第33話 Fランクの料理人
おはようございますタイシです。
俺の過去の失恋を暴かれた昨日は枕を涙で濡らす……事もなく、快適快眠出来ました。
俺にシリアスは似合わないらしいです。
昨日の夜中までやったテーブルトークのセッションから日が変わり。
朝から始めた二回目のセッションですが『木目を囲う会』とやらのメンバーは、酒を飲みツマミを食べながら話を進めていきます。
セバスさんのゲームマスターっぷりは敵の強さ以外は素晴らしく。
プレイヤーである皆さんも文官さん達やイエローとは違い、読みや行動が理にかなっていて、さらに話の先や裏を予想する能力が素晴らしく。
これをリプレイの読み物として読んだら楽しいだろうなーと思わせます。
最初のうちはルールの説明やら解釈やらで駆り出された俺も、今は只々聞いているのみで。
……すっげぇ眠くなる……お? やっと二回目のセッションが終わりそうです。
昨日の夜と今日の午前だけでも小説にしたら三冊分くらいになるでしょうか……。
彼らはこの場でお昼を食べるそうで、俺は食堂に……。
行こうとしたら銀髪お母さんエルフさんに声をかけられた。
この人実は侯爵様で、森エルフの氏族を束ねているトップだそうだ。
この国の爵位は貰っているが、広大な森を中心とする領土を治める小国の王のようなものなんだってさ。
そんな人の娘さんに告白しちゃってたらしいよ俺は……場合によっては転生してたかもな。
「ねぇタイシ君、娘にあげたチョコアイスがあるでしょう? あれを私にも作ってくれない? あれは中々に美味しかったのよねぇ……空間系スキル持ちだからたくさん作ってくれると嬉しいな! 勿論お金は払うから」
とお願いされた。
公爵様を見ると頷かれたので了承をする。
ついでに熊耳女性貴族さんにも甘いお菓子をお願いされ。
そして男性貴族の方々からも、異世界風のつまみを要求された。
……異世界風なんて曖昧に言うなよと思ったが、お貴族様の頼みじゃどうにもならんな。
……。
俺はセバスさんと共に上級厨房に辿り着く。
顔のいかつい戦士厨房長に説明して、材料を集めて貰いつつ相談もする。
「なるほどなあ、異世界風のつまみねぇ……何かあてはあるのか?」
戦士厨房長はお昼で忙しいだろうに俺を優先してくれる。
まぁ俺に頼んできた相手が上級貴族な方々だしな。
正直な話をすると異世界風のつまみって言われても、地球の食文化の幅広さを思うと何をどうしたらいいのやら……。
この世界には転生者や転移者が昔から来ているので、枝豆とか唐揚げとかはすでに存在しているようだし。
ピザやらもあるしフライドポテトもあるらしい。
むぐぐ……段々と無茶振りをして来た男性貴族達にむかついてきて、〈発酵〉スキルを使って納豆巻きでも出してやろうかと思ったが、納豆はすでにあるらしい。
まじかー。
いやでも、確かに納豆は〈発酵〉スキルのある世界でなら比較的再現しやすいかもか……。
しかも転移者やらから健康に良いと聞いて、納豆を常食している貴族様とかもいるらしいよ?
それを聞いただけで、会ったこともないその貴族様への好感度が上がった。
しょうがないので既存のおつまみで勘弁して貰うべく適当に作るかね。
唐揚げやピリ辛サラダや、冷めても美味しい物を数種類と、後はそうだな煮卵とか……後は素材倉庫の中にあった落花生でも炒るか。
ふふんふんふ~ん。
落花生ローストの具合はどうだろねっと、うん美味しい、味見お願いしまーっす。
って、戦士厨房長に落花生を炒って塩で味付けしただけの物に驚かれた……。
え? スープの具にしたりしてたの?
……異世界風の調理方法が伝わってない素材もたくさん有りそうだね。
ははんはんは~ん。
脂身の少なそうな牛っぽい肉を甘辛の醤油煮にしてから水分を飛ばした牛肉のしぐれ煮とか、キンピラゴボウやら醤油と砂糖や出汁を使うメニューをたくさん作っていく。
もう異世界風なんて知らん、和風でいこう和風で!
俺が作るんだからそれが異世界風だ!
つまり……俺が異世界だ!
とまぁ良く意味の分からない事を頭の中で考えつつも、調理は続けていく。
ふんふんふふふ~ん。
つまみとチョコ菓子類も作り終わったし、最後に熊耳女性貴族さんの頼みだな……やっぱり蜂蜜を使ったお菓子がいいかな?
