最終話 転校生美少女は大好きな人になりました。
1月1日、元旦。
俺はあおいさんとみおちゃんと三人で初詣にやってきた。
「お兄ちゃんー!」
向こうでは、ゆみちゃんが嬉しそうに手を振っている。
その隣には、仲良さげに一緒に並んでいる母さんとおじさんもいた。
「おまたせ」
「早く初詣並ぼう!」
ゆみちゃんに手を引かれ、俺達は初詣に並んだ。
真ん中にゆみちゃん、その左におじさんと母さん、右に俺とみおちゃんとあおいさんの六人で並んでいる。
人混みは随分と多くて、並んでいると、暫く掛かりそうだ。
並んでいる間、俺を間にゆみちゃんとあおいさんが会話を楽しむ。
出来れば、あおいさんと俺の場所を変えて欲しいんだが……。
二人に腕を握られいて動けないのだ。
「あおいちゃん、実家はどうだったの?」
「ん~すごく広がった!」
「へぇー! じゃあ、みおちゃんが大きくなったら、遊びに行ってボール遊びとか出来そうね!」
「ん~、でも木とかいっぱいあって大変かも?」
あの庭でボール遊びか……ちょっと厳しそうだな。
普通に立っている木が数百万だよと言われても信じるね。
「お爺ちゃんはどんな人だったの?」
「お爺ちゃんは~なんかいつも、むっとしている感じ!」
あ~確かにむっとしているように見えるな。
顔のシワとか凄かったしな。
「お兄ちゃんとキスはしたの?」
「それはまだかな~」
そうそう、キスはまだ……………………。
は?
「あああああああ」
「あっ、お兄ちゃんがまた壊れた」
「そうたくん!? 落ち着いて!?」
きゃっきゃー!
◇
ようやく並びも終わり、俺達はゆみちゃんとおじさんが巨大な鈴を鳴らした音を聞いて、二礼をして二回拍手をして最後に一礼する。
――どうか、みおちゃんの健やかな健康と、あおいさんの人生に光あれ。
…………結局、今年は自分の事を何も祈らなかったな。
次はみんなで
やり方はそこに書いてあるので、そのまま絵通り進める。
みおちゃんの手にもちょっとだけ水を付けたけど、どうやら冷たかったらしく、直ぐに泣き声をあげてしまった。
そんな俺達を見たあおいさんは、近づいて来て俺にだけ聞こえるような小声で、「パパが酷いでちゅね~」と呟く。
…………もう死んでもいい。
いや、死にたくはない。
冗談でも言っちゃダメだったな。
お参りが終わったので、おじさんの奢りで焼肉に行く。
個室に入って、みおちゃんを解放してあげると、遂に我の時代が来た! と言わんばかりに、すっかり様になった『はいはい』で動き回る。
俺は慣れた手付きで、みおちゃんの腰を持って行かせる方向を変えてあげると、みおちゃんは楽しそうに真っすぐ突き進んで遊び始めた。
美味しい焼肉を食べ終え、俺とあおいさんは三人と別れて、散歩に出る。
「あー! そうたくん! 樹の下公園に行きたい!」
「分かった。行こうか」
すっかり遊び疲れて眠っているみおちゃんは抱いたまま、樹の下公園に向かう。
到着した樹の下公園には、誰もいない。
冬のこの時期に、こんな風通りの良い場所で遊んでる子供はいないからね。
「夏とは違って、誰もいないな~」
「まあ、寒いからね」
「それもそうだけどさ……なんか寂しいな」
「でも来月には沢山増えるよ?」
「えっ? どうして?」
「雪が降ったら、あそこからソリに乗れるんだよ」
「あ! なるほどね!」
あおいさんは、前回来た時、俺達が遊んだ場所に向かう。
俺もその後を追っていく。
坂の先をあおいさんが歩き、目の前にあおいさんの脚が見える。
…………今まであまり意識してないけど、美人なのはもちろんなんだけど、足もとても綺麗だ。特に太ももとか……。
