第31話 Fランクのお菓子作り
おはようございますタイシです。
昨日はスキルを使いすぎてちょっとやばかったです……まだまだ基礎能力が低いですね。
戦闘系スキルに比べて雑魚スキルの基礎能力の上がり方は低めだし、しょうがないのかもしれません。
さてはて、午前一番に文官さん達と会議室で出来上がった諸々の新ルール案をチェック。
いくつか疑問に思った部分を指摘してから書類を返して終わり……。
ちなみに、地味な方のカップルは結婚が決まったそうです。
……芋文官君ってば手が早すぎじゃね?
派手な方? なんかケンカしちゃったらしいですよ。
まぁケンカするほど仲が良いとも言いますが、見ている限りだとあと数年以内にはゴールしそうですよね。
どっちかが素直になれば一瞬でいけそうなんですけど。
そしてココがチョコの材料を俺に渡して来た……えっと、カカオ豆だけ持ってきたの?
……足りない物があるので、助けてセバエモーン。
「私はそんな珍妙な名前になった覚えはないのですが? それで何の御用でしょうかタイシ殿」
足りない材料を頼んでみると、昨日の出し物もお貴族様達にはほどほどに好評だったとかで、ボーナスの一部として厨房に話を通してくれるとの事だった。
やったぜ。
朝食が終わりお昼の仕込みが始まりそうな上級厨房のトップに話を通してくれるセバスさん。
公爵家の食の一番上位にいる人だからね、そこまでになると一代限りだけど騎士爵とか貰えるらしいよ?
いかつい顔と体格で何故か顔に切り傷が残っている中年男性で……。
貴方歴戦の戦士なんじゃね? って感じの戦士厨房長に紹介される。
「ほうお前さんが公爵家お抱え大道芸人のタイシか、菓子が食いたいなら言ってくれれば作るぜ? 大量に必要な場合は上の許可も必要だけどな」
顔は怖いが気の良さそうなおっさんだった。
俺は理由を説明する事にして。
「大道芸のお手伝いをしてくれた人達にお礼をしたいんです、お礼ですから自分で作ってあげたいんですよ、場所は何処でも作れるので材料だけ頂ければ大丈夫なんですが」
それを聞いた顔のいかつい戦士厨房長は、俺の肩をバシバシ叩きながら。
「ほほう思いを籠めたお礼か、そういうの嫌いじゃないぜ! だが調理は俺の目の届く範囲でやって貰う、砂糖なんかは高いしな、無駄にするようなら鉄拳が飛ぶからな? 場所はそっちの隅っこでやれ」
そう言って俺から離れていく戦士厨房長。
側に残っていた料理人さんが材料のある場所へと案内してくれるとの事。
話を聞くと上級厨房の中で一番下っ端らしい。
ありがとうございますと、材料を色々集めていく俺。
いやぁ、さすがに公爵家の厨房だな、今まで見かけなかった材料があるわあるわ。
材料を集め終わり、厨房の隅っこで一人になった俺は早速調理を始める。
ちなみに厨房長に会う時から〈生活魔法〉で身奇麗にしているし、一応エプロンも借りて装備している。
さてカカオ豆やら砂糖やら、後は味バリエーションのための諸々やら揃えて。
いざ調理開始! ふふんふんふんふ~ん。
……。
――
美味しそうに出来ましたー!
