問題はタイシに常識がなさそうな所なんだよな……園遊会の出し物もなんだよありゃぁ、吹き出しそうになって堪えるのが大変だったぜ? 小さな子供らがあんなに楽しそうにしているパーティも珍しかったよな」


「歌のタイシ君と言った所でしょうか? 普通の大道芸とは違いましたな、三区の裏には話を通しておきましょう」



「歌? いやまぁ歌っていたか……あいつは面白いな、エルフ侯爵もありゃぁ否定していたが本気で狙っているぞ、異世界人はエルフ好きも多いって聞くからな、ちょっと注意しとけ……いや獣人も好きだったか? ……結局なんでも好きだよなあいつら……」


「異世界日本人の業は深いですからなぁ……」



「特に問題も起きなければタイシの冒険者ランクは自然に上がっていくだろう、そうなったら城の大掃除をするぞ! 全部は無理だがあいつらの派閥が弱まれば十分だ、追い込みすぎると破滅覚悟で玉砕とかする馬鹿がいるからな……世代代わりさせて影響力を削る」


「畏まりました、しかし笑い話だったタイシ殿のランクが、まさか本当に上がりそうになるとは……現実はテーブルトークより奇なりですな」



「まさにそうだな、後はタイシがコーネリアちゃんあたりと結婚してくれれば良いんだが……あいつの過去の傷が癒えるまでは無理か……平気そうな顔をしてたがありゃぁかなりショックを受けてたぜ、可哀想だからスルーして流してやったが」


「タイシ殿はその気になればすぐお相手も出来そうですし、失恋は誰もが通る道ですので、時間が癒やしてくれるでしょう」



「そんな所かね、それと酒だな……うー頭が痛くなる、しかも原料がサトウキビって、もろにうちの国の特産じゃねぇか、北は甜菜糖、南はサトウキビだよな……しかも甜菜糖利権には馬鹿貴族が多く関わっているし、それを切り崩す一手になりうるか? ……あーもーめんどくせー、でも新しい酒も飲みてー! 楽しい厄介事を放り投げやがって……」


「タイシ殿の知識によって対処も変わって来るでしょう、しかし南に広大な領地を持つ公爵様の影響力が増す事は間違いありませんな」



「……王の力を超えるのはまずい、王に忠実な家にある程度まかせる必要があるだろうな、そこらのバランスはレシピを見てから決める、ブランデーは……確かあの国はうちの新しい王を馬鹿にしてアホな内容の条約を申し込んできてたよな? あんな内容で申し込まれる時点で国辱物だ、ブランデーの製造レシピ情報は世界各国に無差別にばらまくぞ、誰がやったかばれないように手筈を頼む」


「畏まりました、そもそも王城の連中が異世界者の召喚をしたのも国威を上げるためであって、あの条約が原因とも言えますからな、徹底的にバラシて差し上げましょう」



「ククク」

「ふふふ」



 執務室に響く密かな笑い声、護衛は何も聞かなかったと自分に言い聞かせ、静かに佇むのみであった。

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