第8話 最終確認

 アンセルム王子が会場の中央で叫ぶ。しかし、誰も反応しない。王子の言葉では、誰一人として動こうとしない。王子の取り巻き達も。


「くそっ! なぜ、お前たちは俺の言うことを信じない! 間違っているのは、その女の方なのにッ!」


 王子が周囲を見回し、舌打ちをする。王族である者には相応しくない、見苦しくて下品な彼の仕草を、私は初めて見た。これも、彼女に影響されて覚えたのでしょう。もう既に、私の知っている王子とは別人なのね。


 私の心は、どんどん冷え切っていく。


「アンセルム様、ご理解いただけましたか? 彼らの反応が、殿下とディアヌという女に対する評価です」

「黙れ! そいつらの反応など関係ない! 俺の新しい婚約者は、ディアヌにすると決めたんだ。未来の王妃である彼女のことを侮辱するのなら、不敬罪で貴様を牢屋にぶち込むぞ!」


 アンセルム王子は一度決めたら、やり抜くという人だ。だから、そうなるだろうと予想していた。でも、その予想は外れてほしかった。どこかで、立ち止まってくれと願っていた。


「……私との婚約を破棄し、ディアヌと添い遂げるつもりですか?」

「あぁ、そうだ。俺は、彼女と一緒に生きていく!」


 最終確認。やはり、予想通りになってしまった。


「話は終わりだ。お前は、さっさと、ここから立ち去れ!」

「……」


 アンセルム王子に命令されたが、私は動かない。じっと、彼の瞳を見返すだけ。


「ッ! 王子である俺が命令するッ! 兵士よ、この女を会場から追い出すんだ」


 王子の命令に、会場で警備していた兵士たちが動き出した。彼は、ニヤリと笑って嬉しそう。だけど、その表情はすぐに変化した。


「な、なにをする!?」


 駆け寄ってきた兵士は、私ではなく王子を拘束する。両脇を固めて、逃げられないように捕まえていた。


「こ、この! 離せ! 何をする! 俺は王子だぞ!?」

「いいえ、違いますわ」

「は? 違う、だと? 何を言っている!?」


 兵士の拘束から逃げようと、もがく元王子。そんな彼の目の前に、隠し持っていた羊皮紙を突きつけた。


「もしもアンセルム様が人前で、私に婚約破棄を告げるようなことがあれば、貴方を王室から除名する。そういう指示を、国王陛下より承っております」

「父上が!? そんな、馬鹿なッ!」


 馬鹿と言いたいのは、私の方よ。こうなる事を予想して、事前に話し合い用意していた。まさか、これを使う日がくるなんて。


 そんな日は、訪れてほしくなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る