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 その日の午後八時頃、修は白壁峠の古屋へ車を走らせた。

 ノックをしても返事はなく、玄関を開けて「こんばんは」と声をかけると、白髪の老婆と三毛猫がいた。

「何事やろか?」

 と老婆は立ち上がりながら聞いた。

「けいこお婆ちゃん、こんばんは、谷山しゅうです」

「はあ?」

 景子お婆ちゃんは不思議そうに修を見る。

「あきちゃんは? あきちゃんは、いないとですか?」

「あきちゃんって?」

 修は聞き直した。

「あきは、いませんか?」

「あきは、おらん」

「待たせてもらっていいですか?」

 景子お婆ちゃんは入れ歯を外した歯茎を見せて笑った。

 修は玄関に座って何やら考え出した。

 老猫のレナが部屋の隅から彼を窺っていた。

「なーんにもなかばってん」

 と景子お婆ちゃんが言いながら、修に緑茶とおかきを出した。。

 一時間くらいかけて、修はおかきを食べた。

 景子お婆ちゃんがベッドの横に蒲団を敷き、レナも警戒を忘れて眠りかけた時、ふいに修が言った。

「けいこお婆ちゃん、あなたの息子のそうきちさんが、呼んでますよ」

 レナの目が開き、虹彩がエメラルドに光った。

「すらごつ」

 と言う老婆の目は非難に満ちていた。

 修は真剣な目で見返して、庭の方を指さした。

「ほら、そこに、いらっしゃいますよ」

 老婆は目の上に三角の深い皺を震わせてそちらを見た。

「どこにや?」

「ほら、家の外の、小さな畑の、暗い土の中にですよ」

「すらごつ言よろ?」

「聞こえんですか? お母さん、お母さんって、あなたを呼んでいるんじゃないですか?」

 老婆はしばらく庭の方へ耳を澄ましていたが、突然ビクッと肩を震わせ、目を大きく見開いた。

「ああ、そうきち、そうきち」

 立ち上がって、ふらふら修の横を通り、玄関の外へ出た。

 修がついて行くと、景子お婆ちゃんは畑に座り込んで息子を呼んだ。

「ねえ、そうきち、どがんした? 何でわたしを呼びよっとね?」

 修は彼女に言った。

「そうきちさんは、そこから出たがってるんじゃないですか? そんな所に閉じ込めるから、苦しくて、もがいているんじゃないですか?」

「ああ、そうきち、ごめんよお。わたしを許してえ。ああ、すぐに出してあげるけんね」

 景子お婆ちゃんはよろめきながら歩いて、家の横に掛けてあるシャベルを手に取り、息子が眠る畑へ戻った。彼女が土を掘り出すと、修は車へ歩き、準備していた軍手をはめ、懐中電灯を取って戻った。

「お婆ちゃん、おれが掘るけん、これで照らしてくれんね」

 景子お婆ちゃんは息をヒイヒイ鳴らしながら、シャベルと懐中電灯を交換した。彼女が照らす土を掘り進めると、すぐに宗吉の遺体の顔に当たった。彼女たちはごく浅い所に埋めたのだ。さらに掘り出すと、闇に照らし出されたその顔は、骨が剥き出しになっていた。死の底から異臭を放つ恐ろしい頭蓋は、何かを語りかけているようだった。頭蓋の眼跡から多足類が這い出して、頬骨を這い、口の中へと潜った。電灯の明かりが逸れ、遺体は深い闇に沈んだ。景子お婆ちゃんが電灯を落としたのだ。

「こりゃあ、そうきちじゃなかあ」

 と発狂したかのように叫んで、彼女は古屋へ戻って行った。

 首から胸へと、修は土を掘り出していった。懐中電灯を掘り積んだ土の上に固定して遺体を照らし、特に胸部を、軍手をはめた手指を使って慎重に土を掻き除いた。景子お婆ちゃんの言った通りだった。宗吉は胸深く包丁を刺したまま埋められていた。服の上からでも肋骨の間に包丁が挟まっているのが見て取れる。胸の凶器を確かめた修は、掘り出した土をスコップで戻し、白骨化した遺体を再び闇に埋めた。















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