第34話 西園寺家

 クリスマスイブ。

 それは恋人の日として、長年日本で愛されている日。

 そんな今日は、俺達にとってある意味最も大事な日となっていた。

 何故なら――――


 シュイーン


 耳に聞こえる少し甲高い雑音。

 そして、隣の窓からは風景が凄まじい速度で入れ替わっていく。


 今日は、あおいさんの実家におもむく日である。

 やっぱりどこか不安な顔色のあおいさん。

 こればかりは仕方ないよね。


 俺達は他愛ない事を話しながら、窓に過ぎていく冬景色を見つつ、新幹線に揺られ続けた。




 ◇




 駅に到着すると、以前会いに来てくれた執事さんと、もう一人同じ服を着ている男性が一人待っていた。


「わざわざ遠いところまでありがとうございます」


 二人の男性が深く頭を下げる。


 そして、事前に準備されていた車に乗り込むと、窓の外には俺達が知らない街並みが流れ始める。

 もう一人の男性も西園寺家の執事との事で、執事さんがあと三人くらいいるそうだ。

 執事ってこんな多いモノなのか…………。




 暫く走った車が止まったのは、ものすごく広い公園だった。


 どうして公園に? と思いながら、車から降りたら、目の前にはものすごく立派な和式豪邸が見えた。

 え!? もしかして、ここって公園じゃなくて、庭!?


「ここは西園寺家の庭でございます」


 心を読まれたかのように、執事さんが答えてくれる。

 そんな広い庭を持っている人って実在していたんだ……。

 幻想みたいな風景に圧倒されながら、俺はみおちゃんを抱いて、あおいさんと一緒に案内され、豪邸に入って行った。


 案内された部屋は、高価に見える調度品が数多く並んでいて、庭や豪邸の圧倒さに負けないくらい存在感を放っている。

 座るのが申し訳ないと思える椅子に座ると、数人のメイド服を来た女性が来て、みおちゃんを預かりますと言ったけど、俺とあおいさんが拒否して、俺が抱いたままにしてもらった。

