第32話 Fランクの失恋

 こんばんはタイシです。


 今は3時のオヤツであるチョコパーティが終わった夕飯前の時間である。


 あの後、結局一欠けらもチョコ菓子が残らなかった。

 何故かというと、最初はココファミリーに遠慮して遠巻きに見ていた食堂関係者が、銀髪エルフ少女や妖精の参加を見た事で羨まし気に見てくる訳ですよ。


 ココファミリーもさすがに気になったのか、ココママが『皆さんも如何ですか』と言った瞬間、テーブルに人々が殺到しあっと言う間にお菓子がなくなってしまった。


 君らさぁ、一応貴族のお子様の前なんだから遠慮しなさいよ……。


 銀髪エルフ少女の分は退避させておいてよかった、彼女はお菓子に満足したのか、頬を赤らめてお礼を言ってから帰っていったからね。


 銀髪エルフ少女は空間系のスキル持ちみたいだし、空間内の温度も弄れるというので、チョコアイスも渡しておいた。


 勿論ココ達にも最後にチョコアイスを披露。

 ココ妹ちゃんもお腹一杯の中でも食べきっていた。

 女の子には別腹が存在するしね。


 チョコアイスの頃には落ち着いていたココに質問されたんだよ。

 なんで園遊会での出し物をあれにしたのか? ってさ。


 それで俺はこう答えた訳だ『そりゃ大人が楽しめる出し物にしたら、他の貴族や王城の連中に呼び出されるかもだろ?』ってな。

 ココはそれで納得してくれたみたいだった。


 さすがにあの内容の出し物を、自分の所でもやれとか言う貴族はいないだろうしなぁ。

 タイシ君かしこいよね。


 そんな風に逃避的に過去の出来事を考えている俺に向かって声がかかる。


「という訳でなお前に……おいタイシ、ちゃんと聞いているのか?」


 公爵様が怪訝そうに聞いてきた。


 今いるのは、とある小さな部屋で社交用の部屋だろうか?

 広さはそれほどでもないが、数人で酒やツマミを楽しみながら話をする部屋とかなのだろう。

 真ん中に木で出来た長方形のテーブルが置かれ、その周りにお貴族様達が座っている状況だ。


 お誕生席に公爵様が座り、長辺部分に男女二人ずつ四人のお貴族様だね。

 そして何故か俺が公爵様の対面に座らさられている。

 タイシおうちに帰りたい……。


「聞いています公爵様、しかし何故俺が皆様のテーブルトークを見守らないといけないのでしょうか……」


 そう、アドバイザーとしての参加を要請されたのだ。


「やっぱり聞いてないじゃねーか……今回のシナリオは新しいルールのテストプレイも兼ねる事にするから、作成に携わったお前を参加させるって言ったろう?」


 公爵様が呆れた声でそんな事を言ってくる。


 それなら四人の文官ズでもいいじゃないか。


 セバスさんは我関せずに立っているだけで助けてくれないし、公爵様だけならまだいいけど……他のお貴族様に無礼だのなんだのって事になったら嫌だってば。


 公爵様は続けて口を開く。


「それによ、お前に会いたいって奴もいるしな……てかタイシお前、貴族の子供に告白したんだって? 報告聞いてびっくりしたぜ? ……まぁお前は異世界人だから意味を理解してなかったんだろうけどよ」


「そうだとしてもやった事には変わりはないわよ」


 俺が公爵様の言葉に驚く暇もなく、横に座っている内の一人、奇麗な銀髪のエルフさんが口を出して来た。


 告白? ……思い当たるのは花束かチョコか? バレンタインの文化?


 横の席から口を出して来たのは、ぱっと見は二十……いや十代後半でもおかしくないくらいの美人さんに見えるが、エルフだし此処にいるって事はもっと年上なんだろうか?

 やっぱあの銀髪エルフ少女のお姉さん? お母さん?


 公爵様は身振りで俺に何かを促す、会話をしても良いって事かね、なら遠慮なく。


「初めまして、えーとチョコを食べさせた子の……お姉さん? エルフに花束をあげたりチョコ菓子を食べさせるのは告白になるって事でしょうか?」


 そんな疑問をぶつけてみた。


「私はあの子の母親よ、まぁエルフの氏族によっても解釈は色々あるんだけども……結婚してもおかしくない年頃の相手に、相手の髪色や目と同じ色の花をプレゼントするのはプロポーズと見なされるわね」


 母親って事は俺の事を勇者と言った人だったらしい。

 というか、どうみても十八、九のお姉さんなんだが……。


 花の色かぁ……日本にも花言葉とか有るけどそこまで気にされないよなぁ。


 取り敢えず言い訳はしておこう。


「お待ちください、どう見てもあの子は八歳から九歳くらいでしたよ! 結婚相手にはならないと思うのですが?」


 く……丁寧な言葉にするのが難しい……。


 公爵様が苦笑いしながら、無理に丁寧な言葉を使わなくていいと仰ってくれた。

 ありがたい。


 銀髪お母さんエルフは。


「あの子はああ見えても年齢だけなら貴方と同じくらいよ?」


 は?


