23

 キャバクラ『薔薇園』に、原口健史が昨夜に続いて来客した。

「新人のユーコちゃんを指名していいかな?」

 いきなりそう問うので、隣に座ったナオミは眉を吊り上げた。

「あら、昨夜のお仕置きかしら? でも、あのこは昨日、たまたまお手伝いで来ていただけでして、もうおらんとですよ」

「えー、ユーコちゃんに会いに来たのにー」

 ため息をつく健史に、ナオミは洋酒を注ぎながら、

「けんじさんの指名を受けるなんて、あのこに嫉妬しちゃいそう。どうしてあんな地味で不器用な娘がよかとです?」

 水割りを一口飲んでから、健史は焦点の合わない目をグラスに向けた。

「どうしてかな? 朝方、あのこが夢に出てきて、目が覚めたとよ。普段は夢なんか覚えちゃいないとやけど、どうしてだか、はっきりと覚えている。それから一日じゅう気になってね。それで来たとよ」

「あらまあ、夢にまで出てくるなんて、あのこのビンタ、そんなに強烈だったの?」  

 ナオミは健史の頬を指先で妖しく触った。

「夢の出演料を払わなくちゃね」

「あら、わたしは? わたしもけんじさんをビンタしたら、夢に出演できるかしら?」

 健史は財布から一万円札を抜いて、ナオミの胸に差し入れた。

「あのこの連絡先を教えてくれんやろか?」

 ナオミは口をとがらせて男を見つめた。

「そんなこと、知らんけん」

 健史はもう一枚胸の谷間へ差し込んだ。

 ナオミは笑顔でテーブルから離れた。

 しばらくして、ナオミは薔薇のように華やかな娘を連れて戻って来た。亜紀だ。お金持ちと聞いて、亜紀は微笑みに誘惑を香らせ、健史の腕を握りながらべったり座った。

「はじめまして、アンといいます。新人で何も知らないので、いろいろ教えてください」

 甘い声でそう言いながら、胸を男の腕に押し当てる。

 向かいに座ったナオミが教えた。

「アンは、ユーコの妹なんですよ」

 健史はその若い娘を不思議そうに見つめた。

「昨日の娘に、ぜんぜん似とらんばい」

 亜紀の笑顔が崩れかけた。

「ユーコは、太田さんの連れ子で、わたしとは、血のつながりはないんです。あ、太田さんというのは、継母です」

「太田? 太田、何?」

 男の目の色が明らかに変わった。

「えっ? 名前ですか? 太田、ゆりこ、ですけど」

 目を丸く見開いて愕然としている健史に、ナオミが問う。

「けんじさん、どうしたと?」

 健史は二度うなずくと、ウイスキーをグイッと飲み、亜紀の手を痛いくらい握った。

「その人の、写真は持っとらんね?」

 亜紀は炎のような目を見て、この男は金になると感じた。

「今度、写真を持ってきますけど、太田ゆりこと、どういう関係なんですか?」

 と、わざと悲しい目をして尋ねた。

「もしかしたら、昔、うちの会社の社員だった人ばい。ずっと、ずっと捜していたとよ」

「なぜ、お捜しに?」

「昔、とても仲が良かったけど、突然いなくなった人だから。こっちに戻っていたとやね?」

 亜紀は涙を見せるため、父を刺したあの瞬間を思い起こした・・亜紀の名を呼んで崩れ落ちたあの父の最期を・・思い出したくもなかったが、そうすれば涙が狂おしく出てくることを知っていたから。

 健史は目の前の娘がぽろぽろ涙をこぼすのを見て、恐る恐る確かめた。

「ゆりこは、こっちに戻っとるとよね?」

 悲しい泣き声が亜紀からもれた。

「お義母さんは、去年の暮れに、交通事故で死にました」

 言葉が短剣となり、健史の胸に突き入った。












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