22

 空の青が川面に散らばり、幾千万の宝石が揺れていた。

「あたし、休みができたと。すごいでしょ?」

 朝の川波のきらめきに小石を放りながら鈴は言った。深い悲しみに沈んでいくそれを、笑顔で見ている。

「休みって、いつ?」

 修も石をひろい、大河へ投げた。

「今度の日曜。何しようかなあ?」

 鈴の輝く瞳が修の目を覗き込む。

「何したいと?」

「もう二度と休みなんかないかもしれんけん、誰か素敵な人と、デートしようかな」

 鈴は川の流れに顔を戻したが、横目でちらちら修を見た。

「いいよ」

「えっ? 何がいいと?」

「素敵な人って、りんの周りにはおれくらいしかおらんやろけん、しょんなかけん、デートしてあげるよ」

 鈴は口をぽかんと開けて、笑顔の修を見た。

「しょんなかって何ね? あんたと遊ぶくらいなら、猫と遊ぶ方が楽しいわ。ほんとよ・・」

 鈴は水天宮の方へ足を引きずりながら、頬をふくらませる。

「もういい。レナとデートするけん」

 修は周りを見まわして黄色い花を見つけると、走ってそれを引き抜き、鈴の前まで駆けた。そして片膝をつき、その名も知らぬ花を恋しい胸へ差し出した。

「おれは、一分一秒でもりんと一緒にいたい。おれと、今度の日曜日、デートしてください」

 果汁ほとばしる桃の笑くぼを浮かべているのに、花を手に取るのをためらっている鈴に、修は重ねて告げた。

「デートしてくれんなら、おれはまた、筑後川に飛び込むけん」

 やっと鈴が花を受け取った。

「川に飛び込まれちゃ、魚たちが迷惑するけん、しょんなかね。でも、またって何ね? あんたいつ、この川に飛び込んだと?」

 修は笑ってごまかした。

「それは・・りんのためなら、いつだってこの川に飛び込む気持ちがあるって意味たい。それより、りん、何で泣いてると?」

「えっ? あたし、泣いてなんかいないわよ。ほんとよ」

 鈴はそう言いながら手の甲で頬を拭い、幸せの笑みを修に浴びせた。


 空色のムーブに乗って、弁当屋へとドライブしながら修は聞いた。

「どうして休みができたと?」

「あたし、転職するとよ。弁当屋じゃ、借金返せんけん。引き継ぐのに一週間かかるけん、土曜まで弁当屋で働いて、日曜に一日だけ休みをもらって、来週の月曜から新しい仕事をすると。やけん、しゅうに車で送ってもらうの、今週で終わりよ」

 修は目の前が暗くなった。希望を探して隣を見ると、鈴は唇を噛みながら微笑もうとしている。

「新しい職場にも、おれが送るよ」

 と修は訴えたが、鈴は首を振り、

「ううん。今度の仕事は、送迎付きなんだって。あたしにぴったりでしょ?」

 修は胸奥まで暗くなった。まるで昼なのに太陽が消えてしまったように。

「それって、どんな仕事?」

「エンコウとかいって、きっと公園の仕事だわ。それより日曜のデートのことを考えておいてね。そうだ、ねえ、デートの計画表を書いて来てよ。最後のデートだから、最高のプランをお願いね。明日までの宿題よ」


 アパートに戻るとすぐ、修はパソコンを開いて、車で行けるデートコースを調べた。鈴の言葉を思い起こし、『エンコウ』も検索した。













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