第18話 ランクアップと語り部

 こんばんはタイシです、今日も良いお天気で世界は平和なようです。



 今は陽が落ちてきた夕方で、俺は賢者に転職をし、大通りを狐耳受付嬢の家を目指して歩いている。


 え? 午前の修行? そんな事を知りたいのか?


 えっと、俺は礼儀作法を教えてくれる教官の予約を取ってみたんだ。

 その教官は貴族の三女で、侍女としても冒険者の経験も両方有るという珍しい経歴の持ち主だった。


 その内容は冒険者に貴族の厳格な礼儀作法を教えるのではなく、最低限の人としてのモラルを教える授業だった……。


 言葉は丁寧に、頭の下げ方、挨拶をきっちりする等々……。

 あの……小学生の道徳の授業か何かでしょうか?


 ……冒険者には最低限しか求めないという事なのだろうなぁ。

 まぁ見習い冒険者の男の子達を見ていると、商人の護衛依頼とかすら無理だとは思っていたけど。


 あっという間に授業が終わった俺は、教官とお茶をしながら貴族に雇われた冒険者のあるある雑談などをする事になってしまった。

 授業料払っているんだけどねぇ……。


 あれ? いや……でもこれは?


 お金を払って女性と楽しく会話して飲み物を飲む、ここはキャバクラ……いや、クラブだった?

 教官は年上のホステスさんだろうか。


 そう気づいたら雑談会話がすごく楽しくなった。


 色々とためになる話を聞けたし、またこのクラ……礼儀作法を習いにいこうと思った。


 ……。


 ――


 とまぁそんなこんなで大通り、俺はいつも〈生活魔法〉を使いながら歩いている。

 外にいる時はほとんどそうしていて、なぜなら。


 あ、〈生活魔法〉が解除された。


 キョロキョロと回りを見回すと、ナナメ後ろから汚れた服を着ている子供が近づこうとしていた。

 おれはその子をジッと見ながら、コートの前を少し開けて腰の前に装備しているナイフの柄を触って見せる。


 すると子供は横道に向けて逃げて行った。


 孤児やらのスリだろう、とまぁこんな具合で敵意感知のように使えるのだ。


 裏技だよな、日本でこんな使い方をしているのがバレたら神様とやらに〈生活魔法〉にパッチを当てられて修正されそうだが、ここは異世界だし大丈夫だろうよ。


 日本にいた頃は感知スキル系とかいっぱい持ってたんで、こんな使い方思いもしなかったけどな。

 感知系スキル群も早くこの世界に馴染んで欲しい所だ。


 っとここか。


 辿り着いたそこは壁でしっかり囲われている、冒険者ギルドの受付嬢専用アパートだ。


 入口で女性の警備員らしき人が完全装備で周囲を警戒している。

 冒険者っぽい感じやなぁ、依頼を受けてやっているんだろうか。


 俺はそんな女性警備員さんに声をかける。


「お仕事ご苦労様です、俺はここの受付嬢の×××××に呼ばれたタイシと申します、話が通っているはずなのですが」


 その警備員さんは俺の事を上から下までじっくり見た後に。


「貴方が『鼻笛料理人』のタイシさんね、話は聞いているけど一応冒険者タグを見せてくれる?」


 ホワット? え? 今何と?


「冒険者タグはこれですが……『歌う料理人』タイシとかの間違いでは?」


「はい確認しました中へどうぞ、いえ私が聞いた噂では『鼻笛』が『鼻笛料理人』にランクアップしたって話でしたよ、ランクはFで見習いのままなのに、二つ名が先にランクアップするなんて前代未聞だって酒の肴に……失礼、すごい事だって噂が広がってましたよ、二つ名持ちなんてすごいですね! 憧れるなーププッ」


 ほほう?


「警備員さんのお名前を教えてください、俺の二つ名を欲しがったので譲渡しましたって周りに言いふらすので」


 憧れるなら貰ってくれるよな?


