第24話 Fランクの出会い

 黙々、黙々、黙々黙々。


「タイシ殿」


 黙々黙々。


「タイシ殿!」


 黙々黙々。


「……さきほど食堂でナンパしていたメイドがタイシ殿を呼んでおりますよ」

「まじで! 今行きます!」


 俺はがばっと顔を上げ仕事を止めて周りを見渡すが……あれ? 可愛いメイドさんは?


 近くにはセバスさんしかいなかった……てか窓の外が暗いな、おやぁ?


「ふぅ……文官は夕ご飯に誘うも一切反応されなかったと言っていましたし集中しすぎです、仕事は切りの良い所で終えてお休みになってください、夕ご飯も部屋に運ばせてますのでそちらでとって頂きます」


 セバスさんが、困った奴だという表情を俺に向けていた。


 でもタイシ気にしない。

 了解です、ご飯ご飯~っと、椅子から立ち上がり移動を始める俺。


「あざ~す、じゃ部屋に帰って飯食って寝ますわぁ……貴族のお屋敷だし湯船の有るお風呂とかあったり?」


「有りますがタイシ殿にはまだ使わせる訳にはいきませんな、お湯で湿らせたタオルで拭うか使用人用のサウナをお使いください」


 ですよねー、でもって事は認められたら使えるのかな?


 〈生活魔法〉で服も髪も体も奇麗には出来るけど、湯船につかるのとはまた別問題だからなぁ。


 セバスさんは仕事用の机の状況を確認しつつ。


「それでどの程度進みましたか? その出来具合で予定を立てますので」


 そう聞かれたので、俺は頭の中で数を数えて。


「そうですねー俺が今のスキルで覚えてるのが四十八冊だったんですが、今二十五冊分くらい終わった所ですかねー、書く事にも慣れてきたので明日で終わりそうです」


 欠伸をしながらそう答える事にした、いやぁ疲れた疲れた。


 するとセバスさんがポカンとした表情で俺を見て来ている。

 おおー、この人がこんな表情をしているのは初めてかもしれない。


 スキル暴露の時とかも変わらんかったのにな。


 だがすぐに表情を元に戻したセバスさんは、ヒゲをさすりながら。


「どうやら思った以上に規格外のお方だったようですな……ならこのまま進めてください、私は人員を揃えておきますので、情報の整理と新たなルールの策定会議は明後日からという事でよろしいでしょうか、会議用にこれらの書き物の複製も随時やらせておきます」


 セバスさんは早速複製させるべく仕事に戻っていった。


 ……複製する人ってこれから徹夜とかなんだろうか?

 ……まぁ部屋に帰るか……。


 ……。


 長い廊下を歩き使用人部屋に戻ると、小さなテーブルの上にご飯が置いてある。

 お昼と内容が変わらんのね、まぁ素材の味はいいんだけど……使用人ならこんなもんなのか?


 特にやる事もないし、味気ない飯を食ったら明日に備えて寝るかね。


 おやすみなさい。


 ……。


 ――


 おはようございますタイシです。


 ベッドが変わろうが枕が変わろうが、ぐっすりと眠れました。

 むしろピンクの寝言がないだけ……おっと乙女の秘密だった、危ない危ない。


 朝ご飯も前と同じだった……いや素材の味がいいから普通に食べられるんだが、バリエーションが同じってどういう事よ?

 こういう食事って見習いの修練とかで色々やらせるじゃないんか?


 側で食べていた人に聞いてみる事にした。


 近くにいたゴリラっぽい兵士……はやめておいて。

 そこの可愛いメイドさん、俺とお話ししませんか?


