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 鈴がさまよう夜道のすぐ近くのアパートの一室で、修は大量のイチゴを食べていた。修にとってイチゴほどおいしいものはこの世にない。

「おいしかね?」

 と誰かが尋ねた。

「幸せね?」

 と誰かが聞いた。

「違う、違う」

 とイチゴを食べながら修はもらしていた。

「おれは、違うことを知りすぎてしまったと」

 大好きな果実なのに涙の味がした。

「こげんおいしかとに、何で幸せじゃなかと?」

 と誰かが問う。

 修はこれが幸せじゃないってことを知りすぎてしまったのだ。

「りんのために、彼女の好きな食べ物を買って、りんのおいしい笑顔が、おれの幸せなんだ。どんなに辛い苦労でもよか、りんと二人で、支え合いながら成長していくことが、おれの幸せなんだ。もう、どんなにおいしいものも、どんなに楽しい出来事も、おれを幸せにはできん」

 我慢できずに、携帯で木下家の電話番号を開いた。だけど身勝手な自分を呪うように唇を噛みしめ、画面を閉じた。















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