第27話 花火大会

 9月も上旬は暑いけど、下旬は秋の始まりを知らせるように涼しい日が多くなる。

 まだ紅葉は満開ではないけど、10月上旬には満開になるだろう。


 学校が始まって、毎日があっという間に過ぎて、遂に花火大会の日がやって来た。




 ◇




 俺はみおちゃんを連れて、おじさんと三人で先に現地で待っていた。


 おじさんが料金を支払ってくれて、有料席を取っているので、周囲には沢山の人で溢れていたけど、席の周囲はそれほど多くの人はいなかった。

 花火大会を有料で見る日が来るとは…………。


 暫く待っていると、向こうから俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。


 振り向くと、こっちを向いて手を振っているゆみちゃんが見える。


 ――――そして、その隣には、綺麗な着物を着ているあおいさんが見えた。


 遠目で見ただけで、顔が熱くなるのを感じる。

 こんな人波の中でも、彼女だけは光り輝いていた。

 周りの男性の視線を独り占めしているのを感じる。


 ゆっくりこちらに歩いてくる彼女達。

 二人と一緒に来る母さんも、久しぶりの着物を着ている。


「可愛いですね~」

「そ、そうだな。」


 おじさんと一緒に絶景を眺めながら、心の中が燃えるような感情に浸るのは、男としての性なのかも知れない。


「お待たせ~」

「えっと、三人とも、ものすごく似合ってるよ」


 あおいさんもゆみちゃんも嬉しそうに笑ってくれて、母さんは少し照れる。


「そうたくん、みおをありがとうね」

「ううん。みおちゃんも周りが新鮮なようなので、可愛かったよ」

「こういうお祭り、みおは初めてだからね」


 はしゃぐみおちゃんの頭を優しく撫でる。


 きゃっきゃー!


 久しぶりにはしゃぐみおちゃんを見た気がする。


「そろそろ始まりそうだな。みんな、こちらのクールボックスの中から好きなように飲んでくれ」


 おじさんが持って来てくれた大きめなクールボックス。

 あんな重そうなモノを持って来てくれた時には驚いた。

 見た目だけじゃなくて、本当に力持ちなんだね。

 ゆみちゃんが早速中を開けて、飲み物を配る。

 人波で暑くなった喉を、飲み物で潤す。


 みおちゃんを撫でながら、暫く待っていると、大型スピーカーから始まりのアナウンスが流れる。


 そして、数十秒後。


 一つの炎が空の上に向かって、上って行く。


 地上にまで聞こえる程の甲高い音に、みおちゃんがキョロキョロする。

 目よりは耳で反応するみおちゃん。


 そして。


 ドーン!