 ちょっと離れた席にいた、可愛い下働きの女の子の所に移動して諸々聞いてみる。


 ……。


 どうにも下働き用の下級使用人食堂は毎日同じメニューらしい。

 そんな訳で、たまのお休みに二区に出かけるのが楽しみになるとかなんとかで。


 二区のリーズナブルで美味しい食事が出来るお店のデータと共に、そういった事を教えて貰えた。

 ついでに今度暇があったら奢る事も約束させられたけども。


 なんだろうねぇ、予算の関係とかなのかね……下働きだといっても飯の味は士気に影響するだろうにさ。

 同じ使用人でも上級職な人らは、また別な場所で食べていて、そこのメニューは結構豪華らしい。

 身分がきっちりとある世界だし、しょうがないのかな?


 ……。


 そして始まるお仕事……黙々と仕事をしていると、たまに人が訪ねてきては書き終わった分を持っていく。

 複製やら文章の確認やらをしているのだろう。

 彼らは俺の仕事の速さにちょっと引いていたが気にしない。


 ……。


 また味気ないお昼を食べてからも黙々と仕事をし……。


 ……。


 終わったぁ!


 隣の部屋の文官さんに仕事が終わった事を伝えると、セバスさんとあの女魔法使いさんが来て本当に終わったのか確認されたが。

 本当に今時点では全部なので『現状出来る事は終わりました』と素直に言えばおっけーだ。


 まぁ俺の〈空間倉庫〉の中にそれ系の読んでない本とかがあった気もするが、それはどうしようもないしな。


 カード従者の中にそっち系のゲームが好きな奴とかもいてなぁ……徹夜でセッションに付き合わされた事もあったっけな。


 夕飯まで暇になってしまったので、セバスさんに頼み自分で料理する許可を貰ってみた。

 だって飯が美味しくないんだもん……不味くもないけど、料理人にやる気がないってのが味で分かる。


 セバスさんは冒険者ギルドの食堂での話も調べてあるみたいで、俺がそこそこ料理が出来る事は知っていたみたいだが。

 いきなり本館の厨房を部外者に使わせるのは難しいという事で、裏庭にある普段使っていない離れの一軒家に案内してくれた。


 そこは庭師一家が使っていた家だそうだが、庭師が引退して二区に引っ越したとかで、今は独身の庭師しかいないから空いている家だとの事。


 入口は横開きで、土間に竈があるような台所と、そこに隣接しているやっぱり土間のリビングがある。

 まだ一階の奥に部屋があったり、寝室とかも二階っぽいけど、今は使わんから確認はしなくてもいいな


 食材は届けて貰える事になっているので、俺は使う部分の掃除をする。

 〈生活魔法〉でちょちょいとな。


 台所とリビングだけ奇麗にすればいいか、まぁどうせ〈生活魔法〉さんで調理するんだけどな。


 ……。


 食材を届けてくれたメイドさんは厨房の奇麗さに驚いていた。

 届けてくれてありがとーとお礼を言って入口の扉を閉める。


 肉はおなじみの角ウサギで野菜がちょっと違うかな、三区のより形が良い感じだ。

 ではでは、唐揚げからいきましょうか、ふふんふんふ~ん。


 ……。


 ――


 作り過ぎてしまった……まぁいいか、さて食べ……。

『ガタッ』


 閉めている横開きの入口の扉が音を立てた……。

 〈生活魔法〉さんを使ってみるが……普通に使えるから悪意や敵意はなしか……。


 足音をたてないように入口の方へと歩み寄り、そっと扉を開けてみるがちょっと重い……。


 ズズズツっとな。


 なぜか重い扉を完全に開けきると、コロンと一人の女の子が背中から転がり込んで来る。

 どうやら扉を背に座っていたらしい、どうりで扉が重く感じたはずだ。

 そして地面に仰向けの少女と目が合う。


 どこかで見たような奇麗な金の瞳とショートな金髪、それに狐耳と尻尾が見える……。


 そういやココには妹がいるって言ってたっけか?

 確か四歳下と八歳下って言ってたから……この子は上の妹さんかな?


