24

 水曜の早朝、流れを速めた大河の灰碧の川波に、無数の雨の華が揺れていた。

 人けのない川辺の車の中で、修は用意していた紙を開いた。

「それでは発表します。パッパラッパパーン・・」

 声で効果音を発する修を見て、鈴は笑い声をもらした。

「りんとおれが、今度の日曜のデートでする、八つのこと・・」

 修は鈴の笑顔と紙の文字を交互に見ながら、

「一つ、北山湖までドライブする」

「わあ」

 瞳がつぶらに輝いた。

「二つ、手を取り合って、湖畔を歩く」

「素敵」

 鈴が軽く拍手する。

「三つ、りんが作ったお弁当を、二人で食べる」

「心を込めて、お弁当、作るよ」

「四つ、おいしいソフトクリームも食べる」

「食べるぞー」

 目を細めて、おいしい顔になっている。

「五つ、誰もいない森の中の【愛の鐘】の前で、りんを抱っこする」

「叩くかも」

 と言いながらも、鈴ははにかんだ。

 夢見るように修は語る。

「森の中は、小鳥たちの声が聞こえて、のどかで涼しいとよ。樹々の隙間から陽の光が差して、葉の緑がキラキラ笑うと。その中をおれは、りんを抱っこして歩くと」

 頬を熱くして目を細めている修の肩を鈴が叩いた。

「詩人を気取ってるけど、嫌らしいこと想像してるでしょ?」

 修はムキになって、

「おれは、りん以外には、誓って嫌らしいことせんけん」

 鈴も頬を燃やして、

「何それ? あたしには嫌らしいことするってことじゃない。絶対叩く」

 叩くの言葉と同時に、修は両手で頬をガードしていた。

 それを見た鈴の目がひっくり返った三日月になり、笑い声がもれた。涙ももらすくらい笑ってから、

「ねえ、続きは? それから、あたしたち、何すると?」

 修は鈴の笑い顔に胸を焦がしながら紙を見た。

「六つ、手漕ぎボートを借りて、二人、湖を漂う」

「わあ、そんなの初めてよ」

 鈴の瞳が陽光と遊ぶ湖のようにきらめいた。

「七つ、【希望の橋】を渡って、【幸福のトンネル】でキスをする」

 鈴は耳まで赤くなって、修を睨んだ。

「【幸福のトンネル】に入る前に、【希望の橋】の上から、あんたを突き落とそうかな」

『それだけはやめて』と心で叫びながら、修は最後の一行を告げた。

「八つ、秘密」

 鈴を見つめる修の頬もほてっていた。

「えー、秘密って、何よ?」

「秘密やけん、言えんと」

「ずるかあ。何で秘密ね?」

 鈴の手が心に触れるように修の胸を押した。

「言えんけん、秘密たい」

 修も鈴の胸を押し返そうと手を伸ばしかけたが、叩かれるのが必至なので止めた。

 鈴はデートプランの紙を受け取ると、桃頬を燃やして見入り、夢見る声でつぶやいた。

「晴れたらいいね」


「一つだけ、おれの願いをきいて」

 雨に煙る道を、車をゆっくり走らせながら、修は言った。

 鈴は彼の横顔を見つめ、

「うん、修の願いなら、何でも・・」

「エンコウは、やらないで欲しい」

 しばらくして、鈴は泣きそうな声で応えた。

「ごめんなさい。その願いは、きけない」

「りんは、エンコウの意味を、知らんとよ」

「昨日、あきちゃんに、どんな仕事か聞かされました。ショックだったけど、ひと晩泣いたけん、もう平気」

 修は車を停め、鈴を見つめた。

「何で? 何でそげんこと、すると?」

「あたしのせいで、あきちゃんが、『薔薇園』という夜のお店で働いているとです。あきちゃんは、何も悪くないとに、あたしのせいで」

「おれを殴ったあいつらが、あきちゃんをそうさせてると? あいつら、誰ね?」

「龍神商会の須田という人と、せいじという大男。あんたは、関わっちゃいかん人たちよ」

 修は首を振り、鈴の手を握った。

「おれが、りんの借金、何とかするけん」

 鈴も首を振って、手を振りほどこうとする。

「あたしは、あんたにそんなことしてもらえる資格なんてなかとよ。あんたは、あたしのこと、何にも知らんとやけん」

 修はその手を離さなかった。

「何言うよっと? 人を好きになるのに、資格なんて関係なか」

 鈴は修から目をそらし、暗い声で言う。

「もう、行かなくちゃ。時間がなかよ」

 修は車の時計を見て、「ああ」と言い、車を発進した。雨は涙のように降りしきっていた。

 弁当屋の前で車を降りる時、雨音に消されそうなくらい小声で鈴は告げた。

「今日は水曜だから、帰りも送ってくれるとなら、今は言えんけど、夜なら言える気がする。その時、あたしの本当の姿を、しゅうに教えるけん」

 まるで自分が人間ではなく、本当は醜い妖怪だと言っているようだった。














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