第19話【閑話】ある公爵家のお話

 そこは王都第一区にある貴族のお屋敷。


 執務室と思われる質実剛健が似合う仕事部屋にある立派な机の前で書類仕事をしている一人の働き盛りといった年の男と、机の前で背筋を伸ばして立っている年のいった白髪で白いヒゲがピンッと立った執事と思われる老人がいる。


 男が書類にサインをしながら口を開く。


「セバス、それであの子が伝えてきた男はどうだったんだ?」


 執事がそれに答える。


「はい公爵様、彼女の言う通り異世界召喚されて来た者でした、スキルが少なく役に立たなそうという事で放逐されていまして、詳細はこの書類に書いてあります」


 セバスと呼ばれた執事は数枚の書類を公爵に差し出す。


 公爵は書類仕事の手を止めてそれを読み、しばらく無表情で読んでいたが二枚目に差し掛かると眉をピクッっと揺らした。


 公爵はバサッと机の上に読み終わった書類を投げ捨てる、そして。


「兄上も人としては好ましいのだがな……周りにはべる者らをどうにかせんとな……身勝手に呼んでおいて予定より数が多いからと切り捨てるなど……」


「予定外に王になられたお方です、もう少し長い目で見て差し上げてはどうでしょうか、王という存在は孤独で重責のあるお立場です、公爵様が横からお助けして差し上げれば、元々聡明なお方ですし時間が解決してくれる事でしょう」


「……そうだな、兄上の……いや王のためにも周りの膿は少しずつ取り除かねばな、さて、それでこの異世界人だ、放り出されても腐らず見習い冒険者になるのはまぁ分かるが……何故いきなり『鼻笛』なんぞという二つ名が付いたんだ? 書類を読む限り悪人ではなさそうだが」


「善人でもない中道といった所のようですな、そして書類に書かれていない最新の情報では、二つ名はすでに『鼻笛料理人』にランクアップしております」


 セバスは飄々と答え、公爵は片手でおでこあたりを押さえた。


「意味が分からん……、この書類には城で調べた時のスキルしか書いてないが、あの子からスキルについて報告は何かなかったのか?」


「何もありませんでしたな……恐らく同郷の者を庇っているのかと」


「あの子が転生者である事は俺とあの子の両親しか知らない事になっているんだ、お前は言動に気をつけろよ」


「承知しております、それで、いかがなされますか? 彼女にはお見合いの話もありますし不許可の通知を出しておきましょうか?」


 セバスの問いに公爵はしばし考える。


「……いや、あの子も見合いは嫌がっているしな、見合い相手の裏にいる貴族もスキル目当てなのがバレバレだ、それに異世界人なら裏もないだろう、あの子がこのままうちの派閥にいてくれるのなら相手は誰でも構わんのだ、うちの派閥からの見合い候補は全部断られたしな」


 公爵は最後に笑いながらそう告げ、セバスは溜息をつきながら話す。


「笑いごとではありません公爵様、転生者の価値観とは厄介な物ですな、名門貴族、優秀なスキル持ち、近衛に抜擢される才能、二区に店を構える有力商人の息子、末は大臣と言われるような文官でさえ、すべてばっさり断ってきましたし、次は優秀な女性陣から選ぼうという話も出ていたのです」


 それを聞いた公爵は笑いながら。


「ぷっくくく……あの子も大変だな、まぁデートくらい許可を出しておけ、奥手なあの子ならすぐにどうこうなりはせんだろ、それよりも王に報告もせず異世界人を放逐する事を決めた馬鹿どもや、支度金を横領している馬鹿どもをどうにかせねばな……国に寄生するクズどもが……」


「今処分しようとしても軽い罰になりましょう、小さな罪でも証拠を集め大量に積み上げる事で重き罰とするのがよろしいかと、今しばらくの辛抱です」


 公爵は投げ捨てた書類を掴み、もう一度読み上げ。


「この異世界人の支度金に自分の財布から少し足したという文官は……中立貴族の四男か、異世界人とは関係ない何かの理由をつけて金銭の補填をしてやれ、まともなのは下級貴族に多いというのも皮肉だな」


「承知しました、優秀な文官のようですので何某かの褒賞として渡しておきます」


「このタイシとかいう異世界人がAランク冒険者にでもなれば奴らに見る眼がなかったとかで一気に掃除出来るのにな、だが〈共通語理解〉と〈生活魔法〉スキルだけではな……これでは生きて行くのすら難しいだろう……貴族学校時代に世話になった友の娘婿になるかもしれんのだ、いっその事うちの下働きとして囲い込んでしまうか?」


 セバスはその言動に対して。


「公爵様、くれぐれも外では自身に仕えている一介の騎士を友とは呼ばないでください、それに公爵家ともなれば下働きにもそれなりの能力や縁故や信頼を要求されるので諦めてください、かの異世界人の生活が厳しくなるようならそれとなく手助けはしておきますので」


「友を友と気軽に呼べんとは……当主になんてなる物ではないよな……この異世界人が馬鹿共と同じような人間性だったら手助けもいらんからな、その時はあの子からも引きはがす! まともな奴なら見習い騎士とかに……いや……むぅん、彼らの人生は彼らが決めるべきで介入しすぎるのもよくないか、それを決めるのは俺じゃない、彼らが振るサイコロ次第だ!」


 公爵は最後に謎の単語を加えてきた、そしてセバスは溜息をつく。


「はぁ……公爵様、何故サイコロなどと仰ったのでしょうか?」


「うむ! それはだなセバスよ、急ぎの書類仕事も終わるし、そろそろ休暇があっても良いと思うのだ、そこでだ! 久しぶりに『木目を囲う会』を参集させようと思うのだがどうだろうか?」


