第28話 辞退の理由

 眼福だった花火大会も終わり、10月上旬。


 すっかり外も紅葉に彩られている。


 この頃の学生と言えば――――やはり後期中間テストだ。


 前回成績が伸びたと喜んだ四人娘は、今回も毎日あおいさんの家で猛勉強。

 俺はみおちゃんの世話をしつつ、みんなに紅茶を淹れる係を続ける。

 勉強中、ゆみちゃんは「お兄ちゃんばかりズルい~! 勉強しなくてもどうして赤点取らないのよ!」と怒っていた。

 俺は普段授業中に、ちゃんと勉強しているからだよ……。


 後期中間テストも終わり、俺達二年生に取って最も大きなイベントがやってくる。


 ――――修学旅行である。


 一泊二日で、お寺で有名な町に旅行に行く。

 好きな場所に行ける訳ではないけど、授業はないし、一応遊びだし、美味しい食事もあるし。


 そして、日取りが決まり、我々はワクワクなその日を待ちに待った。




 ◇




 俺は担任先生の青山先生の所にやって来た。


「青山先生」

「一条か。どうした?」

「ちょっとお聞きしたい事があって」

「いいぞ」

「えっと、早乙女さんってどうなるんですか?」

「そうだな。彼女は既に辞退しているぞ」

「やっぱり…………」


 実は、修学旅行ともなると、向こうで一泊して来る。

 そうなると、自然とみおちゃんをどうするかの話になるはずだ。

 母さんに相談して、有給休暇を取って貰い、見てもらおうかと思っていたけど、そもそも彼女が入学した時に辞退している可能性があった。

 それが予想通りって事になる。


「ありがとうございました」


 先生に挨拶を終え、俺は悩み始めた。




 帰り道。


「あおいさん」

「は~い」

「えっとさ。修学旅行は辞退しているんだっけ」

「…………うん」

「そっか」


「え!? あ~みおちゃんがいるからか……」


 一緒に聞いていたゆみちゃんも驚く。

 ここ数日、修学旅行楽しみだね~と話し合っていた。


「私はみおがいるから、入学時に断っていたの」

「そうだったんだ……ごめんなさい」

「ううん。謝らないでゆみちゃん。私は行けないけど、二人にはちゃんと楽しんで来て欲しいな」

「あおい…………」

「沢山のお土産話楽しみにしているんだからね!」


 ゆみちゃんがあおいさんを抱きしめる。

 女子って…………簡単に抱きしめるよね。


 その日も夕飯を終え、あおいさんを残し、ゆみちゃんを送り届けて、母さんを帰宅路についた。


「母さん」

「あいよー」

「修学旅行。行かなくてもいい?」

「…………あおいちゃんね?」

「まあ、うん」

「蒼汰がそうしたいのなら、止めはしないけど、ちゃんとした理由を述べてくれないと、母さんは納得出来ないかな?」

「理由?」

「蒼汰がいなければ、あおいちゃん一人で子育てが出来ない。という訳ではないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「ただあおいちゃんが可哀想だから、そう思って残るというなら、止めはしないけど、母さんは怒るわ」


 可哀想だから…………。

 確かに、そう思っているからかも知れない。

 だから、母さんの言葉に何一つ反論出来なかった。




 次の日。

 ゆみちゃんを送る帰り道。


「お兄ちゃん」

「うん?」

「修学旅行、サボるつもりでしょう?」

「…………悩んでる」

「そっか。悩むって事は、決めてはいないんだね?」

「うん。母さんから、ちゃんとした理由がないなら納得出来ないと言われて、彼女が可哀想だからという理由なら怒るとまで言われてさ。確かにそんな理由で、あおいさんの隣にいても、理由にはならないなと思ってるかな」

