第14話 ギルドのお仕事体験

 俺は今マスィーンになっている。


 ……そう、ジャガイモのような物の皮むきをする機械、いやマスィーンだ。


 そんな俺に厨房長は声をかける。


「ほら新入り、それが終わったら次はこっちを剥いておくれ」


 厨房長なんてかっこつけて言ったが、料理のおばちゃんだ。


「何か言ったかい? タイシ」


 いいえ何も言ってません。


 そして俺はニンジンのような物、ええい面倒くさい、これからは『ような』とは言わないからな! ニンジンの皮を剥くマスィーンに俺はなる!


「あらまぁ下ごしらえが早くて丁寧で、便利な新人だこと、次はこれね」


 そう言われ、俺の前に山積みされていく食材達……ギルドの食堂って社員食堂か何かかと思っていたら、ギルドが直接経営している食堂だった。


 冒険者横丁と言われる酒場や食堂の立ち並ぶ中でも一番大きい建物で、一番良い立地に建っているこの食堂に客がたくさん来ない訳もなく。


 しかも最近下働きが何人も同時に冒険者に転職したとかで、他部署の受付嬢とかの応援が必要なくらいに大変だったらしい。


 おのれ狐耳受付嬢め、これお前の仕事じゃあるまいな?


 あ、はい、ちゃんと剥いてます厨房長。

 まかせてください! 俺はやってやりますよ!


「おれはーマスィーン、強くてかたーいマスィーン、正義の味方剥きマスィーン、ずんちゃずんちゃ、皆の平和をま~もるたっめーむ~いてーむいてーむ~きま~くるー、そーれがーお~れーの――」


「うるさい! 黙って仕事しな! 意味が分かんない歌詞なのに無駄に良い声で上手いのよ! 気が散るでしょ!」


 歌いながらやっていたら厨房長に怒られた。

 皮むきとか単純作業はスキルに体を委ねると勝手に動く感じでヒマなのよね。

 歌いながらやれば歌唱系スキルの熟練度も上がるしさ。


「あの厨房長」

「なんだタイシ、早く仕事しなさい、こっちは忙しいんだ」


「剥き作業終わりました、次は何を?」

「え? いやいやそんなに早く終わる訳! ……終わっているわね、じゃ次はえーと朝食の時に返却された食器類が未だに溜まっているのよ、そこのお皿とか洗って拭いてから仕舞ってくれる? 同じ皿を同じ場所に仕舞うだけだから分かるでしょ、お願いね」


「了解しました厨房長!」


 ふんふんふーん、ばれないように〈生活魔法〉でちょちょいのちょいって。


「終わりましたー!」

「いくらなんでも終わる訳ないでしょ! 汚れた皿でお客に出す……終わっているわね? すごく奇麗だわ……」


「次は何を?」

「えーと、貴方もしかして料理とか家政系スキル持ち?」


「まーそんな所ですかねぇ」

「じゃぁ私達やウエイトレスの子達の賄いを作れるかしら? そこに置いてある形は悪いけど十分食べられる野菜とか、あとそこの安い肉類とかも好きに使っていいわよ、二十人分ね」


「了解しました! こっちの捨てる予定の骨とか野菜の切れっぱしとかも使っていいですか? 厨房長」

「構わないわよ、骨から出汁でも取るのかい? あんまり時間かけられても困るのだけど……」


「あ、大丈夫っす、じゃ適当にいきまーす」


 厨房長や他の料理担当者は昼に向けての仕込みで忙しそうだ。


 さてと、ノンフライヤーというのを聞いた事があるだろうか?

 実は揚げ物って全体を百何十度だか二百度だかの熱で包む事が出来れば、油はいらないのである。

 まぁ油で揚げるからコクが出るってのはあるけどね。


 大量の油とか高いから賄いで使ってられないし〈生活魔法〉さん出番ですよー。


 片栗粉的な物があってよかった。

 お肉に下味つけて~片栗粉をつけて~熱で包んで出来上がり~。


 この、油を使わない角ウサギの唐揚げ、ハーブ、ニンニク、生姜味の三点セットは。


 レッドピンクブルー君や後から合流した三人娘達が、危うくケンカになりかけた危険な代物だ!


