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原口健史が峠の古屋を尋ねて来たのは、その日の午後四時頃だった。家の横の畑で、白髪の老婆が野菜の手入れをしていた。健史は車から降りると、野菜の横の土にお参りするように手を合わせている老婆に尋ねた。
「こんにちは。木下りんさんにお会いしたかとやけど、おるやろか?」
「りんさん?」
銀歯が光った。
「りんさんは、おらんですか?」
「あんた、誰ね?」
老婆の目は健史に向けられているのに、焦点が合っていないようだ。
健史はやさしく笑った。
「わたしは原口といいます。りんさんのお母さんとは、昔とても親しかったとです」
話し声を聞いて家から出てきた亜紀が、健史に駆け寄った。ノースリーブの服にショートパンツを身に着け、キャバ嬢の時と変わらないくらい輝く肌を露出している。
「けんじさん、こんにちは。どうしてここが分かったとです?」
手を握り、男の目を熱く見つめる。
「いろいろ調べさせてもらったとよ。ゆりこの写真も見させてもらった。今日は、ゆりこの娘に、もう一度会いたくて来たとよ」
「もうっ」
自ら握った手を振り払って、亜紀は頬を膨らませた。
健史は目を丸くして聞いた。
「おやおや、何か気に障ることを言ってしまったのかな?」
「どうしてわたしの周りの男どもは、わたしじゃなくてりんに会いたがると? 太田ゆりこと、けんじさんは、昔、そんなにいい仲だったとですか? まさか、りんは、けんじさんの娘だったりして?」
亜紀は冗談でそう聞いたのだが、健史は真顔になった。
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