ふー、やっぱりテンパリングは難しいなぁ……。
普通の口の中に入れると溶ける固形チョコに始まり。
ガトーショコラ、チョコックッキー、チョコドーナッツ、チョコタルト、チョコプリン、チョコ蒸しパン、チョコミルクレープ、チョコロールケーキ、チョコムース、チョコラスク、チョコパイ、チョコパウンドケーキ、チョコドリンク。
そしてチョコアイスは温度を下げた〈引き出し〉の中に入れておく。
「場所と材料ありがとうございました、じゃぁこの食事を運ぶサービスワゴンも借りますねーではーではー」
色々と完成したお菓子を詰め込んだ大き目のサービスワゴンが四台必要な量だった。
ワゴンの周囲は〈生活魔法〉で一応温度を下げている、普通にスキルが使えるのが嬉しいね。
それってつまり、この厨房にいる連中は俺に敵意がないって事だもんな。
だがまぁちょっと作り過ぎちゃったかもしれないなぁ……まいいか。
おやつの時間に丁度良いだろうし、早くココファミリ―にお届けせねば。
そうしてワゴンの準備を終えた俺が移動しようとすると、肩をガシっと掴まれる。
……俺の肩を掴んだのは戦士厨房長だった。
「えっと何か御用ですか? そんな真剣な目で見つめられても、男には興味ないんですが」
一瞬でも肩から手が離れたら逃げる準備をして、相手が狼狽えるような事を言ってみた俺だが。
「いやな……お前さんが一切調理器具を使わずに材料を宙に浮かせて調理したとかも不思議ではあるんだが……異世界の大道芸師が、これほどまでの菓子を作るとなりゃぁ味見しない訳にいかないだろう?」
見事にスルーされた上に、ニヤリと笑みを零して迫る戦士厨房長。
悪党顔が怖いんで顔近づけないでください。
「これは俺が彼女達にお礼をするために愛情を籠めて作った物です、俺の愛情を食べたいって事ですか?」
俺がさらにそんな風に茶化すと、周りの料理人達がざわついて厨房長から一歩離れた。
「ちげーよ! そしてお前らだって分かっててこんなのにノルなよ!」
戦士厨房長は料理人達に突っ込みを入れている、仲いいね。
「じゃそういう事で」
「まて! 上級厨房の材料を使って公爵家の関係者に出すんだろ? 俺は責任者として確認する必要がある!」
「じゃそういう事で」
「だから待てって……くそ……味見させてください、お願いします」
戦士厨房長は頭を下げてきた。
周りの料理人がさっきと違った意味でざわついた。
「はい、いいですよ、じゃぁ取り分けますんでお皿の準備してください」
誠実に頼まれたら普通に味見くらいはさせるよね。
ただちょっと最初の言い方が偉そうだったので勿体ぶっただけの事だ。
少しずつチョコ菓子を分けてから厨房を出ていく。
後ろを振り返ってチラっと見てみると、戦士厨房長は一つずつ丁寧に味わっていた。
感想を後で聞いてみるのもいいかもね。
……。
――
ワゴンと共に上級食堂に入っていき。
……ココ達には一応伝言をメイドさんに頼んでおいたんだけど、あ、いたいた。
ココファミリーは上級食堂の隅の席に座っていた。
あれ? ココパパもいるのか。
「こんにちはー皆さん」
俺がそう挨拶すると、ココファミリーは挨拶を返してくる。
「家族に変な物を食べさせないか監視にきたからな」
「こんにちはタイシさん態々のご招待ありがとうございます」
ココ両親は相も変わらず。
「タイシさん! チョコがついに完成したのですね? 美味しそうな匂いです」
「タイシ兄ちゃんすっごく良い匂いだねー、チョコってあの高いお菓子だよね? 僕達が食べていいの?」
「タイシ兄様お手製のお菓子すっごい楽しみです! ワクワク」
ココ姉妹ズは楽し気だ。
ワゴンにはフタがついていて上部は中が見えないようになっている、俺はフタを外してからお菓子をテーブルいっぱいに並べる。
そしてチョコドリンクを入れて四人の前に置く、ちなみに俺は給仕のために立ったままだ。
「練習も含めて出し物のお手伝いありがとうございました、俺からのささやかなお礼ですか召し上がってください、ではどうぞ、紅茶もありますのでそちらが良ければ言ってくださいね」
ココが即座に食べ始め、ココ妹ちゃんやイエローも美味しそうに食べる。
ココママは食べ方も優雅だな。
「私の分の飲み物と取り皿とカトラリーがないのだが……」
ココパパの呟きが零れる。
はて? ココパパにお礼する事なんてあっただろうか?
俺を見ているココパパをただニッコリと見つめ返す俺。
ココパパは悔しそうだ。
そのやり取りを苦笑いしながら見ていたココママが、ココパパにあーんで食べさせている。
チッ! 美人のあーんとかリア充め!
仕方ないから苦い紅茶でも入れてやるわい!
イチャイチャなあーんを見せつけられるのも嫌なので、ココパパの前に紅茶やフォークや取り皿を出してやる。
「ありがとうタイシさん、ほら貴方も」
「意外に美味いなタイシ……これなら娘達も喜ぶだろう……」
素直じゃないねぇココパパは。
ってせっかく食器類を出してあげたのに、ココママとあーんをし合うんじゃないよ! ラブラブかよ!?