「あ、じゃあ私は仕事がありますのでこれで、中へどうぞ~」


 おいこら、こっちを向け、ジーーーーー--、俺は、ジーーーーーーー、お前が、ジーーーーーー、謝るまで、ジーーーーーー、見るのを、ジーー---、止めない。


「いやちょっと勘弁してくださいよ、いくら私が美人だからって……はい、ごめんなさい、いやだって面白い話だったからつい……お酒が入るとあーいった話はファイヤーボルトの速さで伝わるんですよ~」


 まあ一応謝ったからいいか……。


 俺は懐から取り出したお土産用の紙袋から、自作の蜂蜜きな粉飴を取り出し、女警備員の口に無理やり押し込む。


「次はないからな? もしまたそのネタでからかってきたら、お前に恥ずかしい二つ名を付けて噂をばらまくから」


「ごめんなさいってば~、って美味しい! なにこれ何処で売っているの?」


 その質問には答えず手を振りながらアパートの敷地の中に入っていく俺。


 これは非売品だ、きな粉が三区ではないみたいなんだよな。

 そりゃ大豆を細かくするのって普通なら大変だよね。


 ……。


 えっと部屋番号はこれで合っているよな、コンコンっとな。


「はーい、いらっしゃい中へどうぞー」


 狐耳受付嬢が部屋に入れてくれた。


「お邪魔しますよっと」


 中は意外に広く1LDKと言えばいいのかな、一人暮らしでこれとか受付嬢の待遇ってすごいな。

 ダイニングのテーブルに料理が並んでいるので、お土産を手渡しつつそこに座る。


「あら、ありがとう、何かしら? わーきな粉飴ね! 駄菓子とかであったよねー懐かしい、嬉しい! ありがとうタイシさん」


 そういやこいつ、いつの時代育ちなんだろな?

 ちょっと聞いてみるか、一応〈生活魔法〉の遮音結界で部屋を囲ってっと。


「ん? 私は××××年生まれよ、向こうの記憶は高校から大学くらいまでしかなかったわ、知識はもう少し先まであったけど」


「結構年上なんだな」


「前世の年齢で言わないでよ、肉体年齢でいきましょうよ、つまり私は十七歳って事で!」


「オイオイ! いくらなんでもそれはないだろ」


 そのオッパイの育ち方とか見ると、俺と同い年くらいじゃないのか?


「なんで貴方私のオッパイ見ながら言っているのよエッチ! 獣人は若いうちの成長が早い種族もあるのよ! 寿命自体は他の種族と変わらないけども」


「ほーなるほど、そういう話を聞いておきたいんだよ俺は、皆が当たり前に知っている常識ってやつをな」


「そうね、まずはご飯を食べちゃいましょう」


 そう言って示されたのは白パンに野菜スープにお肉を焼いた物、簡素だが家庭料理といった感じで、手作りかこれ。


「美味しそうだな、頂きます」


 早速とばかりに食べていく俺。


「貴方の料理にはかなわないだろうけどね、飲み物はお茶ね、お話をするのに酔ったらだめだろうし」


「美人女性の手作りに文句は言いませんっての、普通に美味しいぜ?」


「びじ! お世辞を言ったって出るのはデザートくらいよ? まぁ前世を含めてそれなりに料理はしているからねぇ」


 お世辞を言うとデザートが出るらしい。


 ……。


 ――


「はー食った食った、こっちの世界だとデザートってあんな感じのが多いのか?」


 果物なのか野菜なのか微妙な甘さの物に蜂蜜を絡めた物だった。

 意外に美味かったけども、キュウリに蜂蜜をかけた感じといえば伝わるか?


「そうねぇ砂糖はまだまだ高いし、蜂蜜は蜂系魔物の巣から取れるから……他にも魔物のアリ蜜とかもあるし、そっち系を使った物が庶民では一般的ね」


「あーだからハチミツっぽい物は砂糖に比べて安かったのか、こういう普通の事って中々聞きにくいんだよな、ありがたいよほんと」


「私も子供の頃とかに、つい前世のクセとか知識につられて失敗しそうになる事もあったし、タイシさんはいきなりだから大変だよね、でも食事しながら日本の話が出来るって嬉しかったわ……すごく懐かしい」