 まぁ相手が床に寝転んだ状態のまま俺を見て来るだけなので、こちらから声をかけてあげようかな。


「もしかしてコーネリアの妹さんか?」

「お姉ちゃんを知っているの?」


 うん、やっぱりココの妹さんか。


「ここで何してるんだい? 妹さん」


 俺はしゃがみ込んで視線を近づけてから優しく聞いてみる。


 ……。


 妹さんは黙して語らず、そして仰向けから横寝になる。

 ここ土間だから服に土が付いちゃうよ?


 グゥゥゥゥ、お腹の鳴る音が寝転がった妹さんから聞こえる。


 ふむ……。


 ……俺はテーブルに戻り、カラアゲのお皿を持ってくる事にした。


 ……。


 そうして横寝をしている子狐な妹さんの口付近に、お箸でカラアゲを差し出すと。


 パクッと食いついた。


「美味いか?」


 俺がそう聞くと、妹さんはモグモグと口を動かしながらコクリと頷く。


 そしてお代わりを欲し気に俺を見上げて来るのだが。


 だが断る! とばかりに俺はテーブルに戻る事にした。


 テーブルの側の椅子に座った俺は。


「さて夕ご飯の時間だな、一人で食べるのも寂しいし、誰か一緒に食べてくれないかなー」


 そんな事を大きな声で言いつつ、視線は妹さんには向けないでしばし待ってみる。


 しばらくして、がさごそと立ち上がる音がしたので、そちらに目を向けると。

 入口の扉を閉めてこちらにやってくるココの妹さんがいた。


 妹さんがテーブルを挟んだ向かいに座る前に〈生活魔法〉さんで土で汚れた部分を奇麗にしてあげると。


「わ! すごい何これ……」


 妹さんは自分の服の土汚れが一瞬で消えた事に驚いていた。


 取り敢えず挨拶からだな。


「初めまして、俺はコーネリアの友達のタイシだ」

「その名前知ってる……お姉ちゃんと婚約する冒険者の人でしょう? 僕はお姉ちゃんの妹の×××」


 その話は一旦流れたと思うんだが、まだ伝わっていないのかな。


「取り敢えずコーネリアとの婚約の話はなくなったよ、今は友達だな、まぁよろしくイエローちゃん」

「ちゃんは要らない! 子供っぽいし……もう十三歳の誕生日が来たから大人なの!」


 イエローは大きな声でそう言ってきた。

 というか、なんかムキになっているな。


「そうか? じゃまぁよろしくイエロー」

「よろしくタイシ兄ちゃん」


 なぜに兄ちゃん呼びなんだろうか。


「婚約はなくなったって言ったろうに、俺の事は呼び捨てでもいいぜ?」

「年上の男の人だからいいの! それよりもご飯食べよ? 後タイシ兄ちゃんは冒険者なんだよね? 冒険の事聞かせてよ! やっぱりドラゴンとかと戦うの!?」


 キラキラとした目でそう聞いてくるイエロー、取り合えずパンとスープも出してやり、食べながら話をする事に。


 ……。


 ――


 イエローに冒険者の話を聞かせながらご飯を食べている。


「モグモグ今回も美味いなさすが俺、でだな、Fランク冒険者は見習い扱いだから地味で面倒な仕事も多いし、依頼に慣れたり修行する期間って感じだな、依頼料も低いからそれだけで暮らしていくのは難しい、だからギルドが見習い用宿舎で支援をしている訳だ」

 そうやって現実を語る俺だった。


 イエローはなんか大げさに冒険話を話したら信じそうなんだよな。

 なのでタイシ嘘つかない!


 下級冒険者の大変さをきっちり教えてやる事にする。


 イエローはカラアゲをパクパクと食べながら。


「ムグムグふぉれふぉいしーすふぉいねタフィシおふぃいちゃん」


 何言ってんだかよく分からん、てか俺の話ちゃんと聞いてた?