「うん。その理由は、あおいにも失礼だと思う」


 ふと足を止めて、空を見つめる。

 段々日も短くなってきて、同じ時間でもこの時期ともなると、すっかり暗い。

 夜空には薄っすらと星々が輝いている。


「みおちゃんの…………所為か」

「…………」


 誰もみおちゃんの所為なんて考えてはいない。

 生まれた子に罪はないのだから。


「俺、ちゃんと聞こうと思う」

「…………旦那さんの事?」

「うん」


 そう。

 あおいさんがあんなに苦労しているのも、全て旦那さんの所為と言っても過言ではないはずだ。

 もう半年以上、隣であおいさんも見て来た。

 慣れないけど、懸命に子育てを頑張って来て、みおちゃんがいるとは言え、一人で寂しく夜を迎えて過ごしている。

 今だってそうだ。

 俺がゆみちゃんを届けるようになって、母さんと帰って来て、そのまま家に帰る。

 その度に明かりの付いた彼女の部屋で、彼女は何を思うのだろうかと心配になる。

 過剰反応かも知れない。

 でも……あおいさんを知れば知るほど、彼女は寂しがり屋だって事に気付いた。

 もしかして、泣いているんじゃないだろうかという、自分の中の幻想がそう囁く。


「旦那さんの事を知って、どうするの?」

「ん…………まず、殴りに行く」

「ぷっ、人を殴った事あるの?」

「ないけど、多分殴れると思う」

「お兄ちゃん? 人を殴ったら犯罪だよ?」

「大丈夫。まだ少年法がある」

「…………あおいは多分喜ばないと思う」

「…………それもそっか」


 彼女が可哀想。

 彼女が泣いているかも知れない。

 彼女の為に人を殴る。


 それは全部俺のエゴだ。

 確かに彼女の為ではない。

 ……どうしてだろう。

 最近は毎日彼女の事で頭がいっぱいで、彼女の事しか考えていない。


 花火大会の日からずっとこんな調子だ。

 やっぱり彼女が可愛いからなんだろうか?

 と思っていたけど、それはあおいさんの良い所の一つに過ぎない。

 寧ろ、それすら霞むくらい、あおいさんには良いところばかりある。

 だから…………。


 あれ?

 これって………………。




 ◇




 修学旅行まで、あと一日となった。

 つまり、明日から修学旅行に行く。

 俺は虚無感を感じながら、制服や、着替えなど忘れていないか確認する。

 いつも忘れものする生徒がいるようで、学校から確認プリントまで渡されている。

 せっかく貰ったモノだから、リストを見て忘れてないモノがないか確認をする。


 色々、入れて何となく紅茶も持っていなかちゃなと思い、家にある紅茶をリュックに入れる。


 …………。

 何となく、あおいさんの顔が浮かぶ。

 今日も笑顔で別れているから、問題はないと思うし、俺がどうこう言う方が、あおいさんに失礼かも知れない。

 だから、俺も笑顔で手を振った。



「蒼汰~」


 母さんに呼ばれ、リビングに行くと、母さんは映画DVDを一枚取り出して待っていた。


「どうしたの?」

「この映画、面白いから一緒に見ましょう」

「え? 明日修学旅行が……」

「この映画、ずっと観たかったんだけど、勇気が出なくてね」

「……」


 母さんが見せてくれた映画のタイトルを見て、なるほど……と思ってしまった。


「一緒に観るよ」

「ええ」


 俺は久しぶりに母さんと並んで映画を鑑賞する。

 最初ヒロインが主人公に素っ気なくて、時間が経ってもそれが変わらなくて、それでも主人公とヒロインが何とか出会うが、不思議とヒロインが毎回素っ気ない。

 元々仲良くなった訳ではないけど、ちょっと不自然だなと思った。


 不思議だなと思いながら、タイトルを思い出す。

 このタイトルの意味を……。


 そして、主人公が先生に呼ばれ、ヒロインの病気を言い渡される。

 記憶が一週間しか保てないヒロインだった。


 それから主人公とヒロインが織りなす切ないストーリーに、俺と母さんはいつの間にか見入ってしまった。


 最後に記憶を思い出したヒロインが主人公に駆け寄ると、主人公は嬉しそうに「また友達になって下さい」と言い渡した。


 その場面が、俺にとってはあまりにも衝撃的なモノだった。

 勿論、これはハッピーエンドでもある。

 きっと、これから二人はあらゆる困難にも立ち向かって、付き合って行くのだろう。




 俺は自らの意志で、みおちゃんの世話を買って出た。

 そこにやましい気持ちは一つもない……というと嘘になるかも知れないけど、昔の母さんのように疲れたあおいさんの表情が今でも忘れられない。


 だから、今でもどこか、その時のあおいさんに戻るのではないかと不安でいっぱいだ。


 …………それと、俺が必要なくなったあおいさんに、不安を覚えているのかも知れない。

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