第15話【閑話】ある狐獣人の話

 私には前世の記憶がある。

 日本という国で暮らしていた記憶だ。


 女神様によってこの世界へと記憶を保持したまま送られ転生した……ような気がする。


 女神様と何を話したのかは覚えていないのだ。

 体のない魂の状態で女神様に会ってから、異世界に転生した事は確信出来るのだけど……。


 日本の記憶といっても意識的には高校生から大学を卒業するくらいまでの記憶だ。


 しかし知識やらはもう少し先まである、なので二十代半ばで亡くなったのではないかと思っている。


 記憶が少な目なのは、転生するにあたりあまりに多いエピソード記憶は、性格を老成した物にしてしまうからではないかと思っている。


 前世で所謂いわゆるオタクという奴だった私は、モフモフの可愛い獣人が好きだった。

 モフモフコスプレもしたし、モフモフ同人誌も書いた。

 漫研のみんなとの女子オタ活動を満喫していたようなのだが、まさか自分が同人誌に書いていたような獣人になるとは思わなかったな。


 両親共に狐獣人の長女として生まれた私は、農業都市の警備兵な父と商家の子らに読み書き計算に礼儀作法等を教える母と共に、特に何の問題もなく成長していく。


 妹も二人いて、どちらも最高に可愛い……のでお姉ちゃんにスケッチさせて?


 異世界転生物の小説やら漫画やらをたくさん読んでいた私は、異世界日本の知識を安易に表に出す事の危険性を知っていた。

 なので周りの子供達をよく観察し、似たような行動を取る事で子供らしさを出せていたとは思う。


 ある程度年齢を重ねていき様々な情報に触れるにつれて、この世界には異世界転生者の存在がそれなりにいる事を知る。

 その悲惨な末路と共に……。


 全ての転生者がそうなる訳ではなく、知識チートで成功している者もいる。

 しかし、だからこそ異世界の情報を欲する悪党にはお宝の山に見えてしまうのだろう。


 知識層なら知っている事なのだが、異世界の人間も私達の今生きている世界も色んな人がいるという事は当たり前の話だ。

 何処の世界だろうと学者もいれば農民もいるのだ。

 だから異世界からの転生者でも持っている知識は様々で、悪党に都合の良い金の成る木が簡単に手に入る訳はないのに……。


 とはいえ自分の思う通りにならない事を知った悪党が、それまでに掛かった経費や労力を思い、誰に対して八つ当たりをするのかなんて……考えるまでもないだろう。


 故に私はその知識を表に出さないのだ。


 まぁ、萌える獣人のポーズの描き方なんて誰が知りたいというのだ……いや……私は知りたいが……。


 両親は何かおかしいと気づいているのかもだが、私に愛情を注いでくれている。

 私も二人の事は大好きだし、そして妹達も超絶可愛くて大好きだ。


 そんな折に私は十歳になった。


 そして女神教会に十歳を過ぎた子達が集まり祝福を受ける。


 偉そうな感じの司祭様の前でみんなが跪き、その人が礼拝堂の女神像に向けた祈りの言葉を、私達も真似て口に出すと自分の中に何かが宿った事が分かる。


 そして自分を見ると何かが見え……。


「人物鑑定?」


 私は誰が聞いてるかも分からない場所で、その言葉を呟いてしまったのだ……。


 その声が聞こえたのだろう、偉そうな人が私を別室に連れて行った。

 他の子らは希望した子らが順番に石板とやらでスキルを確認するそうだ。

 私は圧迫面接のようなやりとりのうえで、自分のスキルを話してしまう。


 その結果両親も部屋に呼ばれ、女神教会に所属しないかと熱心に勧誘されるも、両親はそれを断り私と共に帰る。

 私は受けてもよかったのだ、何よりあの欲の目で濁った司祭様に逆らうのは怖かった……。


 〈人物鑑定〉は非常にレアで、様々な人に狙われる物だが、両親はツテがあるから大丈夫だと何処かに連絡をしたようだった。

 だが私の心配は数日後に最悪の形で的中してしまう。


 私の家に賊が押し入り私は攫われてしまったのだ。


 ……何処とも知れない部屋に閉じ込められる事数日。

 部屋の外に沢山の人の叫び声が響き、私が囚われていた部屋の扉を蹴り開けたのは……返り血と自分の血にまみれた父だった……。


 私は父に抱き着き泣いて泣いて……気づいたらベッドの上で母の隣で寝ていた。


 母も妹達を守りながら賊に対応した時にケガをしたらしい……私のうかつな行動のせいで……大好きな両親を傷つけてしまった。

 幸い妹達は無事だったようで私に抱き着いて離れない。


 賊はあの司祭に繋がっていたらしく、彼らには重い罰がくだされたらしいが、それで父のケガが治る訳でも、母の体に残った傷跡が消える訳でもない。


 私を助けてくれたのはこの付近を治める公爵家だった。


 父も母も貴族の子で、後を継げない三男や四女らしい。

 父は公爵家の騎士として母は侍女として働いていた事もあったようだ。


 だが美人な母が王都のお屋敷に勤めていた頃に、公爵家派閥ではない他の貴族にしつこく狙われていたらしく、その貴族の力の及ばない公爵様の治めるこの農業都市に身分を隠して移り住んでいたらしい。