 メイドさん達が少し申し訳なさそうにしていたのが、印象的だ。


 少しすると、外が騒がしいというか、大勢の足音が聞こえ始めた。

 そして、顔のシワが目立つ爺さんと、少し冷たい目をしていた女性が一人、その他にメイドさんや執事さん複数人が一緒に入って来た。


 立ち上がろうとした時、爺さんから「そのままでよい」と言ってくれて、俺達は爺さんが座るまでのほんの少しの間、爺さんを観察した。

 髪が綺麗な白髪で、顔がシワが目立ち、歩き方も杖を使っている。

 恐らく、西園寺家の当主なのは間違いなさそうだけど、思っていた以上に歳が上だった。


「初めまして、儂が西園寺家の当主、あきらという。本日は遥々来てくれてありがとう」


 俺達は小さく会釈する。


「君が…………茉莉まりの娘であっているんだね?」

「はい。早乙女さおとめ茉莉まりの娘のあおいです」

「早乙女か…………茉莉は結婚していたのだね?」

「はい。ですが、私はお父さんの実の娘ではありません。こちらのみおがお母さんとお父さんの実の娘です。私のお父さんは誰なのか教えて貰えませんでした」

「…………そうか。つらい事を聞いて悪かったね。そうか……」


 そう呟く爺さんの瞳。

 とても印象的だった。

 何とも言えない悲しい瞳、でもその中に小さな希望がある瞳だ。


「こほん。お父様」

「あ、これは悪かったね。こちらも紹介しよう。こちらは茉莉の実姉、舞香まいかという。君の伯母に当たる」

「初めまして、よろしくお願いします」


 しかし、伯母は返事を返さず、ただ睨み返しただけだった。

 なるほど…………実家に戻ったら、それなりに覚悟を決めないといけないと、手紙に書いてあったことはこういう理由だったんだね。

 口にはしていないが、あおいさんもそう思ってるに違いない。


「そちらの男性は彼氏かね?」


 その一言で顔が一瞬で熱くなる。


「今はまだですが…………」


 あおいさんの言葉にさらに恥ずかしさを感じてしまう。


一条いちじょう蒼汰そうたです。よろしくお願いします」

「蒼汰くんか。良い名だな」

「ありがとうございます。母が付けてくれた名前なんです」

「うむ。良き母君じゃ」

「ええ。自慢の母です」


 爺さんは優しい笑みを浮かべる。

 どことなく、あおいさんの優しい笑みに似ている気がする。

 まあ、肉親だから当たり前か。


「俺が聞くのもあれですが、どうしてあおいさんを呼んだのでしょうか?」


 と、聞いてみると、答えよりも早く、隣の伯母からの舌打ちの音が聞こえる。

 舌打ちって…………どんだけ嫌われているのだ。


「うむ。実はのう、儂はもう長くない。しかし、儂には過ぎたる財産があって、それを娘に分けたいとずっと思っていてのう……。舞香と茉莉、二人に均等に分けたいんじゃ」

「お父様! 私は反対です! 茉莉はもう出て行っているじゃありませんか、それにもういない人の事を……」

「舞香! ここにはその娘さんがいるんだぞ?」

「っ! ですが、本当に茉莉の娘なのか、どこの男の娘なのかも分からないのに!」

「大丈夫じゃ。この子は、間違いなく茉莉の娘じゃ。儂の…………孫で間違いない。そちらの澪ちゃんもな」

「くっ…………」


 どうしてそこまで怒るのは理解出来なかった。

 しかし、この直後、知る事が出来た。


「澪ちゃんもちゃんと儂の遺産を受け取る権利がある。元々は舞香と茉莉の二人で分けるべきだと思っておったが……一人えたのなら、三等分が良いのじゃろう」

「っ!」


 伯母は明らかに苛立っている。

 そもそも、一人で遺産を独り占めできると思っていたのに、妹が見つかり、残念ながら生きてはいなかったが、その娘が二人いた事で、更に取り分が減った――――そういう所だろうか。

 その時、あおいさんが口を開いた。


「お言葉ですが、私は遺産など要りません」

「なっ!? 貴方ね! 西園寺家の遺産がどれほどのモノか分かってまして!?」


 睨みつける伯母に、あおいさんが淡々と答えた。


「私が生まれてお父さんに会うまで、お母さんはずっと女手一つで私を育ててくれました。決して裕福でもなくお母さんは苦労しながら頑張って私を育ててくれました…………どうして……どうしてその時に助けてはくださらなかったのですか?」


 その言葉に、伯母も黙る。


「茉莉は、まだ学生の身で子供を身ごもってしまった。その責任を感じ、あの子はこの家を出てしまったのじゃ」


 あおいさんのお母さんも、覚悟の上だったのか……。


「そうよ! どこの誰の子供かも分からない子を身ごもって……それで産むと聞かなかったんだわ! あれだけおろした方が良いと言ったのに!」

「舞香!」


 爺さんの怒る声が響く。

 ――――おろす。

 それは到底許させる行為じゃない。

 ただ…………望まれない命は、悲しい運命にあう事も多い。

 でも俺は…………一番嫌いなやり方だ。


「茉莉の事は一所懸命に探したが、意外にも見つからなくてな……ここ最近まで見つけられなかったんじゃよ」

「…………」


 あおいさんが悔しそうに拳を握った。

 爺さん達だって、探してない訳ではないと思うから。


「恥ずかしい話、儂はこの歳になるまで…………人を信じた事がなかったのじゃ、自分の娘であっても。だからか、舞香にも茉莉にも生涯ずっと辛く当たっておった…………謝っても許させる事ではないじゃろう」

「っ…………」


 伯母の顔からも怒りの色が見える。

 きっと、厳格な父親だったのだろう。

 自由もなく、父親の為の子供として。


「だから、最後に親としての責任を果たしたい……せめて、今まで辛く当たってしまった舞香と茉莉には、儂の全てを分けてあげたいのじゃ。しかし、茉莉は既にこの世にはいない。その忘れ形見である二人の娘に代わりを果たさせてはくれないだろうか?」


 そして、爺さんは、頼むといいながら、頭を深く下げた。


 それを見た伯母は、凄く驚いていた。

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