 セバスが片手をオデコに当てている、頭が痛いポーズだ。


「実に貴族らしい曖昧な言葉にしておりますが、要は木のテーブルを囲み皆を集めてテーブルトークRPGで遊びたいという話で御座いますよね? それに久しぶりという言葉は数週間程度では使わないかとそれがしは愚考致します」


 嫌みを帯びたセバスの言葉にも公爵は一欠ひとかけらの動揺もせず。


「そうかもしれんが気にするな! テーブルトークRPGは異世界人や転生者のもたらした娯楽知識の中でも最高級の物だ、紙とペンとサイコロとルールブックさえあれば、私は勇者にも商人にも魔王にすらなれるし、さらに一介の冒険者として吟遊詩人として世界を巡れたりもする、こんな素晴らしい遊びを伝えてくれた異世界人や転生者に感謝せねばならんと思っている!」


 そうしてフハハと笑っている公爵。


 そんな公爵を止める事は不可能だと思ったセバスは。


「かしこまりました、『木目を囲う会』のメンバーに通達しておきます、それで今回のゲームマスターはどなたに頼みますか?」


「う、うむ、皆やりたがらないのよな、やはりプレイヤー側こそ華だしな……」


 困っている公爵を見かねてセバスが口を出す。


「仕方がありません、それでしたらまた私がゲームマスターをやりましょう、丁度新しいシナリオを組んだ所だったのです、素晴らしい出来なので皆さんも満足する事でしょう」


「……いや待てセバス、お前のシナリオは確かに素晴らしい、複雑に絡み合う伏線、登場人物の人生すら透けてみえるしっかりとした性格付けや、様々な人間関係、対応するプレイヤーの反応次第で思いもよらない分岐をしていくストーリー、そして演劇を見てるがごとくそれらを語る口調、それらは素晴らしい……」


「公爵様にそこまで褒めて頂くとは、このセバス光栄の至りに存じます」


 そう奇麗な礼をしてみせるセバス。


 だが公爵はバツの悪い表情で続ける。


「ああいや、素晴らしい、ストーリーは素晴らしいのだ、そうストーリーは……だがな、お前の出す敵の強さがおかしいのだ、『木目を囲う会』のメンバーからも言われていてな、もう少しバランスを良くした敵の強さなら、セバスの作るシナリオは最高傑作と言えるのだろうに残念でならんとな」


 公爵のその言葉にセバスは落胆しつつ答える。


「何をおっしゃるのですか公爵様、困難に打ち勝ってこそ物語を達成した時に快感を得る事が出来るのではないですか、それともあれですかな、自身が最強でただひたすらに余裕で敵を蹴散らすのみ、そんなお話が御望みと? はぁ……このセバス、先々代から公爵家にお仕えしておりますが、今当主がこんなにも惰弱だじゃくであるとは思いもしませんでした」


「当主に向かって惰弱とは失礼だぞセバス! 場が場なら不敬で斬首もありうる、気をつけよ」


 公爵の怒りを籠めた言葉に、セバスは不適に笑いながら返事をする。


「ほっほっほ、刑場で何と仰るつもりですかな? 『この者、遊びにおいて当主を勝たせなかった罪で斬首に処す』と? 公爵家は笑いものになる事間違いなしでございますな」


「ぬぬぬぬぬ上等じゃないかセバス! お前の作るへなちょこ敵など俺や『木目を囲む会』のメンバーが操る最強の冒険者達で蹴散らしてやるわ!」


 それを聞くやセバスはニッコリと笑い。


「かしこまりました公爵様、それでは諸所への連絡やシナリオの手直し等ありますのでこれで失礼します、サインの済んだ書類は頂いていきますね、彼女にも許可を出しておきます」


 書類を回収して執務室を出て行こうとするセバス、そんなセバスに公爵は声をかける。


「ああセバスよ、そのシナリオの長さはどんな物なのだ?」


 セバスはニコリとほほ笑み。


「ロングシナリオで御座います公爵様、丸五日程の休暇を調整致しますのでお楽しみにお待ちください」


「お、おう頼んだ……え? 五日も休んでいいの?」


「終わり次第地獄の書類仕事に突入しますが……まぁ公爵様もまだお若いですし徹夜の一回や二回余裕かと……思い出しますなぁ先々代と赴いたゴブリンスタンピードを相手にした夜襲に朝駆け、寝ないで敵方に突撃を繰り返した物です、私も若こう御座いました、では失礼します公爵様」


 セバスが部屋を出ていき部屋には公爵が一人残り、彼は机に両肘を乗せ、両手のひらで顔を抑えて伏せる。


「やっちまったぁぁぁ、つい売り言葉に買い言葉で……『木目を囲う会』のメンバーになんて言い訳しよう……セバスの出す最終敵が毎回おかしいんだよ! なんで2D6で平均の出目が九以上ないと全員生存エンドに行けないとか意味わかんねー、今回も最後は阿鼻叫喚になるんだろうな……そこまでの話が最高なだけになぁ……被害前提でギリギリいけなくもないって絶妙な調整で仕掛けてくるんだよなぁセバスは……もしやあいつ……あれでストレス発散しているんじゃあるまいな?」


 ムクリと体を起こした公爵は、椅子に深く座り直し天井を見上げ考える。


「ゲームが終わった後にやる酒宴はどうせ残念会になるだろうし、ちょっと良い酒を用意しておくか……たしか出入りの商会が当たり年のワインを入荷したとか言っていたな……よし!」


 公爵は一枚の白紙を取り出しなにやら命令を書き、サインする。





 美味い酒と美味い肴、テーブルトークRPGが終わった後の酒宴はきっと楽しい物になるだろ……なるといいね?




 そんな公爵家のお話。






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