 私の後ろ盾に公爵様が名乗りを上げてくれた。

 勿論貴族として私を利用するつもりは有るのだろうが……父と母が昔仕えていた相手ならあの司祭よりはましだろう。


 そうして私達は王都に移住し、公爵様の保護と監視のもとで暮らす事になった。


 両親や妹達は公爵様のお屋敷に住む事になり。


 昔母を狙っていた貴族は他の貴族子女に対しても馬鹿な事をしたらしく、とっくの昔に排除されていたらしい。


 私は冒険者ギルドの受付嬢として暮らしていて、入口に女性の護衛がいる受付嬢専用のアパートのような所に住んでいる。

 ギルド職員は様々な勢力の人間が入り交じり内情はカオスだ。

 公爵様の依頼を受けて、様々な人のスキルを覗き見る以外は暇な日常になった。


 異世界知識チートで私つえーなんてどうやってやるのやら……絵を描く事が趣味な私だったが、今はなるべくお金を貯めてお買い得なスキルオーブを買う事を趣味にした。


 何故ならば、強くあらねばまた誰かが傷つくかもしれないから……。


 あの人が来たのは、そんな自由のない、安全だが暇な、籠の中の鳥生活をしている時だった。


 冒険者にあるまじき礼儀正しさと共に、その艶々とした黒髪に黒い目は……公爵様の言っていた、そしてギルド長が王城に行った理由である異世界の……そして日本からの……ああ……すごく懐かし――


 なんで私の頭に手を伸ばしたんでしょうかこの人は! 失礼な!

 獣人の耳を触るのは親愛の証、勝手に触ったら決闘じゃ済みませんよ?


 ……まぁそうして始めた決闘で相手を倒して嫁とか婿とかを手に入れる文化が獣人にはあるそうですが……私はしませんからね?


 ……出来の悪いパリピの演技をしだしました、変人のようです。


 彼が書いた書類を見ました、半分が白紙です、舐めているんでしょうか?

 そして地球? 隠したいのかギャグなのか区別がつきません。


 証書を渡された、驚く振りをしつつ考える……わざわざこんな物を王城の人間が用意するでしょうか?


 それに王城には今ギルド長が行っているはず……ああ……〈人物鑑定〉で見たこの人のスキルがひどかったです。

 王城の者に捨てられたのですね……自分勝手に召喚で呼んでおきながら酷い事をする……。


 本来成人したての十三歳くらいに向けた制度を持ち出して、なんとか彼を救えないか試みる。


 子供に囲まれ馬鹿にされる可能性も有るのに、なんの迷いもなく受けましたね。

 もう詰む一歩手前という自身の現状を理解しているのでしょうか? 頭の良い人のようです。



 ……。



 ――



 お城で呼び出されたという、たぶん学生だった人達がやってきました。


 酷い物です……恐らく彼らには私達が一人の個性ある人間ではなく、ゲームか何かのNPCだとでも思っているのでしょう。


 他者を物扱いし、そして欲の籠った目で見てきます。

 中にはナンパ……いえあれはナンパとも言えないですね、彼らを見ているとあの司祭を思い出します。



 ……。



 ――



 年のいった見習い新人に『鼻笛』の二つ名がついたそうで、何をやっているんでしょうか彼は……。


 そして今日も異世界人の一部が傍若無人に振る舞います。

 このままだと国として処分に乗り出すのではないでしょうか?


 この世界は元居た場所と文化が違うという事を教えてあげる人は……いないのでしょうね……。



 ……。



 ――



 例の彼が他の見習いFランク達と一緒にやってきました。

 昨日の今日で、この優秀だけど気難しい子らと仲良くなったんでしょうか?

 不思議な人です。


 ちょっと悪戯をしかけてみたら見事にフィッシュオンしまして、彼に転生者かと聞かれました。

 勿論無視をし、さらに撒き餌をまきます。

 次はどんな風に聞いてくるのか楽しみですね、ふふ。


 ……。


 彼らが帰ってきたようです、おー、初めてのパーティにしたら中々の稼ぎですね。


 彼は私に絡んでこなかったです……残念……私はなんで残念がっているのでしょうか?