まぁチョコで作った色々なお菓子を、チョコ味から蜂蜜味に変えた物を作ればおっけーだね。
後は……蜂蜜きな粉棒を足してっと、後黒蜜も見つけたんで水まんじゅうと、葛餅風のお菓子に黒蜜ときな粉をかけて食べて貰おう。
……。
うん、作り過ぎたな!
戦士厨房長に運ぶのとか味見毒見等をまかせて、俺はゲーム部屋に戻る。
結局お昼前から数時間かかっちまった、お昼ご飯は食べなくても、料理の味見だけで十分お腹一杯になったけどね……。
部屋に戻るとゲームの真っ最中で、給仕の侍女さんとか護衛兵も部屋にいるのだけど彼らは存在感がすごい薄いというか……スキルを使って気配を消している気がする。
ゲームの邪魔にならんようにだと思うと、贅沢なスキルの使い方だよな。
彼らにペコっと頭を下げてから、セバスさんのナナメ後ろの椅子に座る。
今は戦闘中かな? ダイスの目に一喜一憂しているようだ。
ほどなくして戦闘も終わり、お貴族様達が一息ついている所に、厨房からのおつまみというかオヤツも届き休憩の時間になった。
……。
チョコアイスを美味しそうに食べて、俺に向かってグッドマークを示す銀髪お母さんエルフ。
「うーんやっぱりこのチョコアイスは最高に美味しいわね! ねぇタイシ君、私が領地に帰る時に一緒に来ない? 私の領地は自然がいっぱいで、王都とはまた違ったダンジョンも有るし冒険者として働くのに最高よ? 勿論後ろ盾として最高の支援も約束するわよ、対価はお菓子をたまに作ってくれるだけで後は好きに過ごしていいわ!」
銀髪お母さんエルフは俺をそんな風に誘ってくる。
うーむ王都とは違うダンジョンか、興味あるなぁ……カードがゲット出来るようになったら一度お邪魔したいね。
「おいおい俺が後ろ盾をしている奴を、目の前で引き抜こうとするなよ」
公爵様がキンピラゴボウを食べる手を止めて文句を言っている。
「もうテーブルトークの情報はすべて貰ったんでしょう? なら後は彼の好きにして良いって事じゃないの、別に寄越せと言っている訳じゃないし、遊びにきませんかって誘っているだ・け・よ」
銀髪お母さんエルフはそう言って公爵の反論をかわしている。
確かにうちに仕えろとかは言って来なかったな。
しかしそこに、甘いお菓子を次から次へと口に運んでいた熊耳女性貴族さんが参戦する。
「それなら私も誘って構わないという事ですね? 我が領地にもたくさんダンジョンは有りますし獣人族も様々な種族がいます、彼らは冒険者として活動する者も多く、冒険者ギルドの規模はこの国でも有数の大きさを誇ります、タイシ殿においては是非一度遊びに来てください……出来ればその時は我が家の料理人にお菓子の作り方を教えて頂きたい、特にこの蜂蜜きな粉棒は持ちやすく材料もシンプルで素晴らしい……我が領地にて真似してもよろしいですか?」
口の周りを、きな粉やチョコや蜂蜜でべとべとにしながら、そんな事を言って来る熊耳女性貴族さんだった。
駄菓子のレシピ権利を主張する気にもならんので、お好きにどうぞと許可を出しておいた。
まぁ、きな粉を作るのが結構大変なんだけどね。
男性貴族さん達は俺を誘う事はなかったけど、一人は煮卵やしぐれ煮のレシピを筆頭に他のも欲しがり、もう一人は揚げ出し豆腐を特に気に入ったようで、やっぱり各種レシピを欲しがった……。
ここには食いしん坊しかいないのだろうか?
伯爵以上の人しかいないはずなんだけどね。
それで公爵様はいつまでキンピラゴボウを食べているの……?
歯ごたえが最高? ……さいですか。
おやつなんだか早めの夕飯なんだかな休憩も終わり、再度ゲームに戻る彼ら。
テストプレイだからと、シナリオを少し短くしたってセバスさんが言ってたっけ。
予定通りならそろそろ……なにこれ……セバスさんの出したラスボスの能力がえぐい……これに勝てるのはココ妹ちゃんの出目が五人くらい必要じゃね?
