2.事務所にお邪魔します…

 お母さんには休んでなさいと言われたけど、何かしてないと不安で泣きそうになるんだよね。


 かといって、家でできることってなると……床に積まれた教科書を横目に、枕へと顔をうずめた。

 ここ一年、空き時間は全て勉強に当ててきた。ボクは記憶力があまりなく、要領も悪かった。だからこそ、少しでも勉強を怠るとあっという間に学年最下位になった。だけども、継続は力という言葉を信じ続けて、なんとか全体の中くらいで居続けることができていた。

 

 それでも落ちたのは、ひとえにボクの大学選択が適切でなかったのと、緊張しいな性格のせい。


 肝心なときにいっつもミスを犯すのはわかってた。だからこそ、休憩時間中に周囲の声が聞こえないよう耳栓もした。教材も使っていた物は全て持っていった。中身の入った筆箱の予備すら持っていった。


 でもダメだった。


 それに、全て落ちたと分かったとき。

 申し訳無さよりも先に、悔しい気持ちが沸き上がったことに自己嫌悪した。まるで…ボクが第一かのようで……自分勝手な人間に思えたんだ。



「あーあ…ダメだなぁ、ボクは。まだうじうじしてる。男なんだから、スパッと割りきらなきゃいけないのに…」



――♪



 枕で音が遮られたのか、ハッキリとは聞こえなかったものの、なにかの音が鳴ったのはわかった。



「んぁ……あー、もうこんな時間…今日は歌枠、なんだ。久しぶりに…見ても、いいよね?」



 ボクはFuntubeでの活動を止めると共に、見ることもやめていた。音楽を聴きながらすると集中力が上がるとはいうけど……ボクにはマルチタスクができなかった。



「うわっ……さすがに一年ともなると、アーカイブがたくさん……ライブも開催してたんだ――いいなぁ」



 ボクが中学三年の頃にはもう活動していたVtuberグループ[イドラ&リアリティ]の1期生、唱意うたいこころ。彼女がボクの推しで、Vの沼に浸かるきっかけをくれたライバーなんだ。


 イドラ&リアリティとは何って聞かれたら、みんながみんな"アイドルらしくないアイドルグループ"って答えると思う。そもそも、公式の掲げる理想がそんな感じだし。



「…うん。ほんとに休んでもいいんだよね……3日でアーカイブ消化できるかな…」




□◆□



「……ふぁぁ…んぅ~っぁー――8時間も寝てたんだ……堕落した生活を送っている気がするんだけど…今日で最後だから、いっか」



 久しぶりに6:30に起きた気がする。いつもはもっと早かったんだけど。


 顔を洗いに洗面所に向かう途中、リビングの机にサランラップで包まれた朝ご飯と紙があることに気付いた。



「…あれ?もしかして、お母さん、もう仕事に行っちゃったの…?」



 ひとまず洗面所での用事を済ませてから、色々と書かれた紙を手に取った。



--------------------------------------

かなでへ

朝ご飯は用意したから温めて食べてね!

昼ごはんとか、もしかすると夜ご飯の時間までに帰れないかもしれないから、そのときはなにか適当に食べてね!あ、栄養バランスが偏りすぎないようにね?

あとは、今日一日できればPCとかスマホとかの通知を切らないようにしてほしいな~

それじゃあ、よろしくー!

--------------------------------------



「えっと……とりあえずごはん食べよ」



 少し整理すると、仕事なら7:30に家を出るはずだから、職場に関することならそう書くと思う。


 あとは通知……ボクのスマホとかから連絡が来るなら、少なくともボクにも関係していることだから……ぁ…。




「3日目で、ボクの通知……チャンスを作ってくれてるんだ……うぅ、また…迷惑、かけちゃった……」



 食器洗いに洗濯、風呂場の掃除から始まって、リビングの窓や天井、床、キッチン等々の掃除。果てには、エアコンや換気扇まで。


 そうして作業に没頭しているうちに、時刻は17時を回った。



「――あっ……えへへ……掃除する場所、もうないや…シャワー浴びよっか」


 

 そこからはほとんど覚えていない。いつの間にか寝ていたんだと思う。

 枕が少し湿っていた。



「21時……まだお母さんは帰ってきてないんだ。――帰ってきたら言わなくちゃ。バイト先…優しい人が多いから、やっていけるって。

 もう、だいぶ離れた人がいるとは思うけど……Funtubeもあるから、だいじょうぶだって。独り立ちできるって言わないと…!」



――ピポッ



 スマホから短い通知音がなった。


---------------------------------------------------------------------------×

ラフター株式会社CEO 弥重 忠博      


イドラ&リアリティⅢ期生になってみませんか?


