第25話 手を繋ぐ

 夏休み。


 俺とゆみちゃんは毎日あおいさんの家で、みおちゃんの世話をしながら、遊んだり、あおいさんのご馳走を堪能した。

 母さんは真っすぐゆみちゃんの家に行き、おじさんとの生活を毎日一緒に送るようにしている。

 実はこれも俺とゆみちゃんの作戦で、俺がゆみちゃんを送って、そのまま母さんと一緒に帰宅するという毎日を送った。


 休みの土曜日や日曜日は、基本的に二人で過ごすように仕向けて、俺達はあおいさんと一緒に過ごした。


 それと、母さんとおじさんからいつも世話になりっぱなしは良くないとの事で、それなりに現金を貰い、あおいさん達を連れて、また水族館に遊びにも行った。

 相変わらず仲の良い二人は、俺とみおちゃんを放っておいて、あちらこちらで、はしゃいでいた。


 そんな毎日が楽しかった夏休みも遂に終わりを迎えた。




 ◇




「一条~、久しぶり」


 学校も始まり、木船くんと会うのも久しぶりだ。


「久しぶり。――――随分焼けたね?」

「おう! 部活でな」

「ああ、確かサッカー部だよな」

「そうそう。毎日グラウンド走ってたら、気付いたらこんな焼けたな」


 随分も肌を黒くしている木船くん。

 それにしても、俺がこうして挨拶を交わす友人が出来るとは…………こほん。


「あ、一条。ちょっと聞いていいか?」

「なに?」


 急に小さい声になって、顔を近づかせる木船くん。


「最近、鈴木さんと手を繋いで歩いてるって聞いたんだけど、姫はどうしたん?」


 それを聞いた瞬間、俺は声にならない声で叫びそうになった。

 考えた事もなかった…………俺とゆみちゃんがそういう風に見えるなんて。


 いや、事情を知らない者なら、分からなくて当たり前か……。

 休み中、帰り道は大体手を繋いで…………。


 そう思うと、顔が熱くなるのを感じる。


「えっと、それにはちょっと事情があってさ…………何て言うか、鈴木さんとは家族・・になる事が決まったんだよ」

「は? お、お前……まさか…………優しい顔してやる事はやってるんだな?」

「???」

「という事は……産むんだな?」


 木船くんが俺の肩に手をあげて、真剣な目で見つめてきた。

 産む?

 何を?


 ……。

 ……。

 ……。


「ち、違うっ! 両親が付き合っているんだよ!」


 教室のみんながこちらを見つめる。

 やべっ、ちょっと声が大きかった。


「なんだ、そういう事か」

「なんだってなんだよ。はぁ…………えっと、ゆみちゃんは俺の妹になるんだよ」

「妹ね…………それで気兼ねなく女子の手を繋いで歩いてんのか」

「っ」


 言い返せねぇ~!

 確かに手を繋いで歩いているけども……そっか、言われてみれば、ゆみちゃんも立派(?)な女子だったな。

 毎日一緒にいるから、最近は完全に妹としてしか見ていなかったわ。

 さらに昔の出来事もあって、子供の頃毎週一緒に遊んでいたから、尚更妹っぽい存在になっているのよね。


「まあ、俺はいいけどよ。それで姫は大丈夫なの?」

「ひ、姫…………大丈夫って何が?」


 姫というのは、言うまでもなく、あおいさんの事だ。

 あの美貌で、彼女を夢見る男子は後を絶たないが、彼女に子供がいる事は学校中に知れ渡っている。

 だから、ちょっかいを出してくる男子もいない。

 一応、進学校でもあるから、ガラの悪い生徒はいない。

 せいぜい、ゆみちゃんくらいのギャル風女子高生くらいだ。


「だって、お前ら付き合ってるんだろう?」

「えええええ!?」


 またもや、教室のみんながこちらを見つめる。

 思わず大声出してしまった。


「ち、違うけど……?」

「……まじかよ」

「まじだよ……」

「はぁ……あんなに姫と仲良いのにな。あれか? 子供の旦那さんが知り合いとか?」

「いや、どこの誰だかさっぱりわかんねぇ」

「…………はぁ」


 木船くんが溜息を吐いて、俺の肩に手を上げる。

 本日三度目くらいだ。


「一条を見つめる姫は可愛いぞ?」

「は?」

「きっと、姫も待っているかも知れない」

「いやいや、そんな訳」

「あると思います」

「ないと思います」


 何だこのやり取り。


「まあ、俺が見るに、姫もそれなりに気があると見えるぞ? だから、一度真剣に話してみるといいと思う」

「…………忠告として受け取っておくよ」

「おう。頑張れ!」

「…………」


 少し悶々とした夏休み明けになってしまった。




 ◇




 放課後。


 予定通り、俺とあおいさん、ゆみちゃんでみおちゃんを迎えに行く。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「木船くんと何話してたの?」