寒い冬は黒いタイツを履いていて、大人の魅力を感じる。
うん。本当に役得。
「そうたくん! 見て見て! ここから公園が一望出来るよ!」
「そうだね。でも前回も見ていたでしょう?」
「あの時は人が多すぎて、こんなに見渡せる感じじゃなかったもの」
「確かにそうだったかも知れないな」
冷たい風が吹いて来て、彼女の髪を優しく撫でる。
その時。
彼女の周りにふわふわした白いモノが映り始める。
「あっ! そうたくん! 見て!」
彼女は手を開いて、周りに降りて来た白い雪を見つめる。
「雪! 今年の初雪だね!」
「そうだね!」
「えへへ、初雪をそうたくんと一緒に見られて嬉しいな!」
「俺も嬉しいよ! あおいさん」
本当に、こんなに色鮮やかな冬は人生初めてかも知れない。
いや、冬だけではない。
今年は本当に色鮮やかな年になった。
――――こんな年は毎年だったら、どんなに嬉しいのだろうか。
「ねえ、そうたくん」
「うん?」
「………………やっぱり、私、お爺さんの所で住むよ」
「…………そうか。うん。俺もそっちの方がいいと思う」
「うん。やらないで後悔するよりは、やって後悔したいから――――――そうたくんが私達を後押ししてくれたから」
少し寂しい――――いや、とても寂しい。
それでもだ。
あおいさん達には、肉親であるお爺さんの下で暮らせるんなら、暮らした方がいいと思う。
だから、ずっと、時間がある度に俺はあおいさんを説得した。
あの爺さんに言われたからじゃない。
寧ろ…………今でもあの爺さんを殴ってやりたいとさえ思っている。
でも、折角一緒に暮らせられる肉親がいるなら、絶対一緒にいた方がいい。
『血』が繋がっていなくても、家族にはなれる。
でも…………産まれた時点で、『血』は決まるのだ。
「あおいさん。ありがとう」
「ううん。こちらこそ、ありがとう。私達を応援してくれて……沢山助けてくれて」
「あおいさんのおかげで、毎日が色鮮やかで、本当に楽しかった。だから、俺は一生忘れないよ」
「……うん。私も一生忘れない」
その日、俺達は久しぶりに手を繋いで帰った。
寒い冬の日なのに、俺の手に伝わる温かさと、心臓の鼓動で温かい気持ちになれた。
◇
その日の夜。
私達は久しぶりに三人で寝る事にした。
実家でも一緒に寝たけど、別な家なのもあり、緊張もあって、あまり覚えていないくらい……。
だから、私達の家で一緒に眠るのは、本当に久しぶり――――みおの寝起きを調べる日以来だね。
「…………そうたくん、寝てる?」
すやすや寝ているみおの寝息が聞こえてくる。
「ううん。あまり眠れないかな」
恥ずかしそうに、そうたくんの声が聞こえてくる。
「えへへ、私も…………」
電気を消して暗くなった部屋の天井を見つめる。
いつもの天井なのに、そうたくんと一緒にいると、きらやかに見えてしまうね。
「ねえ、私の料理、何が一番好き?」
「…………全部、と言いたいけど一番と言うなら……グラタンかな」
「ふふふっ、あの日もグラタン食べたいって言ってたものね」
「あ……緊張してたから何も覚えてないや……」
実家から帰ったあの日の事。
私はいまでも忘れられない。
そうたくんが、みおのお父さんになりたいと言ってくれた日。
本当に……本当に嬉しかった。
「ねえ、そうたくん。みおの……お父さんになってくれる?」
「…………もちろん。俺はいつでもみおちゃんの父親でいるつもりだよ」
「…………ありがとう」
「こちらこそ」
暫くして、そうたくんの寝息の音が聞こえて来た。
一度呼んで見たけど、そうたくんの反応はない。
私は静かに起き上がり、彼の隣に行った。
…………彼の顔をまじまじと見た事、なかったかもね。