ぬぐぐ……仕方ないのでイチャイチャ夫婦は視線から外して、ココ姉妹ズを見る事にしよう。
……いや、なんでココはガトーショコラを食べながらちょっと泣いてるのさ……。
「うう……すごくおいふぃいれす、モグモグ、こんなに美味しくてこの量だと私のお給料じゃ絶対に食べられません……もぐもぐ、タイシさんあふぃがふぉー」
食べながらしゃべるんじゃないよ……、はいはいどういたしまして。
「タイシ兄ちゃん! これすっごい美味しいね! いいなータイシ兄ちゃんと結婚したら毎日これが食べ放題かぁ……」
そうチョコプリンを食べながら言うイエロー。
毎日食ったら太るぞと言いたいが、今この場でそれは絶対に言っちゃいけないセリフだと、俺の野生の勘がささやいている。
「タイシ兄様……美味しいのに全種類食べられそうにないです……ぅぅお昼を減らせばよかったです……」
ココ妹ちゃんは少し悲し気にそう訴えかける。
「ココ妹ちゃんの頼みならいつでも作ってやるから、好きなのを食べておけ」
ココ妹ちゃんは俺のその言葉を聞くと、悲しそうな顔から一転し、ニパァっと嬉しそうな笑顔で食事を再開した。
ココがチョコを食べながら『妹には無償で、私は貸しが一つ必要って、妹に優しすぎませんか?』とか呟いている。
お前は妹に張り合うなよ……十歳に満たない子なら誰だって優しくするだろう?
……勿論、性格の良い子限定の話な。
……。
……。
うーんやっぱり作りすぎたな、ココファミリーもかなり食べているが、かなり残りそうだ。
とその時、食堂の入口から女性の護衛っぽい人に守られた少女が現れた。
確か……昨日の出し物の時に、ジェスチャーゲームで正解した女の子だよな?
銀色でロングの髪がサラサラと揺れ、瞳も同じ色で八歳くらいか?
すごい美少女だよね。
それと、あの時の妖精も銀髪少女と一緒にいる。
そして、この護衛の女性も少女の方も耳が尖っているんだよね。
たぶんエルフだと思う。
食堂関係者がちょっと困り顔で遠巻きにしているなぁ。
そりゃあ、ここは使用人区画だしな……。
銀髪エルフ少女は食堂内を見回し、俺に視線を向けたと思ったら走って近寄ってくる。
急に駆けだした少女の後ろを護衛が急いで追いかけている。
俺の目の前で止まった銀髪エルフ少女は、空間から何かを取り出し、それを俺の前に差し出し。
「タイシ君様! これにサインをくださいまし!」
俺の前に差し出されたのは、タイシ君好き好きウチワだった……。
……ウチワを欲しがったのは、この子だったのか。
一応警戒していたのか、食事を止めこちらを見ていたココ両親も警戒を解きデザートに戻っていく。
待ってよ、身分も分からん貴族の子供相手にどうすりゃいいのよ?
助けてくれよ……。
俺は困って赤髪の護衛らしきエルフさんに視線を向ける。
すると護衛の赤髪エルフ女性は。
「どうかお嬢様の願いをかなえて頂けないでしょうか? お嬢様はあの踊りと歌が大変気に入ったようでして、タイシ君様とお話ししたいと昨日からずっと言っておられたのです」
いやサインくらいならいいんだけどさ……。
こっちの世界に油性ペンとかないよね? どうなの?
すると魔道具っぽいペンを渡された……え? これで書けちゃうの?
試しに貰った植物紙に書いたら、油性マーカーっぽい書き味だった。
異世界魔道具技術すげぇな!