「へ?」

「急に大声あげるなんて、珍しかったから」


 くっ、痛い所を突いてくるな。


「…………えっと、ゆみちゃんと手を繋いで帰っている所を見られたらしい」

「!?」

「ふうん~それで私達が付き合ってるんじゃないかって話題でも出たの?」

「その通りだよ」

「…………」

「そっか~、事情を知らない人から見たら、そうかも知れないね。元々家族じゃないし」

「そうだな。これからはちょっと自重しようか」

「やだ」

「…………」

「え? どうして?」

「だって、それでしなくなったらさ、なんか負けた気がするじゃん。別に気にしなくていいと思う」

「そう言われてみれば、それもそうだけど…………まあいっか」

「!?」

「ん? あおい? どうしたの?」

「う、ううん! な、何でもないよ!」

「?? 変なあおい~」

「えへへ……」


 何となく、あおいさんが元気がなさそう?

 体調不良とかかな?

 それに、女性って体調が悪い日が定期的に来るという。

 それも『保育士』にとっては、とても大事で、預かっている子供のお母さんの顔色を良く見て判断する。

 子供に過敏に反応する母親もいるからね。


 いつも通りにあおいさんがみおちゃんを迎えに、保育園に入って行く。


「それにしても、毎日迎えにいって、毎朝預けて…………本当大変だね」

「だな」

「お兄ちゃん」

「ん?」

「あおいの事、頼んだよ?」

「ん?」


 頼んだ? 何を?


 丁度その時に、みおちゃんを連れて出て来たあおいさんの所に、ゆみちゃんが走って合流する。

 みおちゃんもすっかり慣れて、ゆみちゃんにも既に懐いている。

 手足をパタパタさせて、喜びを露にする。

 みおちゃんも久しぶりの保育園だったから、ママが恋しかったのかも知れないね。ゆみちゃんはママじゃないけど。


 それからゆみちゃんの意見で、ゆみちゃんがみおちゃんを連れて一足先に帰宅して、俺とあおいさんは買い物に行く事になった。

 何だが、あおいさんと買い物に行くの久しぶりだ。


「そうたくん……」

「ん? どうしたの? あおいさん」

「えっとさ…………答えにくいかも知れないけど…………その…………ゆみちゃんと手を繋いで帰ってるの?」

「ん? そうだよ?」

「そ、そっか…………」


 どうしたのだろう?

 そんなに気になる事なのだろうか?


「…………そうか」

「あおいさん? どうしたの?」

「…………分かんない」

「分かんない?」


 あおいさんが俺を真っすぐ見つめる。


「なんか…………悔しい?」

「悔しい!?」

「…………そうかも?」


 く、悔しい!?

 あおいさんはずっと下を向いて、歩き続け、スーパーマーケットに到着する。

 いつもの慣れた足取りで、買い物を進めるあおいさん。

 俺は籠を持って、次々買うモノが籠に入って来る。


「あおいさん」

「…………」

「あおいさん!」

「へ!? は、はひ?」

「これ……買うの?」


 俺は籠に入った刺身を指差した。


「えっ!? い、いつのまに!?」


 あおいさんがようやく正気に戻ったようで、籠に入ったモノの半分を棚に戻した。

 無事買い物を終え、俺達は帰り道につく。

 相変わらず、下を向いて歩くあおいさん。


 ――――「姫もそれなりに気があると見えるぞ? だから、一度真剣に話してみるといいと思う」。


 木船くんが話していた言葉が頭を過る。


 …………。


「あおいさん」

「…………」

「あおいさん?」

「へ!? は、はいっ!」


 考え事をしていたようで、珍しい反応を見せる彼女。

 何となく、その仕草も可愛いと思えてしまう。


「えっと、もし俺なんかで良かったら…………手、繋いでみる?」

「っ!?」


 数十秒、考え込む彼女。


 無理にとは――と言おうとした瞬間、俺の手に温かい何かが触れて来た。


 その日。

 俺は帰った記憶がない。

 気付けば、風呂で溺れていた。

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