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月日は流れ、ある春雨の昼下がり、修はアパートの大家に一週間後に出て行くことを告げた。彼の頬はさらにこけ、筋肉質だった体も痩せ細っていた。
修が階段を上って二階の部屋に戻った時、一人の男が彼の部屋のチャイムを押していた。六十過ぎの、丸顔で大きな目の、りっぱな身なりの男だ。
修が近づくと、男は軽く頭を下げ、瞳の奥を覗き込むように見つめてきた。
「谷山しゅう、さん?」
「どなたですか?」
と修は聞き返した。
男は頬に笑くぼを浮かべた。
「わたしは、りんの父親で、原口けんじという者です」
修の目が大きく見開かれた。
「りんって、木下りんのことですか?」
「ええ、そうです。わたしは、ずっとあなたのことを調べていて、あなたが出所したと聞いて、ずっと捜していたとです。谷山しゅうさんで間違いないですよね? ああ、やっと会えた」
部屋に入れて、お茶を出した。キッチン付きの六畳一間の部屋で、健史は狭いベッドに腰を下ろし、修は机の前の椅子に座った。
健史は自分と鈴との関係をひと通り話した後、小さな台の上の緑茶を一口飲んだ。それから希望を探すような瞳で修を見つめ、こう言った。
「谷山さん、あなたは、りんのことを、お捜しじゃありませんか?」
修は鈴に似たつぶらな目を見つめ返した。
「りんが、自殺したってことは、聞いています」
「知ってらしたとですね?」
「ええ、ここへ帰って来て、まっ先にりんを尋ねましたから」
「りんは、どうしてなんでしょう? 死ぬことばかり、考えるとです」
「えっ?」
修の顔色が一変した。
「もう何度も自殺したとですよ。海に飛び込んだり、手首を切ったり・・」
「ええっ?」
修は健史の前にどっと膝をつき、彼の両手をぎゅっとつかんだ。
健史は驚いて腰を引いていた。
「谷山さん? どうされたとです?」
「りんは、りんは、死んでないとですか? りんは、生きてるとですか?」
食い入るように見つめる修の潤んだ目に、深い悲しみを溶かす光を健史は見た。
「何ね? あんた、りんが死んだと思っとったとね? りんは、生きとるよお。生きとるよお。そして、何よりあんたを必要としとるとよ。あんた、りんを、助けてくれんね?」
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