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それから毎日、修は鈴の病室を訪ねた。
途中、雨が二日降った。
一週間後の晴れた日のこと、鈴はその日も奥の椅子に座り、膝の三毛猫のぬいぐるみを撫ぜながら、ガラスの向こうの空を見ていた。包帯が外された右手首の、咬み切った傷跡が痛々しかった。
「今日も、晴れてるね」
と声をかけながら修は近づいて、鈴の横にひざまずいた。
「こんな晴れている日は、あたし、行く所があるとです」
と人形のように表情を変えずに鈴は言う。
「おれも・・おれも、こんな晴れた日は、行く所があるとよ。りん、一緒に行こう」
祈るような修の目を、鈴が見る気配はない。
「どちら様か存じませんが、どうしてそんなこと言うとです?」
修はこらえきれず、鈴の手を握ろうとした。
「あっ」
と言って、鈴は瞬時に手を引っ込め、
「変なことすると、叩くけんね」
「いいよ。りんにだったら、千回ぶたれてもいい」
溜まっていた涙が修の目からこぼれた。
鈴は自分の指に咬みついていた。
「そんな変なことを言う人を、あたし、知っています」
「その変なやつって、誰ね?」
「あたし、その人とは、もう、会っちゃいけないとです」
修はずっと迷っていたことを、ついに聞いた。
「それは、りんが、お義父さんを、殺したから?」
鈴は見る見る青ざめていった。悲鳴をもらしながらよろよろ歩き、ベッドの横に壁を向いて崩れ落ちた。
ぬいぐるみを抱いたままうずくまって、震える声で言う。
「ああ、やっぱり悪魔があたしを迎えに来た」
修も鈴を追って、すぐ横に膝をついた。
「りん、ずっと苦しんでいたとやね? ずっと、地獄を抱えて生きてきたとやね? だけど、もう大丈夫やけん。おれが、りんの苦しみを一緒に背負うけん。もう、りんを離さんけん」
痩せた肩をそっと抱くと、鈴はぶるぶる震えだした。
「お義父さん、ごめんなさい。もう、許してください。あたし、ちゃんと死ぬけん。今度こそ、ちゃんと死ぬけん」
泣きだした鈴を体から離し、修はやさしく言った。
「ごめんね、りん。りんは、悪くなか。お義父さんが、りんに、ひどいこと、したとやろ?」
鈴は何かの発作を起こしたように床を拳で叩いて嗚咽した。
「ごめん、なさい。ごめんなさい。あたし、お義父さんに、襲われるなんて、思っとらんかったけん、知らんまに、お義父さんを、あれで、叩いてたとよ。お義父さんが、死ぬなんて、考えもつかんかったと。だから、許してえ。今度こそ、本当に死んでお詫びをいたしますから」
鈴は、うおおお、うおおお、と阿鼻叫喚の苦しみを吐いて泣いた。
修も涙を流して訴えた。
「りんは死んじゃいけない。りんが死んだら、ひどく悲しむ人がいるけん。りんが死んだら、そいつも生きていけんとやけん。そいつだけじゃないよ。りんがこれから関わっていくいろんな人のためにも、鈴は生きていかなくちゃ」
十分くらい泣いた後、鈴がかすれ声で聞いた。
「あんたまで、何で泣いてると?」
修は目を見開いて鈴を見つめた。
「おれのことはよかけん、りん、おれと一緒に、警察に行こう。何も心配いらんけん。おれがおるけん。おれが一生りんを守るけん。だから、一緒に警察に行こう」
鈴の目も大きく見開いた。
「警察? そうなの、あたし、警察に行かなきゃいけないの。だけど、それも、しちゃ、だめだって」
「だめって、誰がそんなこと言うと?」
鈴の視線は虚空をさまよい、また泣きそうな声で言う。
「あきちゃんと景子お婆ちゃんとで、お義父さんを庭に埋めたんだって。だから、あたしが警察に行ったら、二人も捕まるから絶対だめなんだって。ああ、このことも、誰にも言っちゃいけないのに」
修は鈴を見つめたまま考え込んでいた。鈴は顔を背けて壁を見つめた。痩せこけた頬を濡らす涙に、手を伸ばしかけて修は止めた。
そしてこう尋ねた。
「ねえ、りん、さっきりんは、お義父さんを、知らんまに、包丁で叩いたって言ったけど、その時たまたまお義父さんに刺さってしまったとよね? 故意で刺したんじゃ、なかったとよね?」
鈴の視線が膝のぬいぐるみへ移ろった。
「包丁って?」
「けいこお婆ちゃんに聞いたとよ。りんがお義父さんの胸を、包丁で刺したって」
鈴は目に涙を湛えて首を振った。
「あたし、包丁なんて使てないよお。知らんまに灰皿でお義父さんの頭を叩いてて、血がいっぱい流れて、恐ろしくて、恐ろしくて、家から逃げ出したとよ、あああ」
鈴はベッドの上に手を伸ばして蒲団を引っ張り、それを頭からかぶると、また震えながら嗚咽した。
修は鈴にぎりぎり触れないようにそっと寄り添っていた。
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