それならばと銀髪エルフ少女からウチワを貸して貰い、〈達筆〉スキル等を使いながらサインを……日本語とこちらの言葉両方で書いていく。
大志とタイシって。
「はいどうぞ、こっちが俺の世界の言葉で書いたサインな」
そう言いながらサイン付きウチワを返す。
銀髪エルフ少女は大事そうにウチワを受け取り、そのサイン文字を見つつ。
「異世界の文字ですわ、やっぱりタイシ君様は異世界から召喚された勇者様なのですね」
俺を憧れを秘めた目で見ながらそんな事を言ってきた。
「いや違うから! 俺は強くも何ともないタダの異世界人ですよ?」
異世界召喚された中にはユニークスキルを持つ者もいて、勇者と呼ばれる事もあるとは聞いたけど、俺は違うと懸命に否定する。
しかし銀髪エルフ少女は聞いてくれない。
「お母様が言っていました、貴族達の呆れた目の中であのような出し物を出来るなど、大変勇気のある者だと、勇ある者つまりタイシ君様はやっぱり勇者なのです!」
それ……お母さんは違う意味で勇気あるって言ったんだと思うなぁ!
……どうしようお母さんの言った意味をじっくり説明すると、あの出し物を楽しんでいたこの子の気持ちを踏みにじりそうだ……。
否定したいが否定できないジレンマ!
「勇者ならば城から追い出されるような事はないはずですよ、お嬢様」
仕方がないので、俺は違う方向からアプローチして否定する事にした。
だがそれを聞いた銀髪エルフ少女は途端に怒り出す。
「それは聞きましたわ! タイシ君様を無能だと城から追い出したと……しかも援助すらほとんどせずに……」
銀髪エルフ少女は怒りで体を震わせている、そして。
「タイシ君様!」
「はい、なんでしょう?」
「私達森エルフの派閥はタイシ君様の味方だと思ってください! いつでもどんな事でも困ったならば私を頼ってくれば必ずお助けします!」
銀髪エルフ少女はそう声を高らかに宣言してきた。
まぁ小さな女の子が何を出来るとも思えないが、その心意気はすごく嬉しかった。
なので嬉しかった気持ちにはしっかりお返事をしなくては。
「ありがとう御座いますエルフのお嬢様、俺は勇者ではないけれど、今は勇者でなかった事に女神様に感謝をしています」
「何故感謝を?」
銀髪エルフ少女が不思議そうに聞いてきた。
そこで俺は、いつでも大道芸が出来るように仕込んでいたタネを使い。
エルフ少女の前にしゃがんで視線の高さを合わせ、小さな花束を差し出す。
彼女の髪の色に合わせた白銀色の花だ。
ちょっと前にセバスさんに頼んで手品用の花を庭師から貰える許可を得たんだよね。
「それはね、追い出された事で素敵な人達に出会う事が出来たからですよ、そして貴方もその一人だ」
そうウインクして、ちょっと気障っぽく振る舞ってみた。
俺を追い出した城の奴らより、おっちゃん兵士やココは勿論なんだか、三区にいる人の方が純朴に感じるんだよな。
城に残るより断然追い出されてよかったよ。
まぁ三区にも嫌な奴がいない訳じゃないんだけども……冒険者の中にはからんで来たりした奴もいたし。
でもまぁなんていうか陰険な絡み方じゃないというか、暴力的ではあるが真っすぐなんだよなぁ……それが良しとは言わないけどね。
さて、妖精が俺の耳を引っ張って、私もお菓子が食べたいと煩いのでどうにかしよう。
花束は受け取ってくれたが、銀髪エルフ少女は特に反応もなく俯いてしまっているのでちょっと放置する。
ココファミリーに許可を得て、妖精にもお菓子を各種取り分けてあげると、すぐさま妖精はお菓子に突撃をし、体をチョコ塗れなにしながら食べていく。
後で〈生活魔法〉を使って奇麗奇麗にしてやらんとな……。
いまだに俯いたままの銀髪エルフ少女にも、お菓子を勧めていいか赤髪護衛エルフに聞くも何か様子がおかしい。
ココ両親も食べ終わったのか様子が変だな、さっきまでイチャついてたのに……。
まぁ貴族の子女が来たらそんな事やる訳にいかんか?
しばらくしてから赤髪護衛エルフから許可が出たので、銀髪エルフ少女もテーブルに着かせてお菓子を食べさせる。
なんか頬が赤いな銀髪エルフ少女……そんなにチョコが好きだったのか!
もしや食堂に突撃してきたのも、このチョコの匂いを嗅いだせいとか?
となると、タイシ君サインはついでだったのかもしれない。
材料費と報酬を頂けるのなら、チョコくらいいつでも作るのにな。
そんな事を考えつつも、皆に飲み物のお代わりを入れる俺であった。
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