 ……。



 ――



 次の日にまたやってきた『四色戦隊』、会話の中に日本のオタネタを少しちりばめるも、彼は反応しているのに絡んできてくれません。

 罠を警戒している? ってなんで新しいスキルが生えているのでしょうか……早すぎですよ……。



 ……。



 ――



 次の日またまたやってきた『四色戦隊』、うーん撒き餌には食いつくくせに肝心の針にはひっかかりません。

 つまらない、冷静に何かを見極めているのでしょうか?


 そしてまたまた増えているスキル……いやおかしいから!

 突っ込みたい! すごく突っ込みたい!


 そしてこの人と日本の思い出話をしてみたい……私の中に故郷を懐かしむ思いがこれほど有った事に驚いてしまった。

 そしてそれに気づいてしまうと、この思いを止められそうになかった。



 ……。



 ――



 今日は見習いがお休みの日ですね、真面目な見習いなら訓練に、あ、やってきました。

 ふーん、女の子だけの『三人が狩る』パーティとも随分仲良くなっているんですね、タイシさんは。


 野営知識ですか、戦闘スキルがないならいいかもですね、ナイスチョイスです。


 えええええ! でででデートですか!?


 監視もあるし私のスキル狙いかもと思うと男の人とお近づきになる気はなかったのでそんな経験もありません……実は日本の記憶のある限りでもそういうのは一切なくてですね……。


 よ、よし今日は取り敢えずかわしておきましょう。

 まったく転生者の事を聞くかと思ったらデートだなんて……同僚のそっち方面に詳しい人にデートに使えるお店とか聞いておこうかしら?



 ……。



 ――



 今日は元々優秀で目を付けられていた彼らがパーティを組んだので、ギルド内部の研修依頼をする事になっている。

 一人一人に適性のありそうな仕事を割り振っていく。


 才能のありそうな部分を修行するとスキルが発現する確率が高いのだ。

 横にいる上司の人にも見られているので真面目に仕事をする。


 そしてタイシさんは。


 ……この人またスキル増えてるし、なんらかの特殊なスキルを女神様に貰っている確率が高いね、どうしようかこれ……。


 上司もいなくなったし、しょうがないのでタイシさんに常識を教えてあげる事にした。


 え? ここから逃げちゃうの? 待って待って違うの!


 急いで遮音系のスキルを使い、気づいてるのは恐らく私だけだと教え、さらに同郷で有る事も伝えた。


 逃げないで!


 貴方の存在はもう私の楽しみになっているのよ、いなくならないで?


 スキルも増やさない方が良いと言ったら納得してくれた。

 やっぱりスキルを増やせる能力が?


 そこでタイシさんも遮音の魔法を使ってきた……スキル欄にないスキルってそれは……。


 借りが一つと言ってお礼に体で払うって、何を言うのよエッチ!


 まったく……確かに細マッチョっぽいから、脱いで貰って筋肉をスケッチしたいなーとか思ってたけども……私の思いに気づいていた?


 この人との会話はなんだか楽しいなぁ、って私が美人で好み?

 確かに最近は美人な母に似てきたけども……そうか好みかぁ……えへへ。


 っと仕事仕事、食堂の手が足りなかったし、そこに入って貰おうかな?


 チョコレート様!


 チョコレート、チョコレート、チョッコレート、チョコレート、退屈だった日常がタイシさんのおかげで最近は毎日が楽しい! しかもチョコレート! ふふーふ。



 ……。



 お仕事も終わったし同僚を誘ってご飯でも行こうかなっと。


 同僚とギルド食堂で夕ご飯を食べていると、朝昼のウエイトレスの仕事をしている子らの仕事が終わったのか、着替えて近くのテーブルに座った。


 なんとなく聞こえてくるウエイトレス同士の会話が途切れ途切れ耳に入る……。


 ちょっとタイシさん何やっているんですか!

 めっちゃ目立っているじゃないですか!

 賄いで唐揚げ? 絶品のスープ?


 スキルの事もあるし目立ちたくないんじゃないんですか!?


 む? デート? ウエイトレスともデートの約束をしたんでしょうか……私を誘っておきながら? これは後で本人に確認せねばいけないですね。


 狙っちゃおうかなですって? え? タイシさんそんなにもてるの? うそ……どうしよう……。


 母も言っていました、恋愛は戦争で早いもの勝ちだと。


 タイシさんの事を好きかどうかはまだ分かりませんが、同郷の話しやすそうな人として気にはなっています。

 でももし他の娘に先んじられて取られてしまったら……。



 ……。



 ……。

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