第29話 Fランクの苦手な事

 魔:それで僧侶は何が苦手だっていうの?


 僧:勿論ゾンビよ! 腐った状態でずりずり迫って来るのよ? 怖くない訳ないじゃない!


 魔:確かにゾンビは気持ち悪いわね、戦士、貴方はどう? 苦手な物はある?


 戦:俺は溶解スライムだな、せっかく買った剣が溶かされちまうんだ、苦手にきまってらぁ! そんなお前はどうなんだよ魔法使い。


 魔:私? 私はアイアンゴーレムね、魔法がほとんど効かないんだもの、一人じゃ会いたくないわよ! って会話に参加して来ないけど斥候の苦手な魔物は何なのよ。


 斥:苦手な魔物? 俺にそんなものある訳ねぇじゃんか、冒険者ってのは色々な魔物と戦うもんだ、お前らみたいに一々怖がってられるかよ。


 魔:何よその言い方! ……ムカつくわね、苦手なものが一つもない冒険者なんている訳ないじゃないの、例えばそうね……ゾンビなんてどう?


 斥:はっ! あんなウスノロを怖がる奴がいるのかよ、迫ってきたらチョイッと横に避けてから足を払えば倒れるじゃねぇか。


 魔:じゃぁ、溶解スライムやアイアンゴーレムはどうなのよ!


 斥:スライムなんて専用のアイテムを放り込んでやりゃぁ一発で固まるじゃねぇか、そういったアイテムを事前に準備するのが当たり前だぜ? ゴーレムは頭からっぽだから罠にかければ一発だし、あんなのが苦手な方がおかしいね、お前らも冒険者が魔物を苦手にしてどうすんだよ、あほらしい。


 魔:本当にむかつく言い方ね……じゃぁいいわよ魔物以外で何か苦手な物ってないの?


 斥:魔物以外? ……そりゃお前……いや……いいや、苦手な魔物って話だっただろう?


 魔:あるのね! 私達全員が苦手な物を言ったのだから貴方も言いなさいよ!


 斥:……仕方ねぇなぁ……俺はチョコレートが苦手なんだよ……。


 魔:はぁ? チョコってお菓子の? 冗談でしょう?


 斥:チッ、だから言いたくなかったんだよ、俺はなガキの頃に病気になって薬のカカオを飲まされた事があるんだ、あれはすげぇ苦くてよぉ……しかも病気は治らずに死にかけたんだ! それ以来チョコの匂いが苦手でな? 最近二区じゃぁチョコレートを売る店も増えてきただろう? 匂いを嗅ぐたびに鳥肌がたつんだ、なもんでチョコレートが苦手なんだよ! もういいか? 思い出したら気分悪くなったし俺は寝るからな!


 そうして斥候がベッドに寝てしまったので残った三人は部屋を出ていく。

 そして三人でお金を出し合って二区でチョコレートを買い求め、斥候の枕元に置いておく事にした。


 チョコを置いた三人は部屋の外で斥候が起きるのをじっと待つ。


 戦:なぁ、ちょっと可哀想じゃないか?


 魔:これくらいかまわないわよ! 匂いで死ぬ訳じゃないし、私達の事を散々馬鹿にしたんだから!


 僧:チョコすっごい高かったですけどね……これが終わったら私へのチョコの配分は多めに要求します。


 戦:む、斥候の奴起きたようだぜ。


 ドアの隙間からその様子を覗く三人組。


 目が覚めた斥候は、その独特の匂いに気づき枕元にある袋を覗く。

 ……中身を確認した斥候はとくに怖がる事もなく、すぐさまチョコレートを取り出して食べていく。


 それを見た三人組は驚いて部屋に突入していく。


 魔:ちょっと斥候! 貴方チョコレートは苦手なんじゃなかったの!? 何を普通に食べているのよ!


 斥:もぐもぐ、そりゃお前、こんな高い物を自分で買ったらお財布がカラッポになるだろう? それを思ったら鳥肌の一つもたつってもんだ、匂いを嗅ぐと死にかけた昔を思い出しちまうから、自分の口の中に処分しているんだよ、もぐもぐ……ごっそさん。


 僧:ああ……一粒も残っていません……。


 魔:それは苦手って言わないわよ、嘘じゃないの! ちょっと本当に何が苦手か教えなさいよ!


