38

 鈴は夕方には修に会えると信じていた。その希望を胸に、貧血で倒れそうになりながらも必死に働き通した。なのに、やっと仕事を終え、外へ出た鈴を待っていたのは一成だった。

「ねえ、どうしてあんたがいると?」

 車を降りて嬉しそうに近づいてくる一成を、鈴は睨みつけた。

「迎えに来たとよ。病院に戻るだろ?」

 そう言って、助手席のドアを開けた。

 鈴は乗ろうとしない。

「病院? 行かんよお。あたし、病院、嫌いやもん」

「じゃあ、家まで送っちゃる。早よ帰って休まんなら・・顔、真っ青じゃん」

「あたし、会う人がおるけん、ごめんけど、消えてくれん?」

「そんなこと言わんで、早よ乗りいよ」

 手を出して、腕をつかもうとする。

 鈴はとっさに身を引いた。さらに近づこうとする一成の脛を右足で蹴って、道行く人たちに叫んだ。

「助けて下さい。この人、痴漢です。あたしをずっと、追いかけ回すとです」

 人々の視線が二人に集まった。少し離れた所には交番も見える。一成は慌てて車に乗り込み、どこかへ去って行った。

 鈴は人目を避けるように弁当屋の裏に入った。そして目を光らせ、修が来るのを待った。

 一時間が過ぎ、三時間が過ぎ、闇が彼女を覆った。貧血で立っていられなくなり、膝を抱えて待ち続けた。底知れぬ闇に鈴は沈んでいった。修の住む家はこの近くのはずだった。

「歩いて百五十歩かな」

 と彼が言ったのを鈴は思い出した。

 足を引きずり、大股でふらふら百五十歩、歩いてみた。弁当屋へ戻り、違う方向へ同じように歩いた。それを何度も繰り返した。














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