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 由里子が病室に残ると言うので、宗吉は彼女に車のキーを渡し、一成の車で亜紀と一緒に家まで送ってもらった。暗い峠を昇り、家に着いたのは夜の九時半過ぎだ。由里子が作っていた夕食を三人で食べていた時、玄関が荒々しく開き、二人の男が土足のまま部屋に上がってきた。一人は六十歳くらいの白髪の中肉中背、もう一人は二十代らしきスキンヘッドの巨漢だ。

「木下さん、今月分を頂きに上がりましたよ」

 と白髪の男が含み笑いを見せて言った。

 宗吉は茶碗を炬燵の上に置いた。

「ちょうどよかった。須田さん、あんたにお願いがあるとよ」

「お願い?」

「娘のりんが事故にあって、手術をしたとよ。入院もせにゃならんし、また四十万ばかし、貸してくれんやろか?」

 須田は「ほう」ともらして、鉛のような重い目で見つめてきた。

「あんたもほんとについとらん人やねえ。やっとここまで金返してきて、また借金か。ばってん、この土地もこのあばら屋も、もううちのもんなんばい。もう担保なんて、なかろうもん」

 宗吉は須田の目に呑み込まれそうだった。

「お願いしますよ。うちにはもう、どこも貸してはくれん。あんたのとこしか、借りれるあてはなかとですから」

 初老の男の唇の端が上がり、目尻の下に皺が寄った。

「しょんなかねえ。じゃあ、前から言うよるように、二人の娘さんが担保ばい。せいじ、四十万、出してあげなさい」

 スキンヘッドの大男の誠二が、手にした鞄から紙を出して須田に渡した。須田は炬燵の空いたスペースに腰を下ろし、その借用書に必要事項を書き入れた。

 借用書に署名捺印した宗吉に、誠二が札束を手渡した。

「五月末ばい。それまでに利子をつけて返せんかったら、娘さんのどちらかを差し出してもらうけんね。あんただって、運び屋をやってもらうけん」

 と須田が言う。

 宗助は地獄を見るようにうつむいたまま言う。

「いいばい。鉄工所を潰してから、おれは堕ちるとこまで堕ちたとやけん、どんな汚い、裏の仕事だってやっちゃるばい」

「こんな契約、違法です」

 と一成が口を出した。

「おや、山下いっせいくん、龍神商会に何か文句でもあるとですか?」

 と言いながら、須田は血も凍るような冷笑を一成に向けた。

 一成はうまく聞き取れなかった。

「老人しょうかい? だいたいあんた、何でぼくの名前を知っているんだ?」

 須田の顔に冷笑が消え、怒れる能面が張り付いた。

「きみはもう何年もこの家に出入りしているからね。調べはついているとばい。せいじ、いっせいくんを、お送りしてあげなさい」

「な、何? わああ」

 一成の悲鳴が響いた。巨漢の右手が彼の髪をつかんで引きちぎるように上げたのだ。痛みと恐怖でもっと叫ぼうとしたが、左手で胸ぐらを締め上げられ、息が詰まって声も出なくなった。代わりに亜紀が悲鳴をあげていた。一成は肉食獣に急所を咬まれた餌食だった。手足をバタつかせたが、それも動かなくなった。『こいつらプロだ』と薄れゆく意識で痛感した。外へ引きずり出され、硬い地面に投げ出されてようやく息ができるようになった。

「龍神商会をなめたら、命はなかぞ。消えやがれ」

 誠二が吐き捨てるように言って、一成の腹を蹴り、辺りの闇と同じ色のベンツを移動させて道を開けた。一成は尖った靴の一撃に悶絶しながらも自分の車に乗り込み、震えが止まらぬ手足で運転して峠から逃げ去った。















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