 斥:そうさなぁ……甘さで口がいっぱいだし、今はちょっと苦めのエールが苦手だな。



 ……。



 ――



「以上でこのお話は終わりです、ご清聴ありがとうございました」


 俺はそう言ってテーブルの上に正座をしたまま、頭を観客に向けて下げた。


 観客はそれで話が終わった事を理解したのだろう、投げ銭と拍手が飛び交う。


 テーブルの前に置いた大皿には前回と同じく投げ銭が次々と入って良い音を響かせ……ん?


 んん?


 んんん?


 ねぇこれ銀貨に見えるの俺だけかな?


 ちょっと周囲のお客を見てみる。


 あっれぇ……なんですごい立派な服を着たお貴族様みたいな人達がいるんでしょうか? ってか公爵様? 貴方も何してんの?


 最前列から少し横に逸れていたココを手招きして、こっそり聞いてみる事にした。


 ……。


 ほうほう……歓声や拍手が気になって、落語の二話目あたりから様子を見にくる人が?


 それでこの人達って……泊りがけで来ているお貴族様達でしたか……てかここは使用人食堂ですよねぇ!?


 面倒事に巻き込まれる前に、へこへこと頭を下げてチップを回収して逃げようとする俺。


 だがしかし。


「タイシ! ちょっとこちらに来い」


 公爵様に声を掛けられてしまった。

 くそ……アンコールに七回も応えるんじゃなかった……。


 ……。


 上級使用人食堂のテーブル周りに座る公爵様と他貴族様やご家族様?

 まぁ豪華な服の方々で質素な食堂に似合わない人達だね。


 観客だった上級使用人達はそそくさと退避していき……ココファミリーもココ以外はココパパが促して食堂を出て行く。

 ずるいぞ! タイシも連れていってくれよぉ……。


 ココは俺を心配して残ってくれているのかな? 優しいなぁココは。


「あれは異世界人が伝えた……確か……饅頭が怖いとかいうやつの派生だな?」


 公爵様がそう聞いてきた。

 そりゃすでに落語くらい伝わっているよねぇ。


「そうですね、まぁこちらの世情に合わせて改良をした物ですけど」


 隠す必要もないので俺も正直に答える。


「昔王城で聞いた大道芸人の話より面白かったな……ふーむ……なぁタイシよ――」

「嫌です」


「……」

「……」


「……」

「……」


「……」

「了解しました……うけたまわります」


「うむ、よしなに頼むぞ! 詳しい事はセバスに聞け、では戻ろうか皆の衆」


 公爵様は貴族と家族っぽい人達を引き連れて使用人食堂から出ていく。


 食堂に残っていたココが近づいてきた。


「えっとタイシさん、さっきの公爵様との話はなんだったの? 無礼すぎて周りが引いてたけど……」


 大丈夫、あんな事するのはあの人相手にだけだよ。

 他の貴族にはしないから安心してくれ。


「あれはな……」

「園遊会での余興に何か出し物をしろという命令ですな」


 セバスさんが口を挟んで来たが、まぁそうだよなぁ……でも室内ではなく外かぁ……。


「外ですか、お屋敷裏にある大きな庭スペースで?」

「そうなりますな、何か必要な物があったら言ってくださいご用意します、開催は遅れて来る方がいらっしゃらなければ明後日になるかと、異世界人の実力を公爵様の派閥の仲間に示し、城から貴方を追い出した輩に無能という圧をかける準備としますので……まぁ気楽にやってくださいまし」


 全然気楽に出来ないよねぇそれ!


 セバスさんは素でプレッシャーをかけてきた。


 ……うぐぐ……。


 いいもん! それなら準備にお金とかいっぱい出して貰うもん!

 という事で、俺はセバスさんに必要な物を告げていく。


 ……。


 セバスさんが立ち去った後に残った俺とココ。


「なぁコーネリアいや……ココさん、君と以前した雑談の中でオタ友と大学の文化祭でアニメコスガールズバンドをしたって話があったよね?」


 俺が始めた会話を聞いた瞬間、ココは逃げようとしたが、俺はその腕をがしっと掴む。

 遮音フィールド展開! 出力最大! 敵は強固だ、ぬかるなよ!