「まぁ年代に差があるけどな、漫画とかアニメの知識とかだとズレがありそうだよなー」


「ふふ、そうね私のリアタイだと『異世界悪役令嬢の現代日本転生』とか『十三等分のケーキ争奪』とかかしらね、記憶にあるあたりだとまだ終わってなかったわねぇ……どんな最終回になるのかオタ女子達で激論が繰り広げられたわ、ほんとに懐かしい……」


「へー結構前の作品だな、俺のカード従者がそういった昔の作品も好きでさぁ、モバイル端末のデータだけじゃなく現物を大量に買わされて俺にも読めって言ってくるんだよな……おかげで少女漫画とかも面白いのはあるんだなぁと感心したが」


「……読んだ事があるの!? 最終回の内容とか覚えてる?」


「さっきの二つは読んだぜ、結構面白かったけど、最終回のネタばれとかしていいのか? 途中すっとばしたら面白さ半減じゃね?」


「だって途中のストーリーとか全部覚えてる人なんていないでしょう? せめてどんなラストだったか覚えていたら教えてくれない?」


「いや俺〈記憶力向上〉スキル持ちだよ? 読んだ作品全部スキル内のストレージに置いてあるよ?」


「……はぁ? いえいえいえまってまって、タイシさんのスキル効果内容が変態ちっくなのは取り敢えず置いておきましょう」


 俺のスキルが変態にされた、やめてくれよ二つ名に変態の文字が入ったら俺は山にでも籠るぞ?


「分かった置いておく」


「読んだ作品の内容を全部覚えている?」


「覚えているね」


「じゃ……じゃぁ×××とか××とか××××とかは?」


「前半の二つは最後まで全部読んで覚えているし面白かった、最後のは残念だけど人気がなくなって途中打ち切りエンドって感じだったな、勿論内容は覚えているけど」


「タイシさん、聞かせてください」


「いいよ、どの作品の最終回が聞きたいんだ?」


「全部です」


「今言った、えーと五作品分の最終回か? 分かった、えーとな」


「違います! 貴方が覚えてる漫画やアニメで私が見られなかった奴全部です!」


「え……? 冗談だろ? すっげー時間がかかるじゃんか、帰る時間を考えたら後一時間くらいしかなくね? 真夜中の街はあんまり歩きたくないんだが」


「何を言っているんですか、今日は徹夜確定ですよ?」


「お前こそ何言ってるんだよ、さすがにお泊まりはまずいだろ?」


「貸し一つありましたよね、それを今返して貰います! まさか諦めていたあれら珠玉の作品群のその後が知れるなんて……私は今、貴方に会えた事を女神様に感謝したい気分です」


「……貸しを返せと言われたら、そりゃ俺はいいけどさぁ……お前はいいの?」


「徹夜の一回や二回、同人活動をしている女子オタなら幾度も乗り越える死線です! 一緒に戦場へ行きましょうタイシさん! 大丈夫です、二徹くらいから逆に眠気がなくなって気持ちよくなる時が来るんです」


「それやばいやつー! お前前世で何やってるんだよ! それに俺もお前も明日仕事だし二徹は無理じゃねーか、いや、そういう事じゃなくて……ってまぁいいか」


「あ、ちょっと待ってください、メモの用意と飲み物とお菓子を準備しますので!」


 そう言ってバタバタと準備している狐耳受付嬢。


 ……本当にこいつは理解しているのかなぁ?


「準備万端ですタイシさん、まずは『悪転』からお願いします! ムフー」


 鼻息が荒いね、美人が台無しだ。


「じゃいくぞ~って何話から?」


「あ、えーと一話からいきましょうか、私も少し忘れかけてますし」


 まぁしょうがねぇなぁ……せっかくだし本気でやるか!

 〈役者〉〈演劇〉〈語り部〉〈噺家〉〈パフォーマー〉等々と使えそうなスキルは全部使い、〈生活魔法〉さんを演出の照明代わりにする。


「じゃいくぞ! 『気づいたらそこは見た事もない明るい照明に照らされた部屋だった、私は処刑されたはず、何故こんな――』」


 そうして夜はふけていった。

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