 え? まじで?


 いやいやいや、長寿のエルフには俺が子供に見えるとかそういう意味かもしれん……困った俺は公爵様を見ると。


「たしかあの子の年齢は二十歳くらいだったか?」

「そうねそれくらいだったかしら?」


 公爵様が銀髪お母さんエルフに確認を取り、少女の年齢が二十歳だと知れてしまった……俺とタメじゃん。


 いやいや負けるなタイシ。


「いやでも、長寿種族はその精神性で大人かどうかを決めると聞きました、あの子は見た目も感性も子供っぽかったですし……人間にしたら十歳以下くらいではないかと思うのですが」


 よし、これで論破だ。


「確かにそうね、でもね恋は女を変えるのよ? そしてエルフは精神が熟せば肉体もそれにならうの」


 銀髪お母さんエルフは不穏な情報を落としていく……。


 俺は覚悟して結論を聞く。


「つ……つまり?」


「恋によって精神が急激に成長すれば体もそれに合わせて成長するわ、しばらくしたら貴方の隣にいてもおかしくないくらいには成長する……かもしれないわね? すぐ飽きるかもしれないしまだ分からないけども、まぁどっちにしろ、あの子を泣かせたら神木の養分にしちゃうけどね」


 にゃー殺気が痛い痛い痛い! 殺気だけなのに痛みを感じるってナニコレー。


 謝っておこうそうしよう。


「知らない事とはいえ大変申し訳ない事をしました……あの少女に俺はそんな気がなかったと土下座して謝りに行くので許してください!」


「あら……脅かし過ぎちゃったかしら? 別に謝罪はいらないわよ、あの子の精神が成長する良い機会だし、弄んだりしなければその気がなくても構わないわ、それよりあの子を無視とかしないであげてね? 結婚とかはどっちでもいいから」


 さっきの殺気は本気ではなかったのか……冗談であの威力ってこの世界怖すぎる。


 俺がホッと胸を撫でおろしていると公爵様が俺に向かって話しかける。


「なぁタイシよ、お前についての報告を聞くにどうにも結婚を避けているように思えるんだが……娼館にも通っているし女性嫌いという訳でもなさそうだし、何か理由があるのか?」


 俺についての報告って……そりゃまぁ監視くらいはされてるか……。


 なんでお貴族様の前でそんな話をせんといかんのですか?

 俺は口を閉ざす事にする。


 だが公爵様と、何故か銀髪お母さんエルフも許してくれない。


「否定もせず黙っているという事は言いたくない何か理由があるのだな? コーネリアの件もある、沈黙は許さんし嘘や誤魔化しもここで無意味だ、観念して白状してしまえ、外には洩らさんから安心しろ」


「嘘ついたら私が気付いちゃうからね~、うちの娘のためにも聞いておかないとね? ワクワクするわね! 恋人に浮気されたトラウマか何かかしら~」


 銀髪お母さんエルフがちょっとうざい。

 昼ニュース番組の芸能人ゴシップコーナーを見る主婦か何かか!


 うぐぐ……心を読める女神にも気づかせなかったってのに、くそぉ。


「俺は前にいた世界で一人の女性と恋人だったんですよ……」


 話すしかないか……。


 公爵様と銀髪お母さんエルフは元より他の貴族も何か楽し気だ、人の恋バナは楽しいものな。


「俺は結構本気でしてね、その女性と結婚して家族を作る気だったんです、俺の家は冷え切っていたし、すでに家にいなかった生みの母親は……俺を生む契約を親父としただけの女性でした……そんな訳で家族って物に憧れてたんですが……結婚の話をしたら金が目的だったと暴露されまして……それ以来遊びや割り切った関係なら問題ないんですが、本気のお付き合いはちょっと拒否感が湧いてくるんですよ」