「離してタイシさん! いやよー! 周りが期待していないあの時と違って、上級貴族様の前で何かするのなんてお断りだってば!」


 ココは俺から逃げようと必死だ。

 しかし今食堂には片付けをしている給仕の子らくらいしかいないので、ココに助けが来る事はない。

 ふっ孤立無援なのだよ君は。


 そしてさらに追撃していく俺だ。


「そうかぁ嫌かぁ……残念だなぁ……悲しみの余り俺の〈パティシエ〉スキルさんがお布団の中で寝込みそうだなぁ」


 そう囁いてみると。


 ……俺から逃げようとしていたココは、ビクッと体を硬直させ……。


「そ……それはずるくない!? そうだ! タイシさんには貸しがあったよね?」

「ソウダネ」


「なので出し物は手伝いませんし、チョコも要求します……よ?」

「ソウダネ」


「聞いてますか? タイシさん」

「ソウダネ」


「……うう……ううぅ……もう! ……貸し追加ですからね? ……チョコも山盛り作ってくださいね?」


 よし落ちた! 敵将討ち取ったり~。


 俺を心配して残ってくれて、しかも頼み事も聞いてくれるココは本当に優しいなぁ。


「ではココファミリーの皆には手伝って貰うからな!」

「ええ!? 私だけじゃないの!? 説得は? ……私がするんですね……ぅぅ」


 ……。


 そうして端っこのテーブルでココと諸々の相談を始める俺であった。


 ……。


 ちなみに銀貨も混じっていたおひねりは、全部で千五百エル以上あった。

 給仕さんや食堂関係の人らに、騒がせたお詫びと場所賃として五百エル程渡してみたら、非常に喜ばれていつでもやってくれと言われた。


 いや、そんなに何度も披露出来る芸のネタはないねん。


 ……。


 ――


 明けて次の日。


 テーブルトークルールの方は、出来た書類をチェックするだけで良いとの事で。


 なら今日は出し物の練習をするべくココファミリーの力を借りる事に。

 ココパパは騎士としての仕事があるとかで無理だった。

 ココママも侍女として普段は忙しいらしいのだが、今回は俺を優先していいと公爵様の嫁さんに許可を貰ったらしい。

 食堂で公爵様の側にいた奇麗な人が夫人だったのかな?


 ……。


 まぁ集まってくれたココファミリー達と、打ち合わせをしていく訳だが。


 イエローは嬉しそうに俺に近寄り。


「僕は何を手伝えばいいの? 何でもするからねタイシ兄ちゃん!」


 などと言って来るので、俺はイエローにありがとうとお礼は言いつつも、『何でも』とか言っちゃ駄目だと注意しておく。


 そしてココ妹ちゃんはちょっと大人しめに。


「タイシ兄様……私で役に立てる? 私スキルとか持ってないし……」


 と悲しさの混じった表情で聞いて来るので、今のココ妹ちゃんで大丈夫だからと強く言っておいた。

 祝福の儀は十歳だものな……でもこの子には先天スキルか従属神あたりの加護がついてると思うんだけどな……。


「公爵夫人からは存分にやりなさいと言われております、どうか私を好きに使ってくださいましタイシさん」


 ココママはわざと誤解されるような物言いをしているよな……ココが母親に言い方を注意しているのに笑顔で受け流しているし。


「それで私達は何をすればいいの? 演奏なんだと思うけど」


 最後にココがそう言ってくる。


 うんまぁ間違ってはいないんだが、取り合えず演奏系スキル持ちはいるのかな?

 ココママとココが持っているとな! そりゃありがたい。


 じゃぁ、まずはこんな感じで……。


 ……。


 ――


 そうしてその日は遮音を掛けた小会議室で、練習に明け暮れるのであった。


 夜にセバスさんから全ての貴族が予定通りに集まると教えてもらった。

 明日の昼が出番らしく、お願いした準備も間に合うそうだ。


 まぁ出し物が失敗しても呆れられるだけで死ぬ訳でもなし。

 いっちょやったりますか!


 でもおかしいな?

 俺はカードをゲットする冒険者として活動する予定だったのになぁ!

 女神のばっきゃろー---!


 と心の中で叫んでおく。


 本当に口に出したら女神教の人に怒られちゃうからね?

 表でこんな事言っちゃだめだよ?


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