36

 原口健史が峠の古屋を尋ねて来たのは、その日の午後四時頃だった。家の横の畑で、白髪の老婆が野菜の手入れをしていた。健史は車から降りると、野菜の横の土にお参りするように手を合わせている老婆に尋ねた。

「こんにちは。木下りんさんにお会いしたかとやけど、おるやろか?」

「りんさん?」

 銀歯が光った。

「りんさんは、おらんですか?」

「あんた、誰ね?」

 老婆の目は健史に向けられているのに、焦点が合っていないようだ。

 健史はやさしく笑った。

「わたしは原口といいます。りんさんのお母さんとは、昔とても親しかったとです」

 話し声を聞いて家から出てきた亜紀が、健史に駆け寄った。ノースリーブの服にショートパンツを身に着け、キャバ嬢の時と変わらないくらい輝く肌を露出している。

「けんじさん、こんにちは。どうしてここが分かったとです?」

 手を握り、男の目を熱く見つめる。

「いろいろ調べさせてもらったとよ。ゆりこの写真も見させてもらった。今日は、ゆりこの娘に、もう一度会いたくて来たとよ」

「もうっ」

 自ら握った手を振り払って、亜紀は頬を膨らませた。

 健史は目を丸くして聞いた。

「おやおや、何か気に障ることを言ってしまったのかな?」

「どうしてわたしの周りの男どもは、わたしじゃなくてりんに会いたがると? 太田ゆりこと、けんじさんは、昔、そんなにいい仲だったとですか? まさか、りんは、けんじさんの娘だったりして?」

 亜紀は冗談でそう聞いたのだが、健史は真顔になった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る