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 車を降り、ドアを閉めてから、鈴はしまったと思った。今回もお礼を言っていない。はっと気づいてドアに手を伸ばした時、車は走り出した。

「あたしって、最期までハンパ者じゃん」

 足を引きずり、草の堤を下りて行った。

 暗い河原を母の元へと歩きながら、鈴は語りかけた。

「お母さん、あたしが入院したあの雪の日、ここで死んだとやね? あたしが疲れているお母さんにムリさせたけん、死んだとやね? ねえ、お母さん、あたし、また、ヘマしちゃった。あたしのせいでお母さんが死んじゃったけん、あたし、お母さんの言う通り、お母さんの分まで、一生懸命笑って生きようとしたとよ。短大もあきらめて、せめて自分の手術で作った借金だけは返そうと、休日なしで、精いっぱい働いとると。だけど、もう、ムリみたい。今度のヘマは、もうムリだよね? もう生きていかんでも、よかよね? ねえ、もう、よかって言って」

 黒い水へ入って行くのに躊躇はなかった。冷水が凍える体と心に痛かった。いつのまにか涙で母の面影以外見えなくなっていた。

「お母さん、ごめんね。あたし、お義父さんを傷つけちゃったの。あたしに付いているこの血、お義父さんの血なの。ねえ、お義父さんは、死んどらんよね? あたし、殺しとらんよね? ああ、あたし、取り返しのつかんことばっかりして、もう、どうしていいか分からんとよ。だけん、お母さん、あたしを抱きしめて。今すぐ、そこへ行くけん、抱きしめてね」

 ふいに周りが重苦しくなって、頭まで水没したことを知覚した。苦しくて息を吸いこもうとすると、黒い水が体の中へ入ってきた。水は入ってはいけない所へも入ったようで、呼吸が荒くなり、吐き出そうとするのにさらに水を吸い込んでしまう。胸が痛くなり、意識が痺れた時、ジャバジャバ水が騒いで、誰かが自分を抱き寄せるのを感じた。「お母さん」と水中で叫ぶと、鈴はもう何も分からなくなった。















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