 あの時は皆のケンカを収めるのに、何故か俺の分の唐揚げが沢山消えたんだよな……不思議だよね……。


 ふんふんふーん、大きな鍋の内側に〈生活魔法〉で結界張って、骨と野菜の皮やら捨てる予定だったクズ肉やらを投げ込みまして、さらにお水を入れてオーブン的な感じでっと。


 ついでに圧力かけてちょちょいのちょいっとで、特に名前もない美味しい出汁の出た汁の出来上がりっと。


 アクを除いた汁だけ鍋に残して、形の悪い根野菜とかを剥き剥き一口大にしてポイポイっと鍋に、お肉もポポイと鍋に入れて茹でてさらにアクを取る~、最後に塩にハーブに調味料っと。


 はんはんは~ん、硬いパンは、もういい加減使い慣れた〈生活魔法〉さんでちょっと柔らかくするの術をかけてっと。

 後は適当にサラダを作って、あ、厨房長この果物ちょこっと使っていいですか?

 一つならおっけ? ありがとでーす。


 果物の果汁で酸味と、後は塩とオリーブ的な油を使ってっと、隠し味に焼いた鳥皮からの油もちょこっとな~、ドレッシングのでーきあーがりー。


「厨房長、皆の賄い出来ました~! 三種類の大きな唐揚げとサラダ、ちょい柔パンと、ポトフっぽいスープで完成です!」


「ああ、思ったより早く出来たな新人……あのな、鼻歌しながらじゃないと料理出来ないのかい? やけに上手くてつい聞き入ってしまうから止めて欲しいんだが……そういえば新人冒険者で『鼻笛』なんて二つ名が付いた子がいるって噂を……」


