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 土曜の早朝、修が峠の古屋へ着いた時、鈴は家の前にいなかった。「ミャア」と呼ぶ声に屋根を見ると、痩せた三毛猫が見下ろしている。

 ノックして玄関を開け、覗き込んだ。

「お早う、りん、迎えに来たよ」

 蒲団から起き上がったのは、パジャマ姿の亜紀だ。

「ああ、お早うございます。しゅう、今日も早かとやねえ」

「あれっ、りんは?」

 亜紀は流しでうがいをし、顔を洗ってから、修へ駆けて来た。

「ねえ、しゅう、須田さんに聞いたよ。わたしのために、危ない仕事をしてくれるとでしょ?」

 切ない声で抱きついてくる。

 修は亜紀の肩を押し離した。

「りんは、どこ?」

 恨めしそうな目が修を睨んだ。

「もう、あの子のことなんて言わんでよ。りんなら、いっせいとデートしてるとやけん」

「いっせい?」

「山下いっせい。りんの彼氏よ。もう三年も付き合ってるとよ。わけあって、半年くらい離れていたけど、昨日から、戻って来たとよ」

 修は亜紀を見つめたまま首を振った。部屋へ上がって、押入れを捜し、トイレを捜した。外へ出て、古屋の周りも駆け回った。だけどどんなに名前を呼んでも返事はなかった。















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