 この記憶は思い出すと今でも胸が苦しくなる……だから忘れていたかったってのに掘り起こしやがって……。



 公爵様は成程と納得して口を閉じたが、銀髪お母さんエルフは遠慮なく来た。


「ふーん、ねぇその子にはお金をたくさん使わされたの? それとその女性は自分からお金が目的だって暴露してきたの?」


 そんな疑問をぶつけて来る。


 まだ質問してくるのかよ……そりゃあいつのデートやらプレゼントには……。


「諸々で数千万、えーとこの世界だと二区の宿屋に五千回は泊まれるくらいの金を使ったし、結婚の話をしたら金目的だと言われた」


 部屋にいる男どもは俺を憐れみの目で見るが、女性陣はアホを見る目で俺の事を見て来る。


 え? 何その視線の差。


 銀髪お母さんエルフは溜息をつきながら。


「馬鹿ねぇ貴方……本当にお金目的の悪い女なら自分から暴露なんてする訳ないじゃないの、きっとその子には貴方と結婚するには厳しい障害があったのよ、お金の件はそれすらも許容して強引に来てくれるのなら、覚悟を決めて貴方に向き合ってくれたと思うわよ? どう思う?」


 と隣の獣人種の女性貴族に顔を向けて聞く銀髪お母さんエルフ。


「私もその意見に賛成ですね、悪い女なら暴露なんてせずに姿を消しますよ、貴方の口調からその数千万でしたか? それが大した額ではないというのを感じます、それは貴方の資産の何%なのですか?」


 獣人種でたぶん熊? の貴族女性からそんな事を聞かれる。


 数千万だぞ? すげぇ額じゃ……あれ? 俺の日本での資産でいうと……。


「一%にも満たないですね……」


 二人の女性は、それみたことかと呆れた表情で。


「それは確定ね、どうせ結婚の話も真剣に告白したんじゃなく、飲みながら軽く言ったとかそんなんじゃないの?」


「あー軽めに言う事で逃げ道を残すって奴ですね、ヘタレ男性によくあるやつです」


 ボロクソに言われる俺だが、この人ら俺の告白を見てたんですか?

 その通りだよちくしょう!


 てことは……あいつは……俺がもっと真剣に告白しておけば? いやでも……。


 俺が別れた女性に思いを寄せていると……。


 公爵様が。


「タイシの事情は分かった、じゃまぁテーブルトークを始めるか」


 俺の過去の重大事をサクっと流しやがった!


「ちょいちょいちょいちょー-い! 俺の悲惨な勘違いかもしれなかった過去をほじくり出しておいて、その軽さは酷くないですか?」


 貴族様達がいるが、もう口調なんて知った事か!


「いや、だってなぁ?」


 公爵様は他の貴族様達を見やる、すると一人ずつ俺に向けて。


「貴方がヘタレで恋人を逃がしたってだけの話じゃないの」

「ですね、これを踏まえていい男になるべく精進してください、ってくらいですかね」

 女性陣は辛らつで。


「ふむ……まぁ金を貢がされるなんてよくある話だし、家同士の婚約が決まった貴族子女の恋人が、身を引く時に嘘をつくなんてのはありふれているからな」

「このあいだの男爵跡取りの話の方が落ちもあって秀逸でしたなぁ……まさか平民だと思っていた恋人が他貴族の落とし胤だったとは……あの後のすったもんだは楽しかったですな」

 男性陣には話が軽かったと流された。

 俺の中の重めなトラウマ話だったんだが……。


 それに銀髪お母さんエルフは俺に向かって真剣な表情で。

「それにね貴方はまだ本気で恋をした事がないのだと思うわよ?」

 なんて言いやがった。


 いやいやそれはないだろ、俺は結婚したかったんだぜ?


 俺の表情を見て納得していないのを感じたのだろう。


「貴方が本当にその恋人さんを心底愛していたのなら、破産しない程度のお金なんてどうでもよいはずで、もっと踏み込んでいったはずよ、そうしたらもしかしたら違う未来があったかもね? ……恋はね落ちていく物なの……理屈で考えて自由に動ける間はまだまだ恋の沼に嵌っていないのよ、貴方の話を聞くに……家族という物に憧れが強かったのではないかしら? まずは相手の恋人さん個人をもっと見てあげるべきだったのよ、好きだった事は確かなのでしょうけどね……」


 銀髪お母さんエルフさんの、その説明を聞いた俺はショックを受けた。


 そうかもしれない……俺は家族になる事を優先していた?

 あいつの事をちゃんと見ていれば……もう一度会えればもしかしたら……。


 だがそこに熊獣人貴族女性が追加の話をしてくる。


「まぁもう過去の事だな、今頃その女性は貴方より甲斐性もあって、貴方より優しくて、貴方より愛してくれる人と一緒にいて幸せになっていると思うわよ? 女性は終わった恋は引きずらないからね? 念のために言っておく」


 女性陣はウンウン頷き、男性陣は苦笑している……。



 く……いやそうなんだろうけどよ……感傷に浸るくらいさせてくれよ……容赦ねぇな、この人達。




 でもなんでかな、ずっと心に引っ掛かっていた物がなくなった気分だ。

 もしかしたら俺は、やっとあいつとの失恋を受け入れる事が出来るのかもしれないな……。

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