 俺は厨房長の前に手の平を勢いよく出して。


「人違いです!」


 厨房長は俺の勢いに押され、自分が何を言っていたか忘れてしまったようで。


「あ、ああそうか……さて、お昼までもうすぐだ、フロアにウエイトレスを一人残して後はみんなで食べちゃうよ! 今日も忙しいからしっかり食べな!」


 料理人達も一区切りつけ、フロアを掃除してたウエイトレス達も集まり、厨房の横にある関係者用の大きな部屋の二十人座っても余裕のあるテーブルに着き、賄いを食べ始める。


 俺も早速唐揚げをパクリッっとな……うん、唐揚げも中々上手く出来たね。

 前に作った時より材料の質が良いからなのか、こっちのが美味しいや。


「なんだいこりゃ……タイシあんた油を勝手に使ったりは……していないよね?」


「してませんよ? 厨房長の目の届く所で調理してたじゃないですか、まあ俺のスキルって事で一つよろしく~」


『うま! 揚げ物は結構高い料理なのに賄いで食っていいのかよ』

『このスープもやべぇ、なんだこの深い味は……』

『サラダは普通だね、いや隠し味に何か……』

『パンが柔らかい、金持ち達が食べるパンみたい……とはいかないが十分美味いな』


『すっごーい、唐揚げとか中級級冒険者の食事みたいだねー』

『サラダさっぱりしてておいしー!』

『うわ、この唐揚げ、お肉の味が全部違うわよ!』

『え? ……わーほんとだ、私このハーブの香りがするやつが好きかも』

『パンが柔らかくてスープにつけないでも食べられちゃうね!』

『いつも下働きの作る料理って、お肉を焼いただけと適当なスープとパンだものね』

『あー今度入ってくれた下働きの人は最高ね、でもこの腕だとすぐ料理担当に……』

『確かに……でも頼めば作ってくれるんじゃ? デート一回で一食とか』

『アハハそれいいわね、じゃ私デート予約する~』

『私嫁に貰うわ~』

『なによそれ~、そういえばあの黒髪の冒険者達――』

『ほんと最悪だよね、しかも――』

『私もそれを聞いたかも、国の方は――』

『なにそれ……ひっど――』

『噂では――』

『さすが――』


 ……。

 ……。


 料理人やウエイトレスの会話は飯の味から雑談に移っていった。


 まぁ概ね喜んで食べてくれたみたいでよかった。


 俺が食べる事に集中し出すと、横から厨房長のおばちゃんが声をかけてきた


「なぁタイシ」


「なんですか厨房長、唐揚げのおかわりなら厨房にまだありますよ」


 それを聞いた十何人かの人間が走って行き……じゃんけんの掛け声が厨房から聞こえてくる。


「そうじゃないよ、あんた見習い冒険者として手伝いにきたんだろう? その年で見習いって事は才能がないんじゃないかね? それならこのまま厨房に就職する気はないかい? あんたの腕ならすぐ正式な料理人として雇ってあげられると思うよ、給料は中々良いし休みもきっちりある、しかもうちのウエイトレスはみんな独身で可愛い子ばっかりだよ! そんな可愛い嫁を捕まえるチャンスもある、どうだい?」


 確かに可愛くて妙齢な子が多かった、がしかし。


「誘って頂けるのはありがたいのですが、俺は冒険者としてやっていくつもりなんですよ、冒険者としてやりたい事もありますしね」


 そうきっちり断っておいた、実力を認めてくれるのは嬉しいんだけどね。


「そうかい残念だねぇ……でもまぁ冒険者見習いのギルド内依頼の時に優先的にうちに来てくれるくらいならいいだろう?」


「それくらいなら喜んで、俺も料理は好きですしね」


「そりゃあんだけ楽しそうに鼻歌を響かせながらやっていて、楽しんでない訳ないじゃないの」


 そう楽しそうに俺の肩をバシバシ叩きながら笑う厨房長。


 すごく痛い、この世界の人ってスキルを持っていて基礎能力が上がるせいか、力が強いんだよね……。


 そんな中、一人のウエイトレスが走り込んできて。


「厨房長、お客様が入り始めました!」


 賄いを食べ終わって雑談していた人達だが、それを聞いてガタっと全員立ち上がり。


「よーし皆、今日も戦争の時間だ、今日はタイシのおかげで準備もばっちりだし、料理担当はきっちり仕上げていくんだよ!」


 その厨房長の言葉に料理担当の人らは、元気よく『了解しました!』の返事をして厨房に走り込み。


「ウエイトレス達は今日も笑顔で元気よく大きな声で、お客にきっちりサービスを提供しな! ……そしていっぱいチップを貰うんだよ!」


 厨房長はウエイトレス達にもそう言って送り出す。

 彼女らは『ハーイ!』と大きな声で返事をし、統率された動きでフロアに戻っていく、プロだねぇ……。


「じゃ一人残ったこの子にも賄いを出してあげてくれタイシ、終わったらここの片付けよろしくね」


 そう言って去っていく厨房長。


「了解です厨房長! じゃぁ貴方の分はこちらですのでどうぞ~」


 一人分すでに配膳済みだった物をウエイトレスに差し出し。


 おかわりが残っているか厨房に確認しに行ったが、唐揚げもスープも一欠けらも残っていなかった。

 スープとか三十人分以上は出来ちゃってたんだがなぁ……。


 食べている子の邪魔にならないように、テーブル上の離れた部分から片付けを始める。


『なにこれ美味しー! あの! お代わりって……』


 俺がお代わりはないと頭を下げると。


『残念ですー、これ貴方が作ったんですよね? すごい美味しいです!』


 そうニコニコ笑顔で褒めながら食べてくれた。


 ……それを見ていると、日本でカード召喚したあいつらの事を思い出してしまった。


 あいつらも食べる事や飲むことが大好きで、笑顔で一緒に飯を食ったっけな……。


 早く呼び出してやりてぇよ……。

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