……。
――
阿鼻叫喚のラスボス戦闘を終えた『木目を囲う会』の皆さん。
ボスは倒せたが、生き残りが銀髪お母さんエルフさんが操るドワーフの戦士だけって、ボスの戦力バランスおかしいよなぁ。
だがまぁテストプレイは中々に好評で、ルールの方向性もこのままで良いとの事。
ボーナスにも期待しろと言われて解放された。
やったね。
その後は料理のレシピを書いたり、文官さん達とテストプレイの感想を元にルールの改訂をしたりして過ごす。
そして夜になった。
お貴族達は夜のダンス社交パーティなんかを開いている。
年齢がある程度以上ないと参加できない社交パーティは、お見合いというか相手を見定めたりする場でも有るんだろうねぇ。
王都在住のかなりの数の貴族達がやってきて、ワイワイと騒がしさが遠くから聞こえてくる。
そんな中、俺はどうしているかというと。
年齢が低いためにパーティに参加できない小さい子達に、読み聞かせ会を開いている。
公爵様に、子供達の暇つぶしに何か相手してやれと命令されたのよね。
お屋敷に泊まっている貴族様の子供達だけなので、園遊会の時よりは少ない。
二十人はいないくらいだね。
……。
柔らかい絨毯の敷かれた大きな部屋で床に直に座り、紙芝居を披露している。
お題はいくつか公爵様に提案した中から採用された物で『辺境領主の苦労譚』と『貴族令嬢のお茶会』の二つ。
貴族のお子様達に妙な話を聞かせる訳にもいかないので内容は普通な話だ。
……。
とある辺境領地に若くしてそこを継いだ青年が――
人口の少ないそこには――
野盗の一団が街道に住み着き――
近くの領主同士の連携で――
冒険者ギルドからも――
問題は次から次へと積み重なるも――
奮闘する青年領主様を見ていた領民は――
なんとそこには貴重な薬草が生い茂り――
街道整備をしたい青年領主は根回しを――
横領を企てる悪党役人を糾弾し――
寄り親に褒められた青年領主は嫁を世話して貰い――
その貧しさに驚いた嫁は実家からの支援を募り――
水利を整え、道を整え、田畑を耕し――
領域を犯す魔物を蹴散らし――
やがてそこは辺境にある黄金の畑と呼ばれるように――
子供を育て後に継がせた元領主――
最後のご奉公を王都でこなし――
家族に囲まれ幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、おしまい。
話し終えた俺は、床に座ったキッズ達から拍手を受ける。
男の子達の方が楽しんだ感じかね? まぁ野盗や魔物との戦闘シーンとかもあったしな。
ふぅ……『辺境領主の苦労譚』はそこそこ好評だった。
いやまぁ内容がリアルすぎてあれなんだが……下手に夢を見せる話しをして、『僕も勇者になる!』とか言い出されても困るからなぁ。
……庶民向けに考えた話の方が、はっちゃけられて楽だったかもしれない。
内容もセバスさんに検閲されたしな。
さて次は女の子達向けの話だ。
……。
その子爵令嬢はある記憶を持っていた――
彼女は前回の人生での記憶を頼りに――
そのままでは破滅する事を知っている彼女は――
未来を知り流行の先を知っているというアドバンテージを――
前回とは違う新たな派閥に入る事の出来た彼女、しかし――
陰口告げ口は当たり前の世界だ、根回しすらしてなかった前回とは違うと――
完璧にやり込めた彼女は相手をどん底まで……は落とさずに救い上げる――
なぜなら何より怖いのは人の妬みや恨みの心――
利益と名誉はしっかり分配し――
本当に大事な事は一切表には出さずに気づかせない――
彼女は前世とは違い、身分の釣りあう相手の中から――
義務からの結婚だったが一緒にいるうちに彼女は――
そして可愛らしい子供が――
彼女は子供にきっちりと貴族としての教育を施し――
今日もお茶会を開くのであった――
幸せに? 暮らしました? とさ、めでたしめでたい? おしまい。
話し終えた俺に、キッズ女子達から万雷の拍手があった。
ええぇぇ……。
ちょっと内容が薄いとセバスさんに言われたので、貴族女子達のドロドロな人間関係を加えたこの作品だったが。
正直子供には受けないと思っていたんだが……男の子達はよく分かっていないようだが、女の子達はこのドロドロ劇を理解しつつ、キャッキャキャッキャと楽しめたらしい。
女の子は小さくても女性だって事だな……恐ろしい。
まぁ話も終わったし挨拶して終わりにしよう。
「皆、タイシ君の紙芝居を聞いてくれてありがとうね、そろそろ寝る時間だよー、ばいばーい」
バイバイと返してくれながら、お付きの人らに連れていかれるキッズ達。
連れていかれる子達を見送りつつ、俺はある事から目を反らしていた。
……。
……そう、銀髪エルフ少女が……なんかこう……ちょこっと背が伸びてるような気がしたんだ。
いやいや気のせい、そう、気のせいだよね!
帰る前に俺に握手を強請った銀髪エルフ少女の、俺を見る熱のこもった目も、あれはきっと紙芝居が超面白かったからに違いない!
そうであってくれ……。
勿論俺は無視する訳にもいかんので、笑顔で対応はしましたよ?
しかし、お子様相手に言質を取らせない気遣いをしないといけないとか……女の子コワイと思いました……。
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