第29話 修学旅行

 修学旅行当日。

 俺達は駅に集合して、電車を待った。

 ここから新幹線に乗り込み、真っすぐ目的地に向かう。


 俺は元気がないまま、ただ時間が過ぎるのを待っている。


「お兄ちゃん」

「ゆみちゃん……」

「結局、言い訳は見つからなかったんだね」

「そうだな。結局、自分のエゴばかりで、彼女に失礼だと思ってしまって」

「ふうん~、自分のエゴじゃダメなの?」

「え?」


 ゆみちゃんが一つ溜息を吐く。


「わがままでいいじゃん。自分のエゴでもいいじゃん。だって一緒にいたいんでしょう?」


 全てを見透かされている感じのゆみちゃんの言葉が心に刺さる。


「やらないで後悔するくらいなら、やって後悔した方が、私はいいと思う」


 それは、俺とゆみちゃんの関係の事を言っているかのようだった。

 あのまま、何も言わなかったら、きっと今頃後悔ばかりしていたと言いたげな表情だ。


「私はいつもお兄ちゃんの味方だから」

「…………ありがとう」


 ゆみちゃんと話していると、ベルの音が鳴り、新幹線がやってくる。

 先生に先導され、みんな席に着く。

 素早く出席チェックが行われる。

 出席チェックが終わった時、俺は席を立った。


「一条、トイレか? 早く行って来いよ」

「はい」


 俺はそのままデッキに移動する。

 そして、新幹線が出発する直前。












 俺は新幹線から飛び出した。


「お兄ちゃん! ファイト!」


 後ろから、ゆみちゃんが笑顔で手を振ってくれている。

 そして、新幹線はゆっくり駅から離れて行った。




「鈴木」

「っ! は、はい」

「一条は降りたのか?」

「は、はい……」

「…………帰ったら、お前達二人とも反省文書いて貰うからな」

「はぃ…………」


 青山先生は、由美の頭に手を載せる。


「学生としては褒められたモノではないが、人としては褒めてあげるぞ」

「えっ!?」

「早乙女だって寂しいだろうからな。一条と一緒なら大丈夫だろう」

「青山先生……ちょっと見直した!」


 そんな由美に青山先生の優しいゲンコツが降りた。




 ◇




 きっと先生からも母さんからも怒られるんだろうな。

 …………あおいさんからも怒られるんだろうな。

 でも、いいんだ。

 俺は…………悲しんでいるあおいさんを置いて、自分一人だけ楽しむなんて事はしたくない。

 だから、あおいさんの家に真っすぐ走って向かった。


 ピーンポーン♪


「はい~」


 中から少し元気がないあおいさんの声が聞こえる。


「お届け物です!」

「え!?」


 中からバタバタする音が聞こえて、扉が凄い速さで開いた。


「そうたくん!? っ!? ど、どうして!?」

「お届け物の紅茶……です?」

「…………」

「えっと、…………逃げて来た」


 持っていた紅茶を見せると、苦い表情を浮かべるあおいさんが俺の目を真っすぐ見つめる。


「えっと、ちゃんと話すよ」

「…………うん。入って」


 少し怒っているあおいさんと一緒に、部屋に入る。

 みおちゃんはどうやら眠っているみたい。


 リビングに座布団を二つ出したあおいさんは、片方に正座で座る。

 これは……俺も座れって事だね。


「それで、どうして逃げて来たの?」

「…………正直に言って、あおいさんを置いて、一人だけ楽しめなくて、逃げて来たよ」

「で、でも、ゆみちゃんもいるし、木船くんだっているのに……」

「そうだけどさ。確かにあおいさんがいない時間だって、いっぱいあるけど――――あおいさんが泣いていそうだったから」

「っ!?」


 少し目元が赤いあおいさん。

 最近ずっと元気がないあおいさんだからこそ、こうなるんじゃないかと思っていた。


「…………そうたくんはズルいよ」

「そうかも知れない。でもやっぱり俺はあおいさんと一緒に楽しめるモノは楽しみたい。楽しめないなら、楽しみたくない」

「…………私は……」

「あおいさん」

「……はぃ」

「これは俺のわがままでエゴかも知れない。でも俺は一緒に楽しめるべきモノを、一緒に楽しめないなら、やっぱり嫌だよ。心の底から楽しめない。寧ろ…………行きたくないんだ」


 あおいさんの目に涙が浮かぶ。


「…………最近ね。みおと二人でいると、寂しいって思ってしまうの」

「そうか」

「早く日が明けないかなと、ベランダの外を見ると真っ暗で、明日が来なかったらどうしようと思ったりするの」

「そうか」

「みおがね、起きると周りに誰かを探すの。私だけじゃなくて、そうたくんやおばさん、ゆみちゃんを探しているのが分かるの……」

「……そうか」

「でも私達の事で…………みんなの大切な時間を奪いたくなくて…………」


「…………俺は、あおいさんの作るご飯が大好きなんです」


 真っすぐ彼女を見つめる。


「みおちゃんと遊ぶのが本当に楽しくて、オムツ交換とか辛いと思った事は一度もないです。それに買い物だって楽しく、今まで買い物とか行ってなかったから、目新しいモノも見れるし、自分では買う事がないモノを買える事も楽しいです」


 俺はハンカチを彼女に渡すと、彼女は流している大粒の涙を拭う。


「最近思うのは、ここにみんなが集まって、みおちゃんとあおいさんと一緒に楽しい時間を過ごすのが一生続いたらいいなと思う時があるよ。でもそれはいつか終わりを迎えなくちゃいけない事も知っている。だから…………だから、俺は今はここにいたい。今しかいられないから。俺のわがままであおいさんを困らせてごめんね?」

「ううん……全然……困って…………ないもん…………」

「あおいさん、修学旅行に行けない代わりに、一緒に神社に行かない?」

「…………行く」


 俺達は眠っているみおちゃんを連れて、一緒に近くの神社にお参りに行った。


 願わくば、この生活が永遠に続きますように…………。




 ◇




 まさか、そうたくんが修学旅行に行かず、逃げてくるとは思いもしなかった。

 きっと楽しんでくれるだろうと、お土産話を楽しみにしていたのに…………帰って来てしまった。


 彼は自分のわがままで、私を困らせたと謝ってきた。

 でもそれは違う。

 彼を困らせているのは…………間違いなく私達。


 花火大会の日。


 私を楽しませる為に、沢山の人が大変な思いをしてしまった。

 うちのみおがいる事で、誰かはみおを見なくちゃいけないから…………みんな良い人過ぎるから、みおを見てくれる。

 本当に頭が上がらない…………。


 最近では、ゆみちゃんがそうたくんと私を応援してくれている雰囲気がある。

 でも私にはみおがいるから…………。

 そうたくんと、そういう関係にはなれないから…………。


 でも私は徐々に彼に惹かれているのを感じる。


 彼が修学旅行で、たった一日いなくなるだけで、不安になって…………戻らない人になってしまうんじゃないかと、また私の手から大切な人がいなくなるんじゃないかなと不安でいっぱいで、少し泣いてしまった。


 修学旅行から逃げて来た彼は、そんな私の気持ちも全て見透かしたように、私の頭を優しく撫でてくれる。

 最近、彼に触れられる時、幸せな気持ちになって、それがなくなると不安を覚えてしまう。


 修学旅行の代わりに、神社に来た私達。


 神様。

 これ以上、私から大切な人を奪わないでください。

 私の大切な人を…………。


 そうたくんを…………。




――――後書き――――


 明日は遂に! お楽しみに!

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