冴えない男だと言っているけど、私はそう思わない。
可愛らしい顔だし、真剣な時は、凄くカッコいい男の子の表情になるんだ。
本当に、君のおかげで私達は、沢山助けられた。
だから、ありがとう――――――。
私は、人生初めて、彼と唇を重ねた。
◇
数日後。
駅。
新幹線の前に、みおちゃんを抱いたあおいさんが見える。
そして、俺の右手には、あおいさんの左手が繋がっている。
「そうたくん。そろそろ別れだね」
「ああ。でも悲しくはない。あおいさんは前を向いて歩き出したんだから」
「うん。私、頑張るから」
「ああ。俺も頑張るから、あおいさんも頑張ってね」
「……うん。保育士……絶対になってね?」
「勿論。必ずなるよ」
そして、俺達の前に到着した新幹線に、あおいさんがゆっくり歩き出す。
俺と繋いだ手が少しずつ離れていく。
そして、最後に離れる。
彼女は歩む速度を緩めず、そのまま新幹線に乗り込み、席に移動した。
窓越しに彼女と眠っているみおちゃんが見える。
目が潤んでいる彼女に、俺も思わず目が潤んでしまう。
そして、ベルの音が鳴って、新幹線が動いた。
その時。
彼女は何かを語り掛ける。
――――花火大会の時と同じ唇の動き。
「……ああ。俺もだよ、あおいさん。俺も…………あおいさんが…………大好きだよ」
◇
一生の別れ……だと思う。
家に帰った後、俺は虚無感に支配される。
その時。
家のベルの音が聞こえて、出てみるとゆみちゃんが立っていた。
「お兄ちゃん。預かり物だよ」
そう言って、封筒を一つ渡してくれた。
「ねえ、お兄ちゃん。私が言うのも変だけど、あおいを応援してくれてありがとうね」
「……ううん。俺こそありがとう。ゆみちゃんにも色々応援して貰って、俺達も母さん達も助かったよ」
「ふふふ、ゆみちゃんは優しい妹だからね!」
「そうだな。ありがとう。ゆみちゃん」
「どういたしまして」
笑みを浮かべるゆみちゃんの頭を撫でて上げる。
なんとなく、そうしたかった。
ゆみちゃんは笑顔を残して、俺はまた一人になった。
封筒を開けてみると、一枚の写真が入っていた。
これは以前、ゆみちゃんが集合写真撮ろうよ! と言って、スマートフォンで撮った写真。
俺がみおちゃんを抱いていて、ゆみちゃんがその隣でピースサインをしていて、テーブルには母さんが座っていて笑顔を見せて、あおいさんは料理を運んでから笑っている写真。
ああ……本当に…………幸せな一年をありがとう。
あれから一年後。
俺は無事高校を卒業した。
今でも家に帰る度に
もう二度と明かりが付く事のない、その家。
その家にはほろ苦く、幸せな思い出でいっぱいだ。
あれ以来、その家に光が灯ることはなかった。
そして、俺は元々夢だった近くの保育園に就職した。
最初は大人数の子供を相手するのに必死だったけど、それがまた楽しくて、でも毎日くたくたになって帰って来ては、机の上に置いてある写真を見て、力を貰う。
既にうちには、俺一人しか住んでいない。
母さんは、おじさん――――お
ゆみちゃんは、新しく見つけた夢のデザイナーを目指して、専門学校に入って頑張っている。
集合写真の隣に、初めての家族四人が写った写真も一緒に飾ってある。
うん。元気出た。
明日も頑張れる。
だって、俺はまだ『保育士』にはなれていない。
ただの見習いだ。
これから二年。
経験を積んで、保育士の国家試験を受けようと思う。
――――あの日、あおいさんとの約束を守る為に、俺は今日も頑張っている。
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