mail.funtube.com            ⚙

----------------------------------------------------------------------------



 ボクのFuntubeのアカウントにメールが届いた。




□◆□



――コンコンッ


「…どうぞ」

「し、失礼します!」



 東京都にある本部……という名の大きく立派な屋敷。


 その応接室へと案内されたボクは、中学で学んだ面接の約束事を思い出しながら、足を踏み入れた。




「君が、天羽あまばかなでくんだね?」


「は、はい!ボクはあ、あみゃば…かなで、です……」


「あはは、そんなに緊張しなくてもいい……といっても君の性格じゃ、ちょっと難しいかな?」


「す、すいません……そ、その、あのグループの社長さんだと思うと…」


「そうだろうなぁ。ま、とりあえず、座って楽にしてなさい。いま、お茶をいれてくるから」


「……えっ?」


「たしか…好みが変わっていなければ、コーヒーが好きだった、と思うが……何か飲みたいものはあるかい?」


「えっ、いやっ!あ、コーヒーは好きですけど……ってそうじゃなくって!あ、そうじゃないのでして、です?」


「ふふっ、奏ちゃんのかわいさは相も変わらずのようだね。しばらく、そこのお菓子でも食べながら待っててくれるかな?」


「あっ……はぃ…」




 な、なんで、ボクのことを知っているのだろう?あ、でも、もしかしてボクのお母さんとなにか繋がりが…?


 でも、だとしても…なんで?




「…あっ……カントリーグランマ…しかもバニラ味……」


「食べないのかい?」


「ひゃぁ?!……い、いただきます?」


「うんうん、子供は素直でいるのが一番いい。

 おっと、たしか お と な だったかな?」


「うっ……むぅ…」


「ま、気になっているとは思うからネタバラシといこうか。

私は……


     ――君の叔父…にあたる存在だ」





「っ!……けほっ、けほっ――お、叔父…さん?」


「そうだね。君のお父さんの弟になる。

 ……ふぅ…

 

 ――その節は、本当にすまなかった!」


「いや、あ、あの!…だ、だいじょうぶですから……あ、頭を上げて、ください!

 そ、それに……謝るなら、ボクじゃなくて、お、お母さんの方だと思うので」



「……すまないね。それと、君の母親にはすでに謝罪をしているんだ。だから、そこは安心してほしい」



「は、はぃ



――そ、それで…メールのことなんですけど…」



「今日の本題だね。


 ……本当に承諾してくれるのかい?」


「はい!よ、よろしくお願いします!

お母さんが頑張って用意してくれた、チャンスなんです!」



「なるほど……このチャンスを掴みたい理由は そ れ だけなのかな?」



「っひゃ…………ボ、ボク、実はFuntubeで活動していて、でも、そのきっかけは1期生のこころさんで……歌声とか、他のメンバーと楽しそうにゲームする姿が羨ましくて、憧れていて……でもボクは友達はいない、です、し……頭も悪くて、人見知りで……取り柄がないんです。


 そ、それに!お、男なのになよなよしてて、声も姿も女の子みたいで……身長も、た、高くなれませんでしたし……でも、男だ、から!」




「もう、いいよ。君の気持ちは十分わかった。

 合格だよ」



「うぐっ……ひぐっ……んぇっ…?」



だ。君の悩みも短所も今聞いた。それでもなお、このチャンスをつかみに来たのだろう?

 たしかに、君よりももっとひどい境遇に身を置く人もいるのだろうね。それに、身内びいきもあるとは思っている。そうでなければ、私自らがこうして出てくることはないからね。

 それでも、君はたしかに合格条件を満たしているよ。」



「ひぐっ…で、でも――ボク、男、なんです…けど。」


「ふふっ。奏ちゃんが自ら言っていたじゃないか。自分は男なのに女の子みたいだと。」


「…うっ…だけど」


「いいんだよ。そもそも、私はイドラ&リアリティを作るに当たって、募集要項にライバーの性別は入れていない。

 まあ、たしかに今のところ全員が女性のように見えるが……それは入ってからのお楽しみにしておこうか。

 それに、取り柄がないといっていたが、君の短所は全て撮れ高になりうるんだ。言い方は悪いがね。

――あと、これも身内びいきになるのかもしれないが……奏ちゃんはそんなに頭が悪いとは思えない。」



「……ありがとう、ございます…」




――パンッ!




「よし、それじゃあこの辺でお堅いお話は終了にしようか。

 今日からしばらく予定が空いているんだったかな?」


「…はい…その、だ、大学生活は…ないので」


「そうか…そうか。

 それでは……二週間だな。二週間で君にVtuberとして必要な知識を教える。例えるなら、会社の方針や規約等になるか。だいぶ駆け足となってしまうが、すでに3期生の選考及び準備はほとんど終わっていてね……暫くは勉強漬けの生活となってしまうが…だいじょうぶかい?」


「…はいっ!頑張ります!」


「よし、このきつい二週間を無事に終えれば、あとはキラキラしたV生活だ。多少のルールはあるが、基本的には活動者のやりたいことをしてくれと言う方針なのでね。思う存分、将来を期待してくれていい。決してその期待を裏切りはしないと約束するよ。」


「…っ!はい!」




「よし、ではくつろぎながら勉強会と行こうか。最初は…そうだなぁ、配信に必要な機材についてなんだが―――」 

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