 大きく花開く花火は、その重圧の音と共に、俺達の視界を埋め尽くして楽しませてくれる。

 真っ赤な花火が、巨体な花の形を残し、ひらひら地上に落ちて行く。


 待ってましたと言わんばかりに、次の花火が上がる。


 夕暮れの空に二つ上がった花火がまだ重圧の音を響かせ、空に咲いた。

 初めての重圧の音にも関わらず、みおちゃんは楽しそうに声を上げる。

 花火の音で、みおちゃんの声すら聞こえないくらいに大きな音が響く。

 全ての悩みなど、かき消してくれるかのような花火の音。

 こんな楽しい毎日を祝ってくれるかのような花火の音。


 少しずつ時間が経過し、夕暮れもすっかり夜空になっても、夜空は花火が咲いて、美しく光り輝いた。


 ふと、あおいさんを見つめる。

 夜空の花火の光を受けて、彼女の美しい横顔が淡い光で輝いている。

 何処か寂しそうでもあり、楽しそうでもある横顔。

 小さく緩んでいる唇も、着物と相まって、美しく見えた。




「蒼汰」

「うん?」

「みおちゃん。見てあげるから、あおいさんと歩いて来ていいよ」

「えっ? どうして?」

「どうしてって、折角こうして花火大会に来たのに、一緒に屋台でも見て来なさい」

「…………」


 その時、隣からゆみちゃんがやってくる。


「お兄ちゃん。さっさと行きなよ! 女を待たせるなんて、さいてーね!」


 えっ!? ま、待たせてる訳ではないけど……。

 一緒に聞いていたあおいさんが苦笑いを浮かべる。


 せっかく…………か。


 俺はみおちゃんを母さんに渡す。

 まだテンションが高くてはしゃぐみおちゃんを預かると、母さんも楽しそうにみおちゃんの頭を撫でで上げる。


「お兄ちゃん。ちゃんと楽しんで来てよね?」


 小さく、そう話すゆみちゃん。

 頷いて返して、俺はあおいさんの隣に向かった。


 たった一メートルくらいの距離なのに、緊張感がとんでもない。


「あおいさん。良かったら屋台の方に行かない?」

「…………はぃ」


 小さい声で返事するあおいさん。

 母さんに向かって会釈する彼女に、母さんは小さく手を振ってくれた。

 隣のゆみちゃんは、俺を見て頑張れとポーズを決めてくれた。




 夜空が花火で彩っている間も、屋台はものすごい賑わいを見せている。


「今度はちゃんとやっている屋台だね」

「学園祭の時は、終わった後だったからね。何か食べたいモノある?」

「ん~食べたいモノより、やってみたいモノがある!」


 そう話して、俺の腕を引っ張る彼女。

 自然と繋いだ手。

 彼女と繋いだ二度目の手は、触った感触よりも、自分の顔が熱くなる方が気になる程だ。


 向かっている間、あおいさんは小さい声で「私の為に気を使わせてしまったから……出来るだけ楽しむのがお返しだと思うから……」と俺にだけ聞こえるくらいの声で呟いてくれた。

 そうだね。

 せっかく……こうして時間を作って貰ったんだから、楽しまないとね。


 あおいさんが真っ先に行ったのは、的当てゲームだった。


「人形が欲しいの?」

「ん~、全然欲しくない」

「え!?」

「ただ、こういう的当てゲームがやってみたかったの」

「なる……ほど? まあ、やってみようか」


 俺は料金を払い、店主からエアガンを貰い、あおいさんに渡す。

 五回撃てるらしい。


「こんな感じかな?」


 あおいさんがカッコよくエアガンを持ち上げて狙う。


「えっと、右手をもうちょっと上げた方が……」

「こんな感じ?」


 ん…………。


 俺は思い切って、彼女の腕に触れる。

 服越しだけど、柔らかさが伝わるくらい彼女の肌を感じる。

 ただ、それを楽しむ余裕はないし、楽しむ為に触れている訳でもない。

 急いで、右腕を少しずらして、狙い易くしてあげると、あおいさんも「当てられるかも!」と話し、エアガンを引いた。


 パン!


 発射されたエアガンの弾が、狙っていた人形をぎりぎり当たらない。


「惜しい!」

「もう一回!」


 また狙いを澄ませた彼女は、エアガンを引いた。


 パン!


 二度目のエアガンの弾が発射され、今度は狙っていた人形に当たると、人形が棚を後ろに落ちた。


「やった!」

「あおいさん凄いよ!」

「えっへん!」


 何だか久しぶりにあおいさんのドヤ顔を見た気がする。

 最近全然見せてくれなかったからね。


 店主さんが褒めながら、落ちた人形を手渡してくれる。

 あおいさんの笑顔に店主もメロメロで、追加で売り物の大きな飴をくれた。




「まさか、初めてで当てられるとは~」

「凄かった~」

「これもそうたくんのおかげね!」

「え? 俺?」

「うん! 狙い方教えてくれたから~」


 ま、まあ、あれは役得でもあったから。


「ねえ、そうたくん」

「ん?」

「…………ありがとう」

「それくらい、大した事じゃないから」

「ふふっ、それだけじゃなくて、こうして楽しく過ごせるのもそうたくんのおかげだから」


 いや、それは寧ろ、こちらの台詞だよ。あおいさん。

 あおいさんと出会ったおかげで、こうして楽しい時間を過ごせるようになったから。


「ねえ、そうたくん」

「うん?」


 ドカーン!


「――――――」


 あおいさんが何かを話した時に、丁度花火が上がり、聞こえなかった。


「ご、ごめん、あおいさん。花火の音で聞こえなかった」

「ふふっ」

「???」

「わざと合わせて話したの」

「え!?」


 彼女はいたずらっぽく笑い、そのまま次の目的地に向かって歩き出した。


 何を言ったのか気になるけど、まあ、あおいさんが楽しそうだからいいか。






「そうたくんのバカ…………」


 困っている蒼汰から振り向いた葵は、嬉しそうに誰にも聞こえない声で、そう呟いた。

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