 口の中の物を飲みこんでから語りなさいと伝える。


「もぐもぐゴクン、カリカリっと揚がっててすっごい美味しいね!」


 満面の笑みである、ココとココママも美人だったがこの子も美少女だなぁ。


 カラアゲばかり食べないで、パンとスープも食べなさいと言っておく。


「はーい、それにしても冒険者って大変なんだね……もっとすごい魔物を倒して街を救ったりとか、ダンジョンで財宝を見つけたりとかするものかと思ってた、色々と読んだ本はみんなそんな感じだったのになぁ……」


 ちぇーと詰まらなそうに口を尖らせるイエロー。


 それはファンタジー小説という奴では?


 あれ? この世界もファンタジーだったか……ならリアル小説になるのか?

 謎だ……。


 雑談して少しイエローと距離が縮まった気もするので、そろそろ聞いてみる事にした。


「それでイエローはなんであんな場所に座り込んでたんだ?」


 直球でいこう。


 イエローは食べる手を止めて。


「……僕のお誕生日が来て十三歳になったの……ならもう成人で大人だよね? だから冒険者になるって言ったら、お父さんもお姉ちゃんも反対してケンカになっちゃって……お部屋を飛び出ても行くところもなくてお庭を歩いてたら、すごく良い匂いがしてきて……」


 顔を伏せて、そうボソボソと経緯を語るイエロー。


 成程なぁ、さっきムキになって大人とか言ってたのはそれがあったからか。

 いやまぁココやココパパの気持ちはすっげぇ分かる。

 この子世間知らずっぽいんだよなぁ。


 そんな子を色々と世間の悪意から守りたい気持ちは分かるけども……うーん、どうしたもんか。



「俺のさっきの話で冒険者の大変さも理解してたみたいだし、今はどう思っているんだい? イエロー」


 取り敢えず、なるべく優しく聞いてみる事にしてみた。


「……それでもやってみたい、お父さんはお屋敷の侍女に推薦出来るとか言うんだけど……僕ほとんどお外に出た事がないの、詳しい事は教えてくれないんだけどお姉ちゃんのためとかなんとか……それなのにお姉ちゃんはギルドの職員とかしているってずるくない!?」


 おっと、ヘイトがココに向かっちゃっているな。

 ココのスキルの事情とかも知らなさげ?

 ギルド職員なのは公爵様に頼まれてやっているっぽいしなぁ。


 成人になったならちゃんと説明してやりゃぁいいのに。


 ……でも情報漏れを考えると、この子の素直さは危険だとも思えるか……。

 どっちの気持ちも理解できるだけに、如何ともしがたいな。


「冒険者になるにはそれなりの強さが必要なんだぜ? ちなみに俺は弱いからこの年でまだ見習いFランクな訳だけどな!」


 そうおどけながら冒険者の大変さを伝えてみるも。

 イエローは我が意を得たりとばかりに。


「それなら大丈夫! 祝福の儀で魔法系の戦闘スキルを覚えたから! ……昔は兵士になろうと思ったんだけどお父さんに禁止されて……やれ礼儀作法だのお茶の入れ方だのって……僕の生きる道は僕に決めさせてよっていっつもケンカになるの」


 ココパパは過保護の疑いがあるなぁ、気持ちはすごい分かるんだけども……。


 そんな話をしていたが、家の外がずいぶん騒がしくなっているのに気づく。

 イエローを呼ぶ声も家の外から聞こえてきた。


 それが聞こえるんだろう、イエローの頭の上の狐耳がピクピクと動き、体を小刻みに揺らし落ち着かない様子になってきた。


 そして。


 ガラッっと入口の扉が開けられる。


 部屋の構成的にリビングから入口が見える訳だが、そこには剣を装備したココパパがいた。


「お前……娘をかどわかしてどういうつもりだ!」


 剣を鞘から抜いたココパパは、その剣先を椅子に座っている俺に向ける。

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