第35話 西園寺家当主の秘密
俺達は一旦食事会となった。
一応予想通り、一泊はしていく流れになっている。
あおいさんの頼みで、俺とあおいさんとみおちゃんは同じ部屋で眠る事になっている。
テーブルに出される料理は、どれも美味しそうで、あおいさんの料理と遜色ないくらい美味しそうな料理が並び、食べてみた感想としては、引きを取らないほどの美味しさだった。
まあ、きっと高級素材とか使っているのだろうから、その分を差し引いたらあおいさんの勝ちかな。
隣で食べているあおいさんの目が輝いていた。
やっぱり食事となると、興味があるようで、作り方を予想している表情を浮かべている。
そのうち、真似て作ってくれるかも知れないから、それがとても楽しみだ。
最後に、料理長が出て来て挨拶をしてくれる。
どうやら、三つ星レストランで料理長を経験した人らしい。
…………それって、ものすごいんじゃ!?
あおいさんが料理について、いくつか質問をすると、料理長は丁寧に答える。
次第に二人は熱が入り、俺達初心者には分からない単語が飛び交うが、料理長としても熱心な彼女の姿勢と情報量に感服している様子。
二人の会話が終わると、料理長も満足したように下がっていった。
「どうやら、楽しんで貰えたみたいだな」
「はい。とても楽しい食事会でした」
「そうかそうか。それはなによりだ」
爺さんと孫の和気あいあいとした会話だが、隣で冷たい目で見つめる伯母がいなければ、もう少し良い雰囲気だったかも知れない。
あおいさんは遺産相続を拒否しているのに、どうしてあんなに怒るのか。
その日の夜。
眠るまでに一緒に過ごしたいと話した爺さんの為、あおいちゃんとみおちゃんと俺は、爺さんと一緒にリビングでくつろいだ。
テレビは見当たらないが、大型シアターが設置されていて、何もかもが規格外過ぎる世界にびっくりだ。
そして、暖かく燃えている暖炉の上に、いくつかの写真が並んでいる。
何となく、みおちゃんが爺さんと遊んでいるので、俺は一人でその写真を見てみる。
爺さんの若い頃だと思われる男性と、綺麗な女性――――どこかあおいさんにも似た方が一人、そして、幼い二人の女の子が写っている。
大きい方がきっと伯母で、小さい方があおいさんのお母さんなんだろう。
それから少しずつ大きくなる写真が続き、いつしか、綺麗な女性の方は写らなくなった。
最後に爺さんとあおいさんそっくりのあおいさんのお母さんと、伯母が写っている。
何だか……綺麗な女性が写らなくなってから、段々と表情が硬くなっている気がする。
あくまで予想だけど、家族を繋いでいた母親がいなくなって、少しずつ亀裂が生まれたのかも知れない。
…………最後に少し疑問に思えたのは、どの写真を見ても姉妹はずっと手を繋いでいる。
それは仲が良い証拠である。
なのに、伯母は妹さんの事をあまりに分かってないように見える。
その事にも少し違和感を覚えてしまう。
リビングで俺と少し離れた場所であおいさんとみおちゃんは爺さんと笑顔で過ごしているのが見えた。
――――――ここがあおいさんの本当の家なんだなと、気づいてしまった。
◇
その日の夜。
俺達は眠る準備をしていると、執事さんが来て、俺に少し話があると言う。
あおいさんには大丈夫だと話し、執事さんについていくと、書斎に案内された。
「夜分遅くすまないね」
「いえ、俺も貴方とはお話しをしてみたかったんです」
椅子に深く座り込んだ爺さんは、歴戦の戦士のような鋭い目を光らせて、俺を見つめる。
俺はその前にあるソファーに座った。
「葵ちゃんの普段はどうなのじゃ?」
「ええ。それはもう素晴らしい女性の一言に尽きるでしょう」
「そうかそうか~、茉莉の娘じゃからな~」
爺さんはご機嫌そうに笑った。
ただ、どこか、ものすごく悲しそうな表情を見せる。
「茉莉さんはどうして出て行ったんですか?」
「…………先言った通りじゃ。学生の身で子供を身ごもってしまって、茉莉は産みたいと聞かなかったのじゃ、実は舞香と同じく儂もおろした方が良いと考えておってのう…………茉莉を眠らせてまで考えておったのじゃ」
俺は思わず拳に力を込めた。
なんて非情な…………。
「怒られるのもごもっともじゃ……が、その時はそれが一番正しいと思っておった。茉莉はまだ高校生…………子育てなど無理だと思っておったからのう」
「確かにそれもそうですが、そういうのは……その子の両親が決める事だと思います!」
思わず声を荒げてしまった。
「そうじゃ。確かにその時の茉莉――――つまり母親の方が産みたいと言った。しかし、その
「!? あおいさんのお父さんを知っているのですか!?」
「ああ、知っているとも」
「っ!? 一体……だ……れ………………まさか」
俺は心の底から湧き上がる怒りを感じた。
どうか、俺の予想が外れて欲しいと、こんなに願ったことはない。
たった一瞬の出来事だったが、俺の心はそう叫んだ。
だが、残念な事に、どうしてかこういう事は予想が外れないのだ。
「そうじゃ。あの子の父親は――――――儂じゃ」
「くっ!」
思わず両手をぐっと握り、歯を食いしばる。
俺の必死な抵抗にも空しく、俺の頬には涙が流れた。
「言い訳にはなってしまうかも知れんが…………儂はこの生涯、全ての妻に捧げておったのじゃ。可愛らしい娘の二人生まれて…………幸せじゃった…………」
あの暖炉の上に飾ってある写真。
綺麗な女性が奥さんなのだろう。
ただ、途中でもう写らなくなっていた。
「あんなに早くに病気での……当時出来うる力を使ったが、彼女を助ける事は出来なかった…………それから儂はずっと放心状態じゃったよ……茉莉が高校生になるまでは」
最後の一言が俺の心に重く圧し掛かる。
「気づけば大人になった娘は……それはそれは妻に似ていたんじゃ…………その日は命日で、酒を浴びる程飲んでしまっての…………起きた時には、全ては遅かったのじゃ」
爺さんの目にも大粒の涙が浮かんだ。
「その後、茉莉には償って生きたかった。しかし、あのまま儂の子を身ごもってしまって……それは、彼女にとってよくないと判断してしまった。その時ですら儂は自分の事しか見えていなかったのじゃろう……今思えばなんて身勝手で最低な考え方だったのか……悔やんでも悔やみ切れないのじゃ……」
その時の、茉莉さんの事を思えば、ますます涙が溢れてきた。
大好きだった父親と母親。
それがああいう事になってしまって、でも自分の中に新しい命が宿った。
懸命にそれを守ろうと覚悟を決めたのだろう。
そうでなければ…………あおいさんがこの世に生まれては来れなかったのだから。
「蒼汰くん。儂は自分の娘でもあり、孫である葵ちゃんを守りたいのじゃ、出来れば……この短い最後の人生で、彼女と共に生きていきたい…………出来れば、何の不自由をしない生活を送らせてあげたい。だから、君にしかお願いが出来ないのじゃ。どうか…………葵ちゃんをこの家に住まわせて貰えるように、説得してはくれないか、どうか……頼む」
爺さんは大きな涙を流しながら、俺に何度も「頼む」と目の前で土下座までして嘆願した。
絶対許されない過ちがある。
彼がそれを犯したのは、間違いない事実。
…………でもどうしてだろうか。
彼があおいさんの父親だという事を知って、なおさら…………一緒に暮らした方が良いのではないかという思いが、俺の頭の中に浮かび上がる。
確かに、過去にはこの男はとんでもない過ちを犯した。
だが、今までずっと悔やんで、懺悔している。
だからなのか、彼の必死な嘆願が俺の心に響き渡った。
どうして茉莉さんを探さなかったのかが疑問だった。
茉莉さんが爺さん宛に残した手紙を見せてくれて、最後のお願いだから探さないでくださいと書かれていた。
彼女の願いを聞き届けるのが、罪滅ぼしだと思った爺さんは、茉莉さんを探す振りをして探さないでいたという事だった。
◇
「おかえり」
「ただいま? まだ起きていたんだね」
「うん。だって、お爺さんに呼ばれていたんでしょう? 気になって…………ねえ、そうたくん」
「ん?」
「その話、私には聞かせてくれないの?」
「…………ごめん。これは誰にも話さないって男の約束だから」
「そっか……それなら聞くのは無粋って事だね。そうたくんは…………それでいいの?」
「…………ああ」
あおいさんも何となく予想しているのだろう。
これからあおいさんを説得するようにお願いされる事など、見ていれば誰だって予想出来る。
彼女は分かったかのように、暗い部屋の中、寂しそうな笑みを浮かべて「そうたくんがそう望むなら……」と